アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
緊迫
1715
【県警察本部警備部公安課】100㎡ほどの執務室内の一画にある公安課長席
「情報は流したか?」
携帯の向こう側の回答に満足気に頷き、顔の無い男――星は乾いた唇に指をあてた。
「ああ、頼むぞ…繰り返し流してくれ、『資金繰りの店に刑事が潜っている』と…ああ、これは「狩り」なんだ」
星の口元から白い歯が現れる。
「――悪魔狩りのな」
*************
『私はあの時見たのよ』
『…何を見たの?』
それから一度口を閉ざし、美樹さやかはほむらを見つめた。その眼差しは8年前雨に打たれて打ちひしがれた時と全く同じもので。ほむらは唇を微かに震わせながら再び尋ねた。
『貴方は何を見たの?美樹さやか?』
『お…』
まるで何か喉につかえているように言葉がうまく出てこない相方は、まるで吠え方を忘れ懸命に悶えている犬の様で。思わずほむらは手を伸ばし、さやかの両頬を抑える。
『言いなさい』
今、それを言わないと目の前の蒼い髪の女性はダメになる。何故かほむらはそう感じた。そうして手に力を入れ再び問う。この心の底から湧き上がる感情がなんなのかはわからないが、ほむらはただ今は目の前の相方しか見えていなかった。
『女の子が…身体を切り刻まれてたの』
『……誰に』
『あの…地下室にいた二人の男に』
さやかの脳裏に、あの薄汚れた地下室が浮かび上がる。透ける様な白い肌の全裸の少女が床に仰向けに倒れ、そこに男がのしかかり異様なほどに大きい包丁を身体にあてていた。
『……前の事は見てないけど、男達の言葉でわかったの、あの女の子があいつらに犯されて、そして今から身体を切るって』
ほむらもしばし言葉を失った。相方の頬を抑えている手も微かに震え。
『あれから…よく覚えて無いの、ただ…私はあの二人を殺したくて、殺したくて…』
さやかの目から涙が滲む。
『私…全然変わってないのよ、ほむら…魔女になったあの時だって人を殺したくなって』
『さやか』
アメジストの瞳が打ちひしがれた相方を映し出す。
『過去のことはどうしようもないわ、忘れなさい。そして、今話したことも』
蒼い瞳が何か言いたげにほむらを捉えた。
『何?』
『……私、あの時記憶を取り戻したの、全部ではないけど…それと同時に魔法少女の事とかどうでもよくなってしまったわ』
『………』
『魔女とか、円環の理とか、魔獣のことも…そんなことより、人間の方がよっぽど…』
『だからなのね…貴方が私の元に来たのは』
世界を変えた後、悪魔と成り果てたほむらの元にさやかが訪れるということは全く想像もつかないことだった。記憶を取り戻したのならなおさらだ。しかし――
『全てどうでもよくなったら…今度はこの世界の全てが虚しくなって、あんたしかいなかったの…今までの私を覚えているあんたしか』
人間世界の現実に打ちのめされた美樹さやかにとっては、もう円環の理でさえ絵空事に見え、どうでもよくなった、残されたのは、さやか自身を肯定してくれる唯一の人物、すべてを理解し記憶している存在――暁美ほむらだけ。
はあ、とほむらがため息をつく。その表情は少しだけ和らいでいて。
『やっかいな犬をしょいこんだわ……』
『そんなこと言わないでよ』
『冗談よ』
拗ねる相方を見て思わず吹き出しそうになるのを抑え、ほむらはその手をさやかの頬から肩へ移し抱きしめた。それに呼応するように、すぐさまほむらの腰にさやかの手が回る、苦笑するほむら。
『…ほんとしょうがない犬ね』
そうしてほむらは目を瞑った。
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この女は一体何を考えているのだろう?
美樹さやかは空になったグラスに口をつけながら、思案する。
ノイズの様な洋楽は相変わらず店内に響いたままで、照明は夜を迎えるためか、淡いブラウンから、赤いどこか劣情をそそるような色に変わる。そろそろ裏の商売が始まる頃なのだろう、とさやかは思った。まだ刑事になって数年だが、こなしてきたヤマは、結構なものだと自負している。この手の風俗(表向き喫茶店)店も数軒見てきた。事情を知らない客が言葉巧みに店から追い出されていく。
「ねえ、ねえ、ちょっとシカトしないでよ?アタシがさあ…」
カウンターでさやかの横に座っているメイド服姿の女がもたれてきた。かつてさやかが取り調べをした女だ、妙に懐いてくるのが気にかかる。首の魔女の口づけを模したタトゥーもだが。
「ここで刑事ってバラしたら、ヤバくない?」
ハッ、と一瞬驚いた様な表情を浮かべたが、すぐにさやかはポーカーフェイスに戻る。この10年で培った能力だ。どちらかと言えば赤い髪の仲間と同様直情型だったさやかの性格も、あの事件を契機にして変容していた。黒髪の相方以外に対しては、そう簡単に心を読まれることは無い。
「あ、そのポーカーフェイス、マジカッコイイから」
「……ふざけてるの」
「ふざけてないって!」
そう言って更にもたれかかる。困った用にため息をつくさやか。それを面白そうに見つめる女性。なんだか豪華な人形の様だ、とさやかは女を見て思う。
話し相手には事欠かないが、これでは潜った甲斐が無い――何か突破口が無いかとさやかは考える。店の客質も変わり始めた。既に裏の「営業」が始まっている。メイド服の女が客の男と裏にある個室へと向かって行った。その後ろ姿を見つめながら、さやかはもたれている女に囁いた。
「ねえ、個室って、幾つあるの?」
「え、あんたその気になった?」
「何言ってるの…あなたまさかその気でもあるの?」
「無いわよ、全然!でもさあ、私は気持良ければいいのよ、だから相手が男でも女でも関係無し」
「……そう」
さやかの視線は、入り口横の地下へと続くドアへ向けられる。
「ねえ、あそこも個室?」
さやかはカマをかける。案の定女の顔が強張った。
「……あそこは、まずいよ」
「なんで?豪華なドアじゃない、何かあるの?」
「……」
珍しいほどおとなしくなった女を見て、さやかは次の一手を考える。どうにかしてあの地下室へ行かなければならない。
と、急に店内が静かになった。見ると、カウンターのメイドが音響設備のスイッチをオフにしている。
「…ちょっとどうしたのさ」
さやかの傍にいる女が、カウンターのメイドを睨む。が、メイドの顔は青ざめていて、入り口あたりを凝視していた。不審げにメイドの視線の先に女も目をやると同様に顔を強張らせた。
「ちょっと静かにしろ」
ドスの効いた声が店内に響き渡る。
いつの間にか入り口のドアは開かれており、そこにスーツ姿の男が立っていた。天井に届かんばかりの長身の男を中心に、両脇にそのお付きと思われる二人の男。その背後にも数名スーツ姿の男が立っている。声の主は長身の男だ。さやかをはじめとして、店内にいたもの全ての視線がこの長身の男に注がれた。
―大物だ。
マル暴にいたさやかは暴力団の上層幹部の顔をすべて叩きこまれているが、今目の前にいる男は記憶が無い。だがしかし、その圧倒的な存在感は上層部のそれだと感じた。
「ひ…」
店内で騒いでいた男が情けない声を漏らす。異様なまでに張り付いた空気で、さやかですら動けない。長身の男がゆっくりと店内に入って来た。190㎝はあるだろうか、見上げるほどの長身だ。細身であるが、鍛えているであろう体躯に、まるで能面の様な無表情の男は見る者に畏怖の念を与えた。鮫の様な空虚な目がさやかを捉えた。
「新人か?」
「………」
「違うわよ、私の客よ」
さやかの横にいる女が代わりに返事をする。さやかは驚いたように女を見た。女は一瞬だけさやかを見て瞬きする。
「私、どっちもいけるし、今夜は女の…」
乾いた音とともに、女が吹っ飛んだ。派手な音を立てて床に倒れる。長身の男が左手で女を殴ったのだ。全身の血が逆流するのをさやかは一瞬で抑えた。蒼い瞳と鮫の様な目が交差する。
「俺はお前に聞いている…そうなのか?」
「そうよ、新人じゃなく客よ」
「……女が好きなのか」
「趣味はそれぞれでしょ」
ほう、と鮫の様な男は声を漏らした。ニイと笑みを浮かべるが、却って残虐そうな笑みになり凄味が増した。さやかの回答で得心を得たのか、視線を外し、再び店内の客すべてを見渡す。
「ここに刑事が潜っている」
ガシャ、ガシャ、と音が鳴る。鮫の様な男の両脇、そして背後にいる男達が銃を取りだした。黒光りする銃はすべて自動拳銃で統一されていた。
「刑事が出てくるまで、一人ずつ殺す。匿ったメイドは輪姦してシャブでキメた後殺す…いいな」
「冗談じゃない、俺は客だ、なんで」
乾いた音と共に、騒いだ客が倒れた。メイドの悲鳴があがる。客の額にはぽっかりと穴がが空いている。
「俺は本気だ」
暴力団員の持つ銃口からあがる硝煙を見ながら、さやかは右手を強く握った。