アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
駆け引き
桜が舞い散るあの通学路、桃色の景色に囲まれた中愛しい人が学校に向かう姿をそっと見守るのが日課となっていたあの頃。黒髪の少女と蒼い髪の少女はなんとはなしに向かい合い、語り合う。
――あんた、だいぶ変わったわね
――ええそうよ、私は変わったわ、美樹さやか。
半ば記憶を取り戻し、そして何故か悪魔と化した少女に自ら歩み寄ってきた蒼い髪の少女。
――もう自分の想いを抑えるのはやめたの、私はただ、自分のやりたいことだけをやる。それが悪魔よ。
――その割には、あんたはいつも
――いつも?
――……苦しそう
その髪と同じ蒼い瞳を悪魔は覗き込む。空と同じように澄みきっていたはずの瞳にはいつの頃か深い闇が宿っていて。
――貴方もだいぶ苦しそうよ美樹さやか。何か貴方を変えるきっかけでも…あったの?
その問いは気まぐれに発生した。悪魔は想い人である女神以外には目もくれない。だがその気まぐれに元女神の鞄持ちは答えた。
――アタシは…
蒼い髪の少女が似合わぬか細い声で囁いた。
――全然変わってないよ、うん…全然…大丈夫
そうして、ニイ、と唇を歪めた。その目は死んだ魚のようで。悪魔はその日初めて、蒼い髪の少女の狂気を垣間見たのだ。
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いつの頃からか、美樹さやかは事件現場を目の当たりにすると、周囲の音が全て消え、視界に映る全ての色彩が失われて見えるようになった。集団暴行で犯され殺され身体の元の形状がほとんど失われた女性や、誘拐され無惨にも命を奪われた子供。赤の他人でさえ、その加害者を地獄に叩きおとしたくなるほどの非道な犯罪――。魔女になる直前の経験がそうさせているのか、元々持ち前の真っ直ぐな(相方に言わせると愚かな)正義感故か、それとも両方がそうさせているのか。それはわからない。ただ、怒りに支配された美樹さやかはとても――例えて言うならば澄み切った湖のように怒りに反比例して至極冷静で静かになるのだ。
「おい」
男の声と、額にあてられた冷たい感触で美樹さやかは我に返った。音が戻ってきて、複数の女の悲鳴と男の断末魔の悲鳴が響き渡る。店内にいる豊満な肢体のメイド達は、複数の男達により、外に連れ去られ、あるいはその場で床に押さえつけられている。客である男達は銃で撃たれ、あるいは殴打され続けていた。
「……お前、ただものじゃないな」
「私のこと?」
素っ気なくさやかが呟いた。さやかは店のカウンターに座ったままだった。正確には、頭と見られる暴力団の男がさやかの額に銃口をあてているため動けないだけなのだが。その身体はカウンターから身体を横に向けているため、横目で店内の様子を一望できた。足元には先ほど男に殴打され、気絶したままのあおいという名のメイドがいた。
――何故私をかばったのだろう
あおいというメイドは美樹さやかを「新人」ではなく「私の客」といい、殴られた。おそらく「新人」になってしまえば「お試し」と称して暴力団員に輪姦でもされるのだろう。
だが、特にあおいにとってさやかは親しい存在でも何もないはずだ。かばう意味すらない。
むしろ刑事であることを密告した方が有利なはずだ。
「ああ、この状況でまったくびびってねえ、それにえらく冷静で静かだ」
さやかは男の鮫のように空洞な瞳を見つめた。
「怖がってるわ、ただ顔に出ないだけよ」
その中性的だが美しい容貌を見つめ、一瞬だが、男は視線を逸らした。だが、すぐに戻し、銃口をさやかの額に強く押しあてた。
「嘘だな…お前何者だ?ただの同性愛者じゃねえだろうし、あおいのセフレでもねえな」
ヤクザの直感とでもいうのだろうか。心外だという様にさやかは肩をすくめた。あおいの咄嗟についた嘘をこの男は信じている。無理もない、時代が進んだとはいえ警察組織は古い体質で、組織に潜る公安刑事は皆男性で女性は一人もいなかった。今ここにいる美樹さやかを除いては。
「へたな答えでもしたら殺すぞ…殺した後、犯してやる…俺は女には興味ねえ、だが、おめえは…イイ…滾るんだ」
はあ、はあ、と荒い息をしながら、男は饒舌に語りだした。男の性癖にいちゃもんをつける余裕も興味もさやかにはなかった。だが、このような場で逸脱した会話をするくらいこの男の性癖は変わっているのだろうというのだけはわかる。
――これは好機だ
さやかは思った。もう少し、ほんのもう少しだが言葉に気をつければ情報を引き出せる。刑事という身分を見破られることもなく…。
「悪いけど、私は同性愛者ではないし、あの子のセフレでもないわ」
「じゃあなんだ…」
さやかの脳裏に能面のような現在の上司の顔が浮かぶ。星という得体の知れない上司の。
『特殊嗜好の客を「装った」組織の情報を掴むんだ、美樹さやか君』
特殊嗜好の客を装った組織があるとして、ここの店と暴力団はその組織と繋がっていたはずだ、地下室で少女を強姦し、そしてその身体を切り刻む、その代償に多額の資金を事務所に提供する。――だとしたら、私がこの男に発すべき言葉はこれしかない。さやかは口を開き、囁いた。
「あの地下室の「イベント」の関係者よ」