※オリキャラ、オリ設定があります。
故郷
ガタガタと馬車に揺られ、俺は窓の外を流れる景色を見ながら物思いにふけっていた。窓から見える光景は、一面の緑。見渡す限りの草原地帯だ。
オラリオを出て既に二日が経っているというのに、代わり映えしない景色が続いているせいか、どうにも気が滅入ってくる。おまけにこの馬車、王族御用達だけあって内装はかなり豪華なのだが、如何せん乗り心地が最悪だった。
慣れない馬車に乗ったことが起因しているのか、それとも単に俺が乗り物酔いしやすい体質なのかは分からないが、兎に角気持ち悪いことこの上ない。
「ケイ、大丈夫か? あまり顔色が優れないように見えるが……」
向かいに座るリヴェリアが心配そうな眼差しを向けてくる。俺はそれに「問題ない」と答えて苦笑いを浮かべた。
「そうか……だが【アイナノア】まではもう少しかかる。何かあれば遠慮なく言うといい」
「ああ、その時は頼む」
気遣ってくれたリヴェリアに礼を言いつつ、窓枠に肘をつく。今彼女が言った通り、俺達の目的地はリヴェリアの故郷でもあるエルフ族の集落【アイナノア】だ。何故、縁もゆかりも無いエルフの里に俺が向かっているのかと言うと、理由は単純明快。リヴェリアの護衛の為である。
護衛と言っても彼女が危険に晒されるような事態に陥る可能性は低く、あくまでも王族としての立場がある彼女に対する体面上の処置と言った方が適切かもしれない。要するに形だけのお守りみたいなものなのだが、幸か不幸かその大役に抜擢されたのが俺だったのだ。
正直言ってかなり荷が重い。いくら同じファミリアで長年寝食を共にしてきたとは言え、相手は王族。そんな彼女とほぼ二人きりの旅路など、胃が痛くなるのは明確だった為、最初こそ断ろうとしたのだが──
「しかし、ケイを護衛として連れてこいだなんて、父上は何を考えておられるのか……」
そうなのだ。今回俺が彼女の護衛を断れなかった理由、それは彼女の父親にして現エルフの王である『ヴィルヘルム・リヨス・アールヴ』様からの直々の依頼によるものだからであった。
本来ならば、お付きの者なり騎士なりが派遣されるべき案件で、一介の冒険者である俺に護衛を任せるなど普通では考えられない話なのだが、先週俺宛に送られてきた手紙にはこう書かれていた。
『我が娘リヴェリアの帰郷に際し、道中の安全確保の為に「アマツ・
思わず二度見してしまう内容だったが、何にせよ王様直筆の手紙まで添えられていたのなら断る事も出来ず、こうして渋々了承したという次第なのである。これにはファミリアのエルフ連中もかなり困惑していたが、それも当然の反応だろう。
と言うのもエルフという種族は基本的に他の種族に対して排他的なところがあり、それ故に自分達の住処から滅多に外に出ることは無く、基本的に閉鎖的な生活を営んでいる。
そんな彼等の王たるハイエルフが、ヒューマンである俺に王女の護衛役を依頼したなど、前代未聞の出来事であり、まさに晴天の霹靂とも言うべき出来事だったに違いない。
「さあな。まあ、何か重要な用件なんだろう」
「それは分かっているが、何せ相手はあの父上だからな。一体どんな用件なのか想像もつかん」
やれやれといった様子で肩を落とすリヴェリア。どうやら彼女にとって今回の一件は不安要素以外の何ものでもないらしい。かくいう俺自身も少なからず緊張しているし、内心穏やかではないというのが本音だった。
「リヴェリアが顔を
「そうだな……。一言で表すならば"豪傑"という言葉が相応しい人だな」
「豪傑、ねぇ…ガレス見たいな感じか」
脳裏に浮かぶドワーフの男の姿。彼の性格や言動を思い浮かべながらそう訊ねると、リヴェリアは小さく首を振る。
「いや、どちらかと言えばフィンに近いタイプだな。思慮深く、冷静沈着。それでいて決断力に優れ、臣下からの信頼も厚い。それに、武芸にも秀でていて、かつては冒険者として名を上げていたと聞く」
「へぇ…」
そう語るリヴェリアの顔はとても誇らしげで、尊敬の意を抱いていることがよく分かる。その後も、淡々と彼女の口から語られる思い出話に耳を傾けるが、どれもこれも俺にとって羨ましく、そして眩しすぎるものばかりだった。
「っと、すまなかった。少し話しすぎたようだ」
「構わないが、リヴェリアがそんな饒舌に話す姿は初めて見るな」
「そ、そうか? 私とした事がつい懐かしくてな……」
恥ずかしそうに頬を染めるリヴェリア。普段はあまり感情を表に出さずクールな雰囲気を纏っている彼女だが、今はその印象も薄れて見える。それだけリヴェリアにとって父親の存在が大きいということなのだろう。
「父親…ね……」
そう呟く声は、馬車の走る音に掻き消され誰の耳に届くことも無く消えていった。
◇ ◇ ◇
「──見えてきたぞ。あれが私の故郷【アイナノア】だ」
窓から差し込んでいた陽光が赤みを帯び始めた頃、リヴェリアの言葉に誘われるように俺も外へと顔を出すと、まだ遠目にしか見えないが、そこには森に囲まれた集落のようなものが確かに存在していた。
「あれが……」
「ああ、そうだ。懐かしいな……実に三年ぶりか……」
感慨深げに呟くリヴェリアの声には、様々な想いが込められているように感じられる。それはきっと故郷への懐古であったり、これから向かう先にいるであろう親に対する不安だったり、或いはもっと別のものかもしれない。
「後数分もすれば到着する筈だ。降りる準備をしておけ」
「了解」
それから数分後、馬車がゆっくりと速度を落とし始め、門の前で停止した。御者を務めていたエルフの男が扉を開き、俺達は馬車から降り立つ。太陽の光に目を細めながら辺りを見渡すと、視界に飛び込んできたのは広大な森林であった。
「凄いな……」
思わず感嘆の声を漏らす。目の前に広がる光景は、今まで見て来たどの景色より美しく、幻想的だった。木々は青々と茂り、まるで宝石の様に輝いている。時折吹く風に乗って流れてくる草木の香りは心を落ち着かせてくれるようで、とても心地良い。
そして何より、その自然の中に溶け込むようにして存在するエルフの集落は、さながら絵画の世界に入り込んだかのような錯覚さえ覚えてしまう程で、そのあまりの美しさに見惚れてしまった俺は、しばらくの間その場に立ち尽くしていた。
「気に入ってくれたみたいだな」
「あ、ああ……、こんな綺麗な場所は初めてだ。正直感動した」
「それは良かった。私としても自分の生まれ育った里を褒められるというのは嬉しいことだ」
嬉しそうな笑みを浮かべて、彼女は再び前を見る。その横顔は少しだけ誇らしげで、どこか自慢げに見えた。
『お待ちしておりました、リヴェリア様』
と、その時。どこからともなく聞こえてきた女性の声に、俺は背後へと振り返る。すると、地面に魔法陣が浮かび上がり、そこから一人の女性が現れる。
銀髪の髪を靡かせる美しいエルフの女性。服装は白を基調としたメイド服で、頭にはこれまた白いカチューシャを着けている。その佇まいからは気品を感じさせ、思わず息を飲むほどに美しかった……が。
「久しぶりだな、ゲルダ。出迎え感謝する」
「勿体無きお言葉。リヴェリア様のご帰還、心より歓迎致します。それと、そちらの方が……」
氷のような冷たい視線が俺に向けられる。その瞳からは、明らかに警戒の色が見て取れる。
「初めまして。今回リヴェリア王女の護衛を承った、【ロキ・ファミリア】所属のケイと申します」
「これはご丁寧にどうも。私はリヴェリア様にお仕えしている侍女長のゲルダと申します。以後、お見知りおきを」
「……宜しくお願いします」
底が見えない。それが彼女──ゲルダに対して抱いた印象だった。一切表情を変えず、ただ淡々と告げる彼女の口調や仕草は機械じみており、一挙手一投足に至るまで隙が無い。
恐らくだが、相当な場数を踏んでいるに違いない上、先程の《転移魔法》といい只者では無い事は明白だ。それに、殺気が隠しきれていない。リヴェリアが傍にいるからこそ大人しいが、もしも二人きりの状況であれば即座に戦闘になっていただろう。それぐらい彼女の纏う雰囲気は鋭く、冷たかった。
「では、早速参りましょうか。御手を」
「ああ、頼む。ほら、ケイも」
「え? あ、ああ……」
彼女の柔らかい感触が肌に伝わる。細く華奢な指は見た目に反して力強く、しっかりと掴まれていたが、ひしひしと伝わってくる殺気に気が気ではなかった。
「それでは、御手を離さないようお願い致します」
そう言うや否や、足元に魔法陣が展開され淡い光が包み込む。そして次の瞬間、妙な浮遊感と共に視界が暗転した。数秒、いや数十秒経っただろうか? 時間の感覚が無くなる中、ふと瞼を開く。そこは先程までいた森の中ではなく、広々とした空間が広がっていた。辺り一面には様々な植物や花々が咲き誇り、中央付近には大きな噴水が設けられている。
そして、そんな庭園の中央奥に存在する白亜の城。その外観には細部に至るまで細かな装飾が施されていて、見る者を圧倒させる程の存在感を放っている。それはまさに、物語に出てくる姫が住まうに相応しい場所であった。
「どうぞ此方へ」
我に返った俺は、リヴェリアと共にその後に続いて中に入った。大理石で作られた床を踏みしめながら城内を歩いている中、至る所からリヴェリアの帰りを祝う声が上がる。
中には涙を流す者や、彼女に握手を求める者もいた。それだけ彼女が慕われているという証拠なのだろう。一方、俺に対する視線は相変わらず鋭いままで、時折刺すような敵意が向けられる。このような視線には慣れたつもりではあったが、ここまで露骨だと流石の俺も堪えるものがある。
速く用件とやらを済ませてこの場を去りたい気持ちで一杯になりながらも、案内されるがままに城の廊下を進んでいく。やがて到着したのは、他と比べてもかなり立派な扉の前だった。
「ここから先は、ヴィルヘルム様の命に依り、ケイ様御一人でお入り下さい」
「? 分かりました」
「……父上がそう仰るのなら従うしかないな。ではまた後でな、ケイ」
「ああ」
何故かは知らないが、ヴィルヘルム様は俺と対一で話がしたいらしい。リヴェリア達の姿が見えなくなったところで、俺は大きく深呼吸をして扉をノックする。
「入りたまえ」
重圧感のある声に内心緊張しながら、俺は部屋の中に足を踏み入れた。そこは書斎のような造りになっており、部屋の中央には大きな机が鎮座している。そしてそこに座る人物を見て、思わず息を呑んだ。
(この人が……)
リヴェリアと同じ
「お初にお目にかかります。私は──」
「ああ、貴殿の素性は既に把握している故、堅苦しい挨拶は不要だ。取り敢えず掛け給え」
「……はい」
言われるがまま、俺は近くのソファへと腰掛ける。お互い向かい合う形で席に着くものの、相手は終始微笑を浮かべており、その表情からは何を考えているのか読み取る事は出来ない。
「まず初めに、此度の件について感謝の言葉を述べさせて頂こう。我が娘、リヴェリアを無事に送り届けてくれた事、誠に感謝する」
「いえ、護衛と言っても文字通り形だけで、殆ど何もしていないのでお礼を言われるようなことは……」
「謙遜する必要はない。例え形だけであろうと、貴殿が同行してくれたという事実こそが重要なのだ。お陰でリヴェリアも安心して旅路を進める事が出来ただろう」
「そう言ってもらえると助かります……」
釈然としない部分はあるが、一応お褒めの言葉を貰ったのだから素直に受け取っておく。しかし、何ともやり難い相手だ。まるでこちらを値踏みするような視線に加え、言葉の節々から感じる妙な圧迫感。正直、今まで出会った中で一番苦手なタイプかもしれない。
「では、早速本題に入りたい所だが、その前に貴殿に尋ねておきたい事がある」
「なんでしょうか?」
「率直に聞こう。貴殿から見て【アイナノア】はどう映る?
「……と仰いますと?」
「言葉通りの意味だ。外観、内装、雰囲気、何でも良い。貴殿の感じたままに語ってくれ」
ここに来てまだ半刻も経っていないと言うのに、抽象的過ぎる質問に戸惑いを感じずにはいられない。とはいえ、嘘偽りを言うわけにもいかない為、慎重に言葉を紡いでいく。
「そうですね……、一言で言うなら『美しい』ですかね。里全体を覆う幻想的な緑と花々、そしてそれらの地に住まうエルフという種族。どれを取っても素晴らしい光景だと思いました………ただ」
「続けたまえ」
「はい。やはりと言うべきか、私を見る目は軽蔑に似た感情が込められているように感じられ、エルフ族は排他的な種族と聞き及んでおりましたが、此処はその傾向が顕著に表れているように思えてなりません。ゲルダさんに至っては明らかに殺意を向けられた事から、とても歓迎されているとは言い難かったです。あくまでも私の主観に過ぎませんが」
「いや、良い。実に参考になった」
「は、はぁ……」
一体、今のやり取りの何処に参考になる要素があったのだろうか? 俺としては、当たり障りの無い感想をつらつらと並べたに過ぎ無いというのに、全くもって不可解極まりない。
「ふむ、要領を得ないといった表情をしているな」
「……申し訳ありません」
「構わんよ。先の問は貴殿がどう認識しているかの確認に過ぎない。それに、元より期待などしてはいなかったさ」
「………」
随分な言われようだが、ここで異を唱える程俺は子供ではない。むしろ、下手に口を出して藪蛇にならないよう黙っておくのが吉だろう。
「ああ、済まない。別に貴殿を責めている訳ではない。これはあくまで確認事項の一つに過ぎなかったというだけの話だ。そもそも、貴殿に求めているのはそのような些末なものではないからな」
ヴィルヘルム様は意味深な笑みを浮かべると、徐に立ち上がり窓辺へと歩み寄る。そして、そこから見える景色を一望すると、ゆっくりと振り返り黄金色の瞳が俺を見据える。
「貴殿も存じていると思うが、ここの住人、と言うよりエルフ族は総じて他種族に対して排他的だ。それこそ、己が種族以外を劣等と言わんばかりに。事実、私達エルフは神の恩恵を授からずとも魔法が扱う事が出来、他の追随を許さない程の優れた能力と容姿、何より永き時を生きる長命種として圧倒的なアドバンテージを持っている。その優位性故に、自分達以外の他種族を蔑視し続けてきた。それがこの数百年変わる事の無い、エルフ族の現状なのだ」
ヴィルヘルム様は淡々とした口調で語り続ける。その声音には悲壮感は無く、寧ろ諦観に近い感情が含まれている気がしてならなかった。
「無論、例外も存在する。我が娘のような価値観の相違から里を逃げ出す者、娘の従者であった「アイナ」のようなヒューマンとの間に子を生す者、そしてそれらを「是」と肯定する者。だが、それらは所詮、氷山の一角に過ぎず、大半の者は今も昔も古い固定概念に縛られ続け、狭い檻の中で生を謳歌している始末。それは最早、呪いといっても過言では無い。クク……皮肉なものだろう? 我々エルフ族が他種族を排斥してきたが故の弊害が、今正に牙を剥いて襲いかかろうとしているのだから」
「つまり、貴方は今の現状を憂いていらっしゃると?」
「そうだ。このままでは遠からぬ内に、エルフ族は衰退の一途を辿る事になるだろう。しかし、それもまた運命。そう割り切ってしまえばそれまでだが、私は王としてそれを看過する事が出来ない、否、させない。故に私は変革を求めているのだ。停滞ではなく前進を。古き因習に囚われる事無く、新たな時代を切り開く為に」
その瞳は確固たる決意の色に染まっていた。リヴェリアの父親だけあって、彼もまた芯の強さを持った人物のようだ。しかし、そんな彼が何故俺を呼んだのか。その理由はまだ分からない。
「……成る程。貴方のお考えはよく分かりました。ですが、それと私とどのような関係が有るのでしょうか? 私は生憎エルフでもハーフエルフでもない、
皮肉交じりの言葉をぶつけてみるが、相手は全く動じる様子を見せない。それどころか、こちらの問い掛けを待っていたかのように口角を上げ、不敵な笑みを浮かべて見せた。
「クックック……塵芥などと、よくもまあ自分をそこまで卑下出来るものだな」
「事実ですので」
「……ふむ、謙虚さは美徳ではあるが度を過ぎると嫌味にしか聞こえなくなるぞ? それに、隠さなくとも貴殿の偉業については既に調べがついている。確か、僅か半年でレベル2に到達し、その後も《
「……買い被りですよ。所詮、偶然と幸運の賜物で塗り固められた虚構に過ぎません」
「……貴殿がそこまで自身を過小評価する理由はなんだね?」
「……」
「言いたくないなら無理にとは言わないが、これだけは言っておこう。例え偶然や奇跡であろうと、貴殿が積み上げてきた実績は紛れもなく本物であり、決して偽りなどではない。もし、仮に他者が貴殿の努力や功績を偽りだと断じたとしても、私がそれを認めよう。貴殿の歩んできた道は決して間違いなどでは無かったと。そして、これからも貴殿ならば成し遂げられるはずだ。この世界の理を覆し、誰もが羨む栄華を極める英雄に」
「………ありがとうございます」
真っ直ぐに見つめてくる黄金色の双眼。そこに嘘偽りの色は微塵も無く、本気で俺を評価してくれている事が伝わってくる。正直、悪い気はしない。だが、それでも手放しに喜べない自分がいた。
「話を戻そう。確か貴殿は先程、私に『何を望んでいる』と尋ねたな? 」
「えぇ」
「ならば、単刀直入に言おう……『アマツ・螢』殿、貴殿には──」
ヴィルヘルム様はそこで一旦言葉を区切り、真剣な面持ちで俺の目を射抜くように見据え、ゆっくりと口を開いた。
「──我が娘、リヴェリアと婚約を結び、私の婿養子となって欲しい」
「────────────は?」
俺の口から漏れた間抜けな声だけが、静寂に包まれた部屋中に響き渡った。
エルフ周りの設定を書く際、手元に資料がなかったのでほぼオリジナルとなってしまいました。もし原作との矛盾点がありましたら、指摘の方宜しくお願いします。