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――私の兄は、どこかおかしい。
いや、正確に言えば"私達兄妹"なのかもしれない――
度を越した"愛"
執拗な、強迫的な……まるで取り憑かれているような――
それは酷く歪んでいる。
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PSYCHO-PASS
――obsessive――
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――2106年 7月
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「ちょっと……ちょっと待ってよ!お兄ちゃん!」
バタバタと部屋を駆け回る少女。口には冷めきってすっかりと柔くなった食パンが咥えられ、どうやらその様子からして余裕が無い様子。
しかしその反面、夏服のセーラー服はシワひとつなく、膝上丈の短いプリーツスカートもシワもヨレも無く、かなり手入れが行き届いている模様。
……どう考えても、その手入れを行ったのはその少女とは思えない。
「ほら、早くしろ。遅刻するぞ。」
「待って!あと1口だけカフェオレ飲ませて――」
その姿を玄関から呆れ顔で眺める"兄"。
兄が纏っているスーツも汚れひとつなく、ネクタイも美しく締められていた。
「うわっ!最悪!!零しちゃった!」
「……置いてく」
「あーー!ちょっと!……まあいいや、帰ってから片付けよう……」
"待ってー!"と騒がしく声をあげれば、ようやく革製の学生鞄を手に取り、食パンを口に頬張りながら玄関へと走り向かう。兄――狡噛慎也は"置いていく"といいながらも、しっかりと妹を待ち続けていた。
「"舞白"、弁当は持ったか?」
「もちろん!鞄に収めてますとも。」
「今日期限の数学の課題は?昨日の夜、付きっきりで教えてやった……」
「はっ!お兄ちゃんナイス!机に置きっぱなしだ!――先行ってて!追いかけるから!」
「……わかったよ」
再び室内へと戻っていく妹を背に、狡噛は車のキーを手に取ると外へと足を踏み出す。
7月初旬、まだ朝早いというのにうだる様な暑さが体を覆う。
海沿いに建つ低層マンション。都心に比べれば自然も多く、緑が生い茂っている近辺の景観は兄妹揃ってお気に入りだった。
ホログラムではない"本物"の自然。暑さに頭を悩ませるものの、清々しいほどに気持ちいいその空気は居心地が良い――
長い通路を突き進みエレベーターへと乗り込む。
そして、地上階へとたどり着くと顔見知りの住人達と鉢合わせることに。
「皆さん、おはようございます。」
ニッコリと爽やかな笑みを向ける狡噛。
その先に佇むのは、このマンションの所謂"お局"達。それ相応の歳を召した女性たちが5人ほど、円陣を組むような形で噂話の真っ最中だった。
それにも関わらず、マンション内の女性陣たちは話を止め、頬を緩ませながら、まるで人気アイドルを取り囲むように狡噛へと全員が群がる。
「あら!慎也君、おはよう。」
「今日は遅いのね?」
「妹が寝坊したので、出勤時間を少しずらして送迎しようと……」
"はははっ……"と後頭部に触れ、参ったと言わんばかりの表情を浮かべる狡噛。
きゃっきゃっと盛り上がるその空間を他の男性陣たちは、狡噛を羨むように通り過ぎていく――
どうやらほぼ毎朝の決まった光景らしく、狡噛は慣れた様子だった。
「相変わらず妹想いの優しいお兄さんね?羨ましいわ〜」
「慎也君、恋人はいないの?」
グイグイと迫り来る女性たち。
「…残念ながら仕事が忙しくて。なかなか余裕が…」
「さすが"公安局のエリート"ねえ〜。…よかったらシビュラの恋人判定、うちの娘と――」
「何言ってるのよ?あなたの娘、まだ15でしょ?」
狡噛が公安局に入局して約2年。
しかもキャリアが約束された"刑事課の監視官"。
まさに大昔でいう……"高身長・高学歴・高収入"の三高。その言葉が最も似合っていた。
オマケに顔も良し、性格も良し。女性陣たちが見放すわけが無い。
「ありがとうございます。ですが、まだ妹も高等教育機関に進んだばかりで…。それだけで手一杯――」
刹那、エレベーターホールから慌ただしい足音が響き渡る。
「お兄ちゃん!お待たせー…って、皆さん!おはようございます!」
ようやく現れたのは妹の舞白。
朝から快活な声を上げると目の前の女性陣たちに深く頭を下げる。長い漆黒の結い上げられた黒髪がふわっと舞う。
「おはよう、舞白ちゃん。」
「いつも通り、朝から元気ね〜?」
「へへへ〜……あ!藤宮のおばちゃん!この前くれたお菓子美味しか…」
「舞白、お前本当に遅刻するぞ。」
呑気に振る舞う妹は、どうやら自分の置かれている状況を理解していないらしい。始業開始時間まで残り30分……このままいけば遅刻は確定。
そんな舞白の背中をポンポンと叩くと"行くぞ"と急かす。
「じゃあ急いでるので。これで……」
「失礼します!」
仲睦まじく走り去る2人組。
それを見守る女性陣達―――
「舞白ちゃんもいい子だし、まさに理想の兄妹よね?」
「そうそう。……ご両親も"もし生きていたら"、そりゃ自慢の息子と娘だったでしょうに……」
1人の女性の発言によって、和やかだった空気が一転。悲愴な面持ちを浮かべ始める。
「……え?"生きていたら"って……」
女性陣の中の1人が声を上げる。
どうやら越してきたばかりの人物らしく、狡噛兄妹について教えて欲しいと口を開く。すると、昔からの兄妹の内情を知る女性がコソコソと語り始める。
「慎也君と舞白ちゃんのご両親。12年前に不慮の事故で早くに亡くなってね?…慎也君が1人で今の今まで妹の面倒を見てるのよ。」
昔から兄妹をよく知る人は当時のことを鮮明に覚えていた。両親が死んだことをようやく理解した妹を必死に宥める兄。泣きじゃくる妹に、決して涙を見せなかった兄。どんな時も"妹の為なら"とよく口にしていたものだ―――
両親が亡くなって、親戚の支援を受けながら、たった2人でこの場所で生活を送っていた。
「……あとね、これは聞いた話なんだけど―――慎也君が公安局に入局する時、舞白ちゃんの事で親族と大モメしたらしいのよ?」
「―――大モメ…ですか?」
「公安局は危険だから、舞白ちゃんは親族側が引き取るとか……」
「でもそれは"建前"で、本当は親族側が舞白ちゃんに結納相手の話を持ちかけたとか。……舞白ちゃんって頭も良いし、"濁りにくい体質"だから、親族側が利用しようとしてたとか、してないとか。」
「ね?あれから全く2人の親戚は見かけなくなったし、縁を切ったとかそんな話もあるのよ?」
「……皆さん、詳しいんですね?」
さすがマンション主婦コミュニティ。
ありとあらゆる情報を握っている様子に、女性は若干引いた様子を見せる。
「それにしても妹の舞白ちゃん。娘から聞いたんだけど、この前の定期考査ポイント700越えで全国1位だったみたいよ?」
「兄妹揃って"秀才"。舞白ちゃんなら、将来は13省庁6公司全A判定とか有り得るんじゃないの?」
妹はあんな調子だが、兄と同じく実際はかなり秀才らしい。定期考査はいつもトップの点数。文武両道で昔から体術にも長けており、空手の大会でも活躍してるとか。
兄よりも"抜けている"事は遥かに多いものの、やはり血は争えない。ルックスも劣ることなく"喋らなければ"モテる、と言われているらしい。
「へぇ〜…、すごい兄妹ですね?」
狡噛兄妹の内情を知った女性は関心した様子の目を向けていた。
「慎也君がうちの娘と結婚してくれたらねえ〜」
「そんな事、ここのマンションの娘を持つ親がみんな思ってることよ?」
マンションのエントランスで盛り上がる住人達―――
その傍ら、じっと先程の光景を脳裏にうかべる女性。
「…………"兄妹"……ね」
その"兄妹"を初めて目にした女性はふと"違和感"を感じていた。
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新麻布高等教育機関―――
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始業開始時刻手前。
朝はかなりの学生たちで賑わう校門周辺も、今は人っ子ひとり確認できない。
勢いよく停車する黒い車。
中から慌てた様子の少女が飛び出る。
「セーフ!5分前!!お兄ちゃんありがとう!」
車のドアを閉めると、窓越しに狡噛に敬礼する舞白。
あまりにも呑気すぎる妹に兄は呆れ顔でため息を吐く。
「ほら、早く行け。教室までは距離があるだろう。」
「大丈夫大丈夫。私走るの早いし、近道あるから。」
「……頼むから、怪我はするなよ?学校側から連絡が来ると、ギノが煩いからな。」
「はーーい」
"じゃっ!!"と天真爛漫な笑顔を浮かべ、校門へと全力疾走する舞白。そんな姿をハンドルに両腕を預け、車内からじっと見守る狡噛。
その表情は法悦の笑みを浮かべている様子だった。
「やっべーーーー!!遅刻する!」
刹那、少年らしき大きな声が聞こえる。
窓を開けていた車内にもその声はしっかりと入り込むと、狡噛は上半身を元に戻し、全力疾走する自転車を目で追う。
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校門までの坂道を疾走する舞白。
すると背後から聞きなれた少年の声が聞こえると、校門の手前で立ち止まり、勢いよく背後に視線を向ける。
「"秀星"!おはよう!」
舞白が両手を大きく振り、秀星と呼ぶ相手―――
そこにはいかにも"不良"という言葉が似合うオレンジ色の頭をした少年が必死に自転車のペダル漕いでいた。
その顔は必死で、今にでも死んでしまうのではないのか、と言わんばかりの表情―――
「はぁ……はぁ……んだよ……舞白も……ッ……遅刻……」
「まだ遅刻じゃないよ?…ほら、まだあと4分ある。」
ゼェゼェと息を切らし、なんとか坂を登りきった縢。呑気にスマートフォン型のデバイスを向けられると、相手の能天気さに苛立っている様子だった。
「アホか!俺はチャリを駐輪場に置いていかねぇといけねぇんだよ!」
「大丈夫大丈夫。……駐輪場からの最短距離、教えてあげるよ。」
"大丈夫、私に任せなさい。"と意気揚々に堂々と口にする相手に、今度は打って変わって一気に表情が明るくなれば、舞白に自転車の後ろに乗るようにと促す。
その様子は、宛ら慣れた様子。どうやら2人のこの関係性は日常茶飯事らしい。
「よっしゃ!30秒で駐輪場!そのまま教室までダッシュよ!」
「イケイケゴーゴー!秀星!」
"オーー!!"と拳を空に向ける2人組。
…傍から見れば一体何をしているのか……思わず誰もが苦笑するだろう。
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「····················」
その一端を静かに見据える瞳。
どこかしっとりとした、潤いに欠けた冷めた表情。
狡噛は眉間にくっきりと皺を寄せ、どこか不服げな様子だった。
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