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"兄妹錯綜"
"シスター・ブラザーコンプレックス"
姉妹、兄弟に対する"恋愛的感情"、自分のものにしたい"独占欲"。過剰なまでの"愛着と執着"。
かの有名なシェイクスピアの悲劇、"ハムレット"に出てくる兄妹"オフィーリアとレアティーズ"もそういった関係だったと、とある著書で目にしたことがある。
過度のそういったコンプレックスの原因は両親の問題や社会不安などの原因があるという推測もある。
幼い頃、ほとんど記憶が無いうちに両親を亡くした妹。
たった1人の肉親を、妹を護らなければという不安を抱えた兄。
―――正直、私も何が正しいのか分からない。
昔から、兄が言うことは絶対だった。
でもそれに対して嫌な気持ちは無かったし、自分もどこかそれに満足していた。
…でも最近、"それ"が自分にとって良くない事なのでは?と思ってしまう瞬間がある。
だけど、私は兄の事が大切で失いたくない。……もし、私が全てを拒絶したとするならば、
一体この関係性はどうなるのだろう―――
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―――同日 午後19時過ぎ
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「……うーー……そろそろ晩御飯食べようかな……」
自室で机に向かって、はや数時間。
課題を終わらせて、読書して、明日の授業の予習を済ませて……
私自身、勉強は嫌いじゃない。寧ろ学ぶことは楽しいと感じていた。それは恐らく兄の影響なのだが。
「ご飯食べたらお風呂入って……そしたら久しぶりに"カリナ"のライブでも見ようかな〜」
大人気アイドルの小宮カリナ。
勉強の息抜きにも娯楽は欠かせない。舞白は自室にポスターを飾るほどの大ファンだった。
そんな部屋から出ると、リビングへと続く廊下を嬉しそうに跳ねながら歩き、扉を開ける。
涼しい夏の夜風がリビングに吹き込み、微かに潮風の香りが漂う。ゆらゆらと揺れるレースカーテンから除く綺麗な満月にふと目を奪われる。
そのままベランダへと向かい、ぐーーっと体を思いっきり伸ばす。目の前に広がる海の景観。どんなにモヤモヤした時があっても、この景色を見れば不思議と笑みが溢れる。
学校で陰口言われたって、別に全然―――
その瞬間、ぼんやりと空を見上げていた舞白の耳に、バイクの激しい排気音が叩きつけられる。こんな静かな地区に、こんなけたたましいバイクの音が鳴り響くのは滅多にない。
ギュッと両耳を手で塞ぎ、音の根源だと思われる地上に視線を向けると、目を大きく開き驚きを隠せない。
「……しゅ…っ…秀星!?」
自分がいる場所は地上5階。
外が暗かろうが、意外と地上の状況は確認できる高さ…
マンション前に大型バイクを停車させ、その傍らにいる人物は間違いなく同級生の"縢秀星"
住所も教えた記憶が無ければ、そもそもなぜこの場所にいるのか全く意味がわからない。……だって、クラスの子達と遊びに行ってるはず……
縢は舞白の声に気づき、ベランダへと視線を上げれば"チョイチョイ"と手招きする仕草を見せる。
どうやら彼は"降りてこい"と言っているようだ―――
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―――数時間前
渋谷区 渋谷センター街―――
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ガヤガヤと若者で溢れる街中。
平日の夕方となれば、ほとんどが学校帰りの学生ばかり。
縢はクラスメイトの女子生徒や男子生徒と共に、その放課後の時間を楽しんでいたのだが―――
ふと胸につっかかりがあったのだ。
居てもたってもいられない彼は、そっと集団から抜け出し、舞白の親友"霜月美佳"に連絡を試みる。
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「はぁ!?門限が5時って、正気かよ?いつの時代だっての……」
『それを私に言われても困るんだけど?』
サークル活動中にも関わらず連絡に応えてくれた霜月に対し、縢は密かに感謝していた。
そんな霜月に確認したかったこと。
"何で舞白はサークルにも所属せず、はたまたクラスメイトの誘いにも乗らないのか?"という投げかけに、霜月は知っている限りのことを伝えたのだった。
『それに、舞白は校外の空手道場に通ってるしサークルに入る必要も無いのよ?そんな心配することないでしょ?』
「いや……まあそうなんだけどさあ。」
『舞白の家も学校から距離あるし。何かあったら大変だから"お兄さん"が決めてることなんじゃない?お兄さんも公安局勤務で、そんなすぐに緊急事態に対応できる訳でもないだろうし……』
まあ、確かに理にかなった話だ。
……だが、どうにも納得できない。
クラスメイトの言葉に、何も反論もせず、ニコニコと笑顔を浮かべていたあの時。そして、最近の舞白の妙な様子……
「だからアイツ、今まで付き合い悪ぃワケだわ……」
『そう。そういう事。……まあ、確かに門限の事はビックリしたけど……私も。』
うーーん、と悩む仕草をする霜月。
すると何かを思い出したのか、慌てた様子で縢に言葉を放つ。
『そういえば……結構前の話なんだけど。1度だけ、私と舞白2人で放課後にちょっと遊んだことがあるの。と言っても学校の近くのカフェで寄り道しただけなんだけどね?』
"そーだそーだ"とその時の全容を思い出したの霜月はさらに言葉を続ける。
『―――その日、帰りのリニアトレインが遅延したみたいで。門限をかなり過ぎちゃったみたいなの。その次の日、なんか元気なくて……よっぽど怒られたみたいよ?』
「それって、単純に落ち込んでたってカンジ?」
『うーん……なんていうか……、ほら、あの子って基本元気じゃない?嫌なことがあったとしても、滅多に感情に出さないし。……だけど、気持ち悪いくらい別人だったというか。……なんか嫌な―――』
『((霜月ー、次のディベート始めるぞー……))』
突如、電話口から他の学生の声が聞こえる。そういえば、霜月はサークル活動の最中だと縢は申し訳なさそうに眉を下げる。
「悪い、サークルの最中だったな。」
『全然平気。……ていうか、そんなに心配なら連絡してみれば?』
「……返事がねえんだよ。当の本人から。」
『あの子あんまり手元にデバイス置いてないから、気づいてないんじゃない?……舞白の家の住所、送っておくわ。』
「いやいや。住所送られても家にあいつの兄貴も居るんだろ?俺がいきなり顔出したら、それこそ……」
"すげー嫌な顔されそう"だと、その光景が安易に脳裏に浮かぶ。
『舞白のお兄さんなら今日は当直勤務だから家にいないわよ。舞白が電話してた時に、そんな感じのこと話してたし間違いないと思うわ。』
何故か嬉しそうな霜月。
ワクワクとした声色を縢は感じ取ると得心のいかないような表情を浮かべていた。
「んだよ霜月。協力的すぎてこえーーわ」
『はあ?こっちは親切心で教えてあげるのに。』
「お前にしては珍しいって思ったんだっての。いつもなら"私の舞白に気安く触るな"ってカンジなのによ?」
霜月にしては珍しい。どちらかと言うと舞白に余計なことをするな、なんて口にしていそうなのに。
しかし、電話口の向こう側の霜月が抱えていた感情は全く違うものだった。
『私も最近の舞白に対して、少し不安要素があったの。……だからって、多分私には話してくれないだろうし。ちょっと抜けてる異性のアンタなら相談しやすいんじゃないのかなって。』
「"ちょっと抜けてる"は余計だ、バーーカ。」
『あぁん?そんなこと言うなら送ってやら―――』
ブツっと一方的に通話を切る。
おそらく今頃、霜月はイライラとしながらも、住所情報を送る準備をしてくれてるだろう―――
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「てなわけで、お前の親友ちゃんから住所を聞き出せたって訳よ。」
かくかくしかじか―――なんて、適当な理由を固めて霜月に住所を開示させたと口にする縢。勿論、霜月が心配していたことや、門限の話などは一切口にはしていない。
ただ単に"お前のノリが悪いから、いっその事こっちから来てやったぜ"と口にしていたのだった。
「……無免許?」
「なわけねーだろ!んな事してたら俺は今ここにいねーよ」
マンションのエントランス前に停められた鮮やかな赤い色をした大型バイク。座席にポンポンと手を乗せ、自慢げに見せつけていた。
「あの子たちと遊びに行ったんじゃないの?」
「つまんねーから速攻帰った。んで、家帰って着替えてバイク持ち出して、そのままここに来たってワケよ?」
「……ふーーん」
ニヤニヤと笑みを浮かべる舞白。
両手を後ろ手に組み、縢の顔をのぞき込むように下から見上げればその表情はどことなく嬉しそうだった。
「わざわざ来てくれたんだ。」
「そうだぜ?女子に人気者の俺が、わざわざこんな遠いところまで来てやったんだぜー。」
「……物好きだね?秀星。」
素直に嬉しかった。
女子に人気者はさておき、誰かがこうやってわざわざ会いに来てくれるなんて。それは霜月相手とは違う感情だった。
「という訳で……ほら、後ろ乗れ。」
「……え?」
「いや、だから。バイクの後ろに乗れって言ってんの。」
縢はバイクに跨り、フルフェイスの派手なヘルメットを手に取れば、後ろに乗れと首で合図を出す。
しかしそんな相手の行動に、舞白は困惑した表情を向けるら
「さすがに……それは無理だよ。」
「なんでー?」
「……もうこんな時間だし。門限あるし、"お兄ちゃん"にバレたら…」
"お兄ちゃん"、またその言葉。
胸の前で手を握り、小さく首を振るうと舞白は視線を逸らせる。
縢はヘルメットを被ると、そんな相手の右手首を掴めばグイッと自身に引き寄せる―――
「"お前は"どーしてーの?」
「私?」
「そーだよ。兄貴じゃなくて、お前。舞白の意思を聞いてんだよ。」
掴まれた右手が熱を帯びる。
学校ではいつもふざけて多少のボディタッチはあったものの、何故か今だけは縢の体温がジクジクと伝わってくる感覚に陥っていた。
力強くて大きな手。
そういえば彼の私服姿は初めて見たかもしれない。
黒のスキニーパンツにワンポイントが入ったオシャレな白いTシャツ。よく見たら、いつもつんつんとしているオレンジ色の髪はヘルメットのせいかペタっと収まっていて、雰囲気が違う。
それに、こんな真面目な表情もするんだ―――
「俺と1時間だけ都内夜ドライブ。〆は俺のオススメのラーメン屋で晩飯食って、無事にここまで送り届ける。あ、ラーメンは特別に俺の奢りな?」
"ほら、どーすんだよ?"と首を傾げ、手を離されればバイクのエンジンをかけ、ヘルメットをすっぽりと被る。
私は、どうしたい?
「……い……行きたい!」
目をキラキラと輝かせ、両拳を強く握りしめる。意を決して本音を口にしたその姿に、ヘルメットで顔は見えないが縢は満足そうにニヤッと笑っていた。
「そうと決まれば……これ被って後ろに跨がれ。」
手渡されたピンク色の同じくフルフェイスのヘルメット。
どっしりと重量感のある"それ"を手渡されれば、ドキドキと心臓が脈打っていた。
兄のいいつけを破って男の子とバイクでドライブなんて、半分恐ろしい気持ちもあるが、もう半分はワクワクとした気持ちが間違いなく存在していた。
「女物のヘルメット……」
「そりゃ後ろに女の子乗っけたことくらいあるからな?」
「…………」
その言葉にムスッと不機嫌そうな表情を浮かべる舞白。この優しさは私だけに向けられてるわけじゃない。これは彼にとって日常茶飯事なのかも。
不機嫌そうな顔を隠すようにヘルメットを被ると、なれない様子でゆっくりと後ろの席に跨る。
「え?なーに?もしかして嫉妬?うれしー」
「ちっ…違う!そういう意味じゃない!……やっぱり遊び人の不良なんだなーーって」
「はあ?なんだよそれ、偏見だろ?……てかお前、それだとパンツ見えるぞ?これ巻いとけ。」
「へっ、変態!!」
「お前の色気のねぇパンツに興味はねえから安心しろ!ほら巻いとけって―――」
部屋着のまま飛び出してきた舞白の服装はかなりラフだった。無地の白いTシャツにパイル生地の淡いピンク色のショートパンツ。そして適当に履いてきたスニーカー姿。
密かにその姿に縢は動揺する様子を見せていたが上手く誤魔化す。着ていたグレーのジップパーカーを渡せば"腰に巻け"と何度も口にする。
「意外と気が利くんだ」
「……意外は余計だよ、バーーカ―――」
コツンとヘルメットを指でつつかれると、顔は見えないが彼が嬉しそうに笑っている光景が目に浮かぶ。
能天気で雑で、日頃から冗談ばかり口にしているような彼とは違う人のようだった。
多分、私の様子を気遣ってくれたんだろう。
本当の彼は誰よりも敏感で、優しい。きっとそうだ。
「しっかり掴まれよ〜?腰掴んでねえと振り落とされるから、自己責任よ?」
「……うん」
彼の言うとおり、ギュッと背中に上半身を預け、腰に手を回す。
こうやって触れてみると、やっぱり彼は男なんだと今更ながら実感していた。いつも隣にいる時は分からなかった。彼の背中は男性そのものだ、広くて筋肉質で……
それに、何かいい匂いもする……
「((って……何呑気に考えてるんだ私は))」
ああ、良かった。ヘルメットで自分の顔が見えなくて。
――多分、今の私、顔が真っ赤になってる気がするもん。
走り出すバイク。
生暖かい夏の夜風。いつもよりその風は何故か心地よく感じてしまう。
夏の夜。それは心地よく、そして神秘的な深みをもっていた。
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「………………」
刑事課一係オフィスの外通路にて、狡噛はデバイスを片手に眉を顰めていた。
何度かけても妹に通話が繋がらない。時刻は20時過ぎ、まだ寝るにも早いはずだ。
「コウ?どうした?」
「…………」
廊下からなかなか戻ってこない狡噛を心配し、声をかけるのは征陸。オフィス側に背を向けたまま、ずっとデバイスとにらめっこ状態。
「コウ……、何かあった……」
「……ああ、悪い。舞白に連絡をしてただけだ、とっつぁん。」
「…………そうか」
スタスタと何食わぬ顔で再びオフィスに戻る狡噛。
なんとなく、その姿に既視感があった。
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