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目に映るのは非現実的な世界。
都心のきらびやかな夜景。
見上げるばかりの無表情で無機質なビル群たち。
そのビルの一つ一つの窓がキラキラと光に反射され、まるでそれはこの世界のものじゃないみたいだ。
地表に結ばれた光の帯のような高速道路を駆け抜けるバイク。
そのスピードは凄まじいもののはずなのに、何故かその景色を見ていると全てがスローモーションのような遅い動きに見えてしまう。
あれから自宅を出て、全く会話は無い。
ただただ、ずっと秀星はバイクを走らせる。彼の言うとおり"ドライブ"そのものだった。
たまに、彼は腰に回した私の手をポンポンと優しく叩く。まるで私の存在を気にしてくれているかのような仕草。彼の表情はもちろん見えない。そして彼にも、私の顔は見えていないだろう。
――その空間が、その距離感がとても心地良かった。
秘密のドライブ。彼と2人だけのこの時間。
兄の言いつけを"初めて破った"その背徳感と罪悪感。
正直、それは恐ろしいものだと分かっていた。
でもこの時間がその気持ちを打ち消していた。
「………………」
彼の体をぎゅうっと掴む。
そして自分の額を、ヘルメット越しにそっと彼の背中に押し当てる。
瞼を閉じて、気持ちいい夜風を体にまとい、時が心地よく流れるのを愉しむのであった――
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「ちぃーーっす!おやじーー!」
40〜50分ほどのドライブの後、降り立った場所は都心から少し離れた区画。むしろ、その場所はほぼほぼ廃棄区画手前の繁華街だった。
まさに"昔ながらの"という言葉が似合いそうな赤い暖簾が目印のラーメン屋。ボロボロのコンクリートの建物の1階部分に造られているその店は、衝撃が加われば今にでも倒れてしまいそうだった。
そして、入るなり慣れた様子で声を上げる縢を見ると、ここの常連だということは間違いない様子。
「おっ!秀星!最近来ねぇと思ったら――」
バチッと店主らしき人物と視線が合う。
明らかにこの場所に不釣り合いな"女の子"が足を踏み入れると、他の客の視線がグサグサと突き刺さる。
パッと見女性の姿は誰一人としてない。むしろそこにいる客は全員が"強面で屈強な男達"だったのだ。
「……秀星が女連れてるぞ」
「久しぶりに見たな?」
ヒソヒソと聞こえてくる会話にビビりまくる舞白。自分は怖いもの知らずでなんでも乗り切るタイプだが、あまりにも場違いすぎる空間に体がたじろいでいた。
「あんまりビビらせんなよ!こちとら初見の女の子連れてんだからなー」
その様子を察知した縢は舞白の肩をグイッと掴み、自分に引き寄せる。
"ただでさえ、オマエら見た目がこえーんだから"と呟けば、先程まで睨みを聞かせていた男たちの顔がニヤニヤと面白がる笑みを浮かべ始める。
「カッコつけんなって。相変わらずキャンキャンうるせえなオマエよー」
「お嬢さん。ほらほら、こっちの席座んな?」
「おやじー!水、水!こっちのテーブルに2つな?」
キョトン、と舞白は目を見開けば隣の縢に視線を向ける。
その顔は男たちに好き放題言われ、どこか恥ずかしそうに顔を赤らめている姿があった。
「……ッ……テメェら……ぶっ飛ばす……」
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「妹……さん?」
案内された奥のテーブル席。縢と向かい合わせに座ると、外野の声は相変わらずうるさいものの会話を交える。
そして縢の口から放たれた言葉に、耳を傾けていた。
「この店、昔からよく妹と来ててよー。店主のあのオッサンも、ここに通ってるオッサン達も殆ど全員が知り合いってワケ。」
「……秀星、妹いたんだ。」
「言ってなかったっけ?」
「多分……聞いてないと思う。」
そして、あのヘルメットはその妹のもので、女の子たちを乗せるために用意していたものでは無いらしい。そもそも、あのバイクに妹以外を乗せるのは初めてだったとか――
「妹さん、なんて名前なの?学校は?ていうか、秀星ってどこから通ってるんだっけ?」
まさか、縢に妹が居たなんて初耳だった。まあ彼が転入してきてまだそこまで日が経っていないということもあり、彼から家族の事などを聞いたこともなかったのだ。
「縢のご両親、優しいんだね?……こうやって、バイクも乗って、好きなこともいっぱいさせてくれて……オマケに何だかんだ秀星って頭もいいしさ?要領良くて羨ましい――」
ふと、彼に視線を向ける。
すると、だんだんとその表情は陰を含み、曇っていく。
心做しか、縢の事を知る周りの男たちの表情も悲しげに見えていた。
「優しかねえよ」
「――へ?」
「俺の親。お前が想像してるような"奴ら"じゃねーから。」
自分の両親を"奴ら"という縢。
瞬時に察した舞白は気まずそうに眉を顰める。
「……ごめん。勝手に色々言っちゃ――」
「ほらよ。お待ちどーさん。」
気まずいこの空間を遮る店主の声。
テーブルに並べられたラーメンを目の前に、少し安心する舞白がいた。
どうも彼の重い空気は慣れなくて辛い。
まさか彼もこんな顔をするなんて、と。
「別にお前が謝ることじゃねーだろ?……ほら、延びる前に食っちまうぞ」
パキッと割り箸を割ると勢いよく麺を掻き込む縢。舞白は合掌し、"いただきます"と呟けば、同じく麺をすすり始める。
顔全部が埋まりそうな大きなドンブリ。そして大切りのチャーシューが入っており、たっぷり煮込まれたスープからは味わい深い出汁の旨味が舌に広がっていく。
「…っ…おいしい……!」
「へへっ、だろ?ここのラーメンはマジで別格もんよ?店はきたねーけどそれがまたアクセントなんだよなー」
無邪気にヘラヘラと笑う相手に、舞白も自然と笑顔を引き出される。彼のくしゃっとした子供っぽい表情は不思議と人を惹きつけるものがあった。
今の今まで抱えていた憂鬱な気持ちが、彼の笑顔を見ている時は忘れられる。
「自分の意思で俺とここに来ることを決めた。……余計に、美味く感じるだろ?」
「……自分の意思…」
左手に持つレンゲに視線を落とし、ふと兄の顔が脳裏に浮かんだ。
「なあ、お前の兄貴ってどんな奴なんだ?」
噂ではいい話しか聞いたことがない。
しかし、彼女の様子を見る限りそれだけでは無いはずだ。
勘のいい縢には分かっていた事――
「お兄ちゃんは優しいよ?……私の事1番に考えてくれてて、勉強も見てくれて、料理も上手くて……」
「……」
「それに、ね?いつも……いつも――」
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"舞白"
兄の声。
私を呼ぶ声――
"――お前は誰にも渡さない"
伸びる大きな手。
"お前は俺のものだ"
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「……舞白?」
「は……ツ……はぁ……」
ドキドキと心臓が慌ただしく鼓動を鳴らす。
酷く臆病そうな真っ青な顔色、怯えた瞳、背中に冷たい汗が滑る感覚――
「おい!舞白!」
「……ッ……」
周りの男たちも慌てた様子で舞白の異変に気づくと、バタバタと慌ただしくなる店内。縢は席から立ち上がれば、向かいの舞白の傍らに寄ると、背中を何度も摩り続ける。
「――ッ!――!」
酷い耳鳴りで周りの声が聞こえなくなっていく。
ゆっくり、ゆっくりと視界が狭くなっていく感覚に襲われていく。
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『ホームセキュリティー起動――
検索中――』
通報現場に向かう途中、狡噛は1人オートドライブの車内で自宅のセキュリティ情報を確認していた。
『―――全室内、人体反応無し。室内施錠確認、問題なし――』
舞白の位置を知らせるデバイスは自宅に。
しかし、なぜかその自宅には生きている人間はいないとホームセキュリティは検索結果を開示する。
「……デバイスの位置情報は自宅。でも自宅はもぬけの殻、か――」
矛盾した結果に眉を顰める狡噛。
すると車内に乗せていたノート型デバイスに触れ、何やら手馴れた手つきで操作をしていく。
公安局管理の街頭スキャナーのアクセス権限を使い、妹を探し出す。すると次々と都心のスキャナーに引っかかる妹の情報が現れる。
「………………」
バイクに乗る2人組の姿。
都心から、その端へと向かう首都高を走り抜けるその姿。
ヘルメットで顔は隠れているものの、妹の姿を間違えるはずは無い。
「……"縢秀星"……」
そのバイクを操縦する少年。
あのオレンジの髪をした少年。
いつもの温和な表情がだんだんと崩れていく様。
それは誰も知らない顔、唯一その顔を見た事があるのは――
たった1人の妹だけだった。
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