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「水でよかったか?」
「うん、大丈夫。……ごめんね、秀星。――ありがとう。」
手渡されたペットボトル飲料。ペコッと頭を下げ、それを受け取ればごくごくと喉を潤していく。
都心とは打って変わって、ちょっとした街灯のみが軒を連ねる場所へ。それは舞白の自宅から徒歩圏内の海岸。
砂浜に腰を下ろす2人はその先の真っ暗闇な地平線をじっと眺めていた。
「海に来ると落ち着くなんて、お前コスパ良すぎだろ。」
「コスパとか、そーいうのやめてよ?……もーー雰囲気台無し……」
海が緩やかな鈍い響きを単調に繰り返す。穏やかな波の音にうっとりと目を細め、舞白らぐたりと首を落とすように俯き、ギュッと両膝を引き寄せる。
「………………」
「………………」
しばらく続く沈黙。
縢はそんな舞白を横目に眉を下げ、手にしていた炭酸飲料の入った缶に口をつければ意を決した様子で小さく息を漏らす。
すると、悲痛な、寂しさを感じさせる弱々しい声で口を開いた。
「さっきの質問。俺の事について、お前に答えてなかったよな?――俺さ。実は親に見離されたんだわ――」
舞白はピクっと反応を見せる。しかし顔を上げることはなく、俯いたまま縢の話に耳を傾ける。
「転入したのも色相が原因。暫く家族とは距離を置くってなって、今は一人暮らし。……まあ、自由に動けるし悪かねえけどな?」
「…ごめん。そんなことも知らずにズケズケと質問責めしちゃって。」
「ンな事気にすんなよ?別に大して何も思ってねーから……」
顔を上げ、縢に視線を向けるもいつもと変わらない笑みを見せていた。でも、"気にすんな"と口にする彼の様子は少し寂しげにも見えた。
「俺の1番濁った時の色相の計測値、見る?」
携帯型デバイスにて、過去の計測値を表示する縢。定期的にセラピーを利用している形跡も見られ、彼も彼なりに色相維持に切磋琢磨しているようだった。
「――"ペイルベルベットピンク"……これって」
「矯正施設に送還される一歩手前。今はペールピンクで落ち着いてるけど……俺ってば昔っから色相が濁りやすくてさ?」
「秀星、濁らなさそうなのに。」
「そう見えてるなら、まー良いけど。俺、結構腹黒よ?」
「それは知ってる」
「そこは否定しろよ……」
けたけたと互いに冗談を言い合い明るい雰囲気を取り戻す2人。そして、調子を取り戻した舞白は気になっていた妹の存在について口にする。
「秀星の妹さんの事、教えてよ。……あー……話しにくかったら大丈夫だからね?」
胸の前で両手を振るい"嫌だったら大丈夫だよ"と遠慮がちに伝える。しかし、縢は特に何も言わず視線を舞白から闇夜の海へと向けると口元を微かに緩ませる。
「妹は俺の3つ下で中学生。……本当に、可愛くて可愛くて仕方ねえんだわ。」
妹の話になると、どこか恥ずかしそうだった。
頬をぽりぽりと指で擦る仕草を見せ、言葉を続ける。
「あいつは根っからの"色相美人"。……親は、俺が妹に近づくのを恐れたんだ。そりゃ、子供2人が潜在犯認定されたらたまったもんじゃねえだろうし。兄貴が悪影響だと分かってるなら、引き離すのが得策だからな。」
「……でも、それって秀星の気持ち何も考えてない――」
「案外そうでもないんだぜ?…自分のせいで妹の人生を滅茶苦茶にしたかねえし。アイツには、自分の色相を守りつつ、自由に好きに生きて欲しいって願ってる。――その足枷になりたくねーからな。」
縢が想う妹への気持ち。
それは純粋に、妹を大切にしたい、護りたいという気持ちが真っ先に伝わってくる。
縢兄妹の関係性は、率直に素敵だと感じていた。
「舞白。あんまり深く聞こうとは思わねえし、話したくないことは話さなくていい。お前んとこの兄貴との関係性について――」
意を決したような視線を舞白へと向け、一瞬口にしようか迷った目をするもゆっくりと口を開いた。
「共依存、ってやつだろ?…お前の日頃の様子みてりゃ、気持ち悪ぃくらいに兄貴の擁護ばっかでよ?違和感有りまくりだっての。お前の人生はお前のもんだろ?」
共依存。その言葉を聞いて内心ドキッと心臓を震わせた舞白。
人を世話することへの愛情=依存、愛情という名の支配=自己満足。縢が口にしたことはあながち間違っていない。
「でも……お兄ちゃんは私のために人生の全部――」
「そんなの、兄貴なら"当たり前"だろ?守るって決めたんだったらそれが当たり前、それが覚悟だ。」
"――ったくよー……"と半ば呆れかけている様子。
とにかく、縢から見た舞白の状況が違和感しかないのだ。何があっても第一声が"お兄ちゃん"。傍から見れば兄を尊敬し、慕っている姿。違和感など感じる者は殆ど居ないだろう。
「…お前はそれを"愛情"と錯覚してるだけだ。でもそれは違う。お前は道具でもなければ、兄貴の操り人形じゃねえだろ?――」
縢の大きな手のひらが舞白の華奢な肩を掴む。
真っ直ぐと見つめるその瞳は"彼らしくない"、曇りのない、真面目な……
「――狡噛舞白。お前はお前だろ?自分の人生だろーが。お前の口から言ってやれよ。"自分の事は自分で決める"ってな。」
「私の、人生……」
「そうだ。自分のことは自分で決める。……お前の兄貴が曇りなく本当にお前を大切にしてるなら、愛してるなら、……その気持ちは伝わるはずだ。」
静かな闇に響く波の音、宵闇に浮かぶ半月、月の光、彼の視線、彼の声。妙な気分だった。彼の言葉に希望を感じた、今ならちゃんと話せる気がした、それは何故だか分からない。
その肩に触れる手にそっと手を添え、私は小さく頷いた。
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マンションのエントランス前のスペースに停車するバイク。後部座席から降り立ち、ヘルメットを頭から着脱すると、それを縢へと手渡す。後部座席下に手馴れた手つきでそれをしまい、自身もヘルメットを脱げば、バイクのハンドル部分に上半身を預け、目の前で頭を下げる舞白に視線を向けた。
「秀星、遅くまでごめんね?ありがとう。あとラーメンご馳走様でした。」
「俺が勝手にやったことだっての。謝んな。」
"ニシシ"とやんちゃな笑みを浮かべる姿はいつもの彼の姿だ。長時間ヘルメットを被っていたこともあり、いつもはツンツンと跳ねているオレンジ色の髪の毛はペタンと落ち着いており、いつもと違う雰囲気になぜかドキッとしてしまう。
「すごく楽しかったよ。息抜きにもなったし、…それにスッキリした。」
「へへへっ。なら良かった。お前のこと、霜月も心配してたし、話せてよかったぜ?」
「え?美佳ちゃんが?」
「"え?"ってお前……霜月と親友なんだろ?お前の異変になんてすぐ気づいてる。あいつもアイツなりに色々考えてんだよ。」
まさか、霜月が心配してくれているなんて。
どちらかというと彼女はいくら仲のいい親友同士であろうとも、ある程度距離を保つようにしている事は気づいていた。
"親しき仲にも礼儀あり"、仲が良いからとズケズケと他人の家庭に口を出すのはなかなか難しいことだ。むしろ長い付き合いでもあり、霜月も兄と面識がある。
彼女も彼女なりに葛藤していたのだ。
「明日。ちゃんと話してやれよ?」
「うん。そうだね?」
「へへっ。まぁ、俺の方が頼り甲斐があったってコトで、霜月に自慢してやろ〜」
「別にそういう事じゃないし!ていうか、私と美佳ちゃんの仲はそんなもんじゃないからね!」
「はあ?そんなもんってなんだ――――」
縢の手が舞白の長い髪の毛をワシャワシャと掻き乱す。
すると、縢の視線は舞白ではなく、エントランスに姿を現した人物に向けられる――
「舞白」
その声に、ビクッと体を跳ねさせると表情が強ばっていく。なにか恐ろしいものに見つかった、"まさか"と言いたげなその顔。
兄のその声は"怒っている"時の声。舞白はすぐに感じ取る。低く、芯のあるその声色の奥底に憤怒の色が見える――
「――っ……おにい……ちゃん?」
ゆっくりと背後へと振り向けば、そこにはスーツ姿の兄の姿があった。表情は特にいつもと変わらない、平然とした落ち着いた顔。
「今日当直じゃ――」
「事件の関係で急なシフト変更だ。」
――そんな訳が無い。兄は嘘をついている。
一歩一歩と近寄る狡噛。
そして舞白の真横に立つと"馴れ馴れしく妹に触れる少年"にじっと見下ろす形で視線を落とす。
「……えっと、私の友達の――」
「"縢秀星"……君。」
「…私、紹介したことあったっけ?」
"なんで知ってるの……?"
舞白の脳内でグルグルと様々な不安が駆け巡る。
彼の存在は口にしたこともない。転入生が現れたという話はポロッとした事があるが、名前も性別も何も話したことは無いのだ。
「妹が世話になったな。礼を言う。」
グイッと狡噛に引き寄せられる。
ふわりと香る、甘く、大人なムスクの香りに舞白は何故かゾッと背筋を凍らせていた。
その表情は徐々に力を無くしていくようだった。
「いや、そもそも俺が連れ回して――」
「舞白、お前は家に戻ってろ」
「でも――」
縢の言葉を遮るその声。
"でも"と反論する妹に狡噛は冷たく言葉を放つ。
「戻れ」
視線は交えない。
ただ、冷たい声色で放たれるその言葉に舞白は為す術なく気まずそうに俯けば、悲しげに眉を顰めていた。
「……はい。……じゃーね?秀星?また明日ね?」
「ちょ……ちょっと待て――」
ぎこちない笑顔を向け、小走りで去っていく舞白に手を伸ばすも、その手は狡噛の手に弾かれてしまう。容赦なく弾かれたその力に、縢は激しく嫌悪感を抱いた。
自分を見下ろす冷ややかな視線。
その瞳は時たま見せる舞白の瞳と全く同じだった。
彼らはやはり兄妹―――
「"お前"も早く家に帰れ。…これ以上出歩けば補導対象だ。公安局員の俺が目を瞑ってやると言ってるんだ。」
「はぁ?別に最後にお別れの挨拶くらいしてもいいだろーがよ?」
「…………はぁ……」
縢の面倒な反論にため息を漏らす。
すると狡噛はデバイスを操作すれば、映し出された情報を縢に向け、言葉を放つ。
「縢秀星。お前のことは調べさせてもらった。矯正施設手前の色相悪化、家族と離別、妹の存在――」
「ハハッ、こっわ!職務乱用ですかー?お兄さん……」
「何度も言わせるな。俺は公安局員だ。怪しい奴がいたら調査する、当たり前のことだ。」
「……ハッ……怪しい奴ねー……」
"キッ"と相手を強く睨み上げる。
しかし、狡噛の明らかに余裕気な様子に縢は眉を強く寄せていた。
「――二度と妹に近づくな。」
言葉を放てば縢に背を向けマンション内へと戻って行く。
冷酷な瞳、そして無表情でただただ見下ろされた。
最後に言い放った言葉は、声色を察するに本気だった。
同じく妹を持つ自分からしてみれば"異様"だ。
妹を見るその瞳。言動ひとつで"あの舞白"を怯ませる力。
あれはもはや兄妹関係では無い。
そこにあったのは"支配"だった。
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"ドッドッドッ"と激しく心臓が脈打つ。全身が心臓になったかのように、身体中が熱を帯びて、脳内で心音が煩いくらいに鳴り響く。
ダイニングテーブルを前に立ち尽くす舞白。テーブルに置かれたままの自身のデバイスの画面に映し出されていたのは複数回の着信を知らせる通知。
それは全て兄からの着信だったのだ。
刹那、玄関の扉が開く音が微かに聞こえる。
"兄"が戻ってきた。足音が近づく気配に体を強ばらせる。
開かれるリビングの扉。
舞白はその先の人物を怯えた表情でじっと見据える。
「ごめんなさい、お兄ちゃん。…本当にごめんなさい。」
「…………」
狡噛は何も言葉を発さない。じっとリビングの入口に立ち、舞白を試すような、冷めきった瞳を向けるのみ。
それが恐ろしくてたまらなかった。
「しゅうせ……、あの人は悪くないの!私が……私が」
「…………」
ガクガクと震える口元。上手く言葉が出てこない。見据えられるその瞳に生気を吸い取られている気分に陥る。
「わ……っ……私が行きたいって決めたの!バイク乗ってみたかったし、ドライブも楽しそうで……」
「…………」
"私なの"と崩れた笑みを浮かべる。上手く笑えない、真っ直ぐその瞳を見れない、呼吸が乱れる。
お前の意思を伝えろと縢に言われたばかりなのに、その言葉さえ全てが吹き飛び、頭が真っ白になっていた。
「……門限を破ったこと。勝手に連絡もしないで出歩いたこと……本当に私が悪いって分かってます。――ごめんなさい。」
両手をギュッと握り狡噛に頭を下げる舞白。
何も言葉を発さず、その場にただ立ち尽くす相手が怖くて仕方ない。何を考えているのかも、どう思われているのかも感じ取ることができない。
でも……このままじゃ何も変わらない。
確かに悪い事をしたのは事実。でも、思っている事を自分の兄に伝えなければずっとこのままだ。自分が1歩踏み出さなければ。
そっと顔を上げ、眉を顰めたまま狡噛の視線を捉える。
「私……お兄ちゃんに話したいことがあるの…」
勇気を出し口を開く。1歩近づき、兄に顔を向け見上げる体勢に。
改めて兄を至近距離で見上げると、やはり体格差を感じる。
「私、…自分で―――ッ!!」
刹那、左頬に衝撃が走る。
じわじわと熱を帯びていくように痛みが広がっていくと、一瞬で起こった出来事が何だったのか?そこで漸く気づく。
兄の大きな右手で頬に強い平手打ちを受けたのだ。容赦ない力で打たれたせいか、時間の経過と共に痛みが増していく。
一瞬の出来事で全てが吹き飛ぶ。
さっきまで持っていた勇気と覚悟はあっという間に打ち消させる。
―――やはり、逆らえない―――
「…ッ…おにい…ちゃ…っ…」
左頬を押え怯んでいると、狡噛は自分の目の前へと足を踏み出す。ゼロ距離で目の前に立つ相手を舞白は再び見上げる形になれば、背後のダイニングテーブルに腰を預ける体勢に。
「……ッ…」
「……――っう!」
相手の腕が伸び、狡噛に背を向ける形で舞白はダイニングテーブルに押さえつけられてしまう。相手の大きな手が後頭部を押さえ、容赦ない力で圧をかけられると、痛みのあまり酷く顔を歪ませる。
「ごめんなさいっ……ごめんなさい、ごめんなさい!」
「何故、あいつを庇う」
頭を右手で押さえつけられ、後ろ手に組まされた両手は左手で簡単に拘束され全く身動きが取れない。
押さえつけられた反動でテーブルからガラス製のコップが落下すると大きな音を立て、無惨にも床に破片か散りばめられる。
「……っ……だって……私の意思――」
「好きなのか?あいつが」
「ッ……そうい……う……ことじゃ……」
更に込められる力。
グッと押さえつけられる度に苦しさが増していく。
「……ヤッたのか?あいつと。」
「なんで…………しゅうせ……とは……そんなかんけ、い――」
嫉妬、憤怒、欲望、怨嗟――
これがいつもの"兄"なのだ。
自分に向けられるその感情。
妹を支配したいという奇妙な感情。
「お前には無理だ」
「――ッ……」
カチャカチャとベルトが外される音。
その音が聞こえ、舞白は開放された両手を動かすも容赦なく再度相手の手が伸びる。
これから行われるであろう"行為"に、舞白はゾッと血の気が引いていく感覚に襲われる。
「お願い!嫌だ!もう嫌だよ!!やめて!」
精一杯声を張り上げるも再び頭をテーブルに強く押さえつけられれば、為す術なく徐々に力を失っていく。
「何度も言っただろう?…お前を世話するのも、お前のことを考えるのは俺だけでいい。」
「……おか、しいよ……やっぱり……この関係……うっ……」
「いつも悦んでるのは誰だ?…あぁ?……なあ、舞白――」
「嫌だ………嫌…………嫌……」
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▷▶︎▷コメント
次のお話から18指定とする予定なので
次回更新時に年齢設定させていただきます※