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―――7月下旬
午前8時過ぎ―――
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「今日も来ないのかな、舞白。」
「…………」
「明後日から夏休み入るし、もしかしてこのまま休むつもり?」
「…………」
「ねー、縢。どう思―――」
「お前が知らなくて、俺が知るわけねえだろ。」
ボーっと怠そうに言葉を放つ少年。その様子にため息を漏らし、半ば呆れた様子を見せる少女。
斜め前の席からじっと縢を見据える霜月。そしてそれを避けるように肩肘を立て、真っ青な夏空が広がる外に視線を向けたままの縢。霜月の後ろ、縢の左隣の空席。その席は1週間以上空席のままだった。
―――そう。
"あの日"を境に舞白は姿を見せていない。
表向きは体調不良という事らしいが縢は納得いっていない様子。
「やっぱり。アンタがバイクで事故して舞白は怪我をした説が濃厚ね?」
「……そーいうことにしといてくれよ。」
縢はあの日のことを誰にも他言していない。それは舞白の親友でもある霜月にも伝えていなかった。
あの日の、あの時の異様な光景。舞白の表情が、兄の様子が。全てが気味悪く感じていた。まるで"イケナイモノ"を見てしまったような、よく分からない感覚に、縢は胸に鉛を抱えているような気分だった。
「てか霜月。舞白と連絡とってんだろ?」
「そりゃ連絡はとってるけど……頻度もそこまで多くないし……」
「電話?」
「ううん、メッセージのやり取りだけ。昨日も――」
刹那、ざわざわとクラスメイト達の声が耳に入る。
霜月と縢は外に向けていた視線を教室の入口付近に移すと、まさかの人物の登場に言葉を失い、目を大きく見開いた。
「おはよーー!!」
ブンブンと大きく手を振り、現れたのは間違いなく"狡噛舞白"
天真爛漫なその表情に曇りはひとつも無く、周りのクラスメイト達も同様に驚きを浮かべ更にザワつく。
「本物?」
「いや、そりゃそーだろ?本物だろ?」
「噂だと期末考査に集中するために学校来なかったとか――」
「え!?俺が聞いたのは空手の武者修行って――」
「私が聞いたのは病気になったとか―――」
様々な噂や憶測を口にするクラスメイトを横目に、舞白は軽快に教室内を歩く。向かう先は勿論自分の席だ。
「久しぶり。美佳ちゃん、秀星!」
"よっ!"と右手を上げ机に学生鞄を置くと、サッと素早く席に座る。そんなあっけらかんとした舞白の様子に、未だに霜月と縢は言葉を放つことが出来ない。
「……えーっと……おはよう?……2人とも?」
2人の顔の前に手のひらを翳し、何度も振るう仕草を見せる。すると第一声をようやく上げたのは霜月だった。
「―――心配して損したわー……」
「ごめんごめん!ちょっと色々あってね?」
「もー……アンタはー!!」
霜月の両手が自身の肩を掴むと強く揺さぶられると楽しげにじゃれ合う2人組。久しぶりに再会した親友の姿に対し、霜月は珍しく嬉しさを爆発させていた。
そして舞白の視線は縢へと向けられる。
縢は瞬時にその表情を察する。
向けられる笑顔の最奥。
腹に一物を隠してじっと抑え込んでいるような表情。
確かに穏やかに笑みを浮かべているのは間違いない。だがそれに彼女らしさを感じないのであった。
「秀星。この前はありがとうね。」
「……舞白、お前――」
「もうすっかり元気だよ〜。……本当に、ありがとう。」
"へへへへへっ"といつもと変わらないその笑顔。
気味が悪いその顔に、縢は無意識に顔が引き攣っていた。
「久しぶりの再会に動揺してんの?縢。」
「顔怖いよ?秀星。」
「「ねー?」」
キャッキャッと相変わらず楽しそうな2人に対し、縢は未だに微動だにすることも無ければ、じっと見つめ続ける。
すると、再びザワつくクラスメイト達の様子が目につく。主に黄色い声を上げる女子生徒たちに対し、何となく嫌な予感を察知したのは縢だった。
「ねえねえ!あの人超かっこよくない?」
「え!?なになに!?」
「やっばー!新しい先生?」
「なわけないでしょ?こんな時期に。」
教室の外に担任の女性教師と話し込むスーツ姿の長身の男。
それは紛れもなく―――
「……アイツ」
縢の目に角が立つ。
"狡噛慎也"
舞白の実の兄の姿がそこにはあった。
「何よ、お兄さんも来てたの?」
「あー……うん。そうなの。」
霜月の"お兄さん"発言にクラスの女子生徒達の視線が一気に舞白に向けられる。
まさかあの高身長イケメンが、"あの"舞白の兄だなんて……と。
そして何やら担任教師と話を終えた狡噛は穏やかな笑みを浮かべると舞白に視線を向け、右手を掲げる。それに舞白も応えると更に女子生徒達の嫉妬に染まった小さな悲鳴が聞こえてきた。
「相変わらずスマートイケメンお兄さんね?」
「へへへ〜。」
手を振り返す舞白を確認すると、狡噛は何も言わず踵を返す。
しかし、ほんの一瞬。狡噛の瞳が縢を捉える。
悪魔的な挑んだ表情を浮かばせた冷酷な瞳。
獣のような鋭さを感じさせる様子に、縢は微かに息を飲む。
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―――12時過ぎ
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「「…………」」
人工芝が広がる屋上の日陰部分に静かに座る舞白と縢。タイミング悪く校内放送で呼ばれてしまった霜月がその場から立ち去って1分ほど。朝からまともに会話を交わしてくれない縢に対し、舞白は気まずさを感じていた。
若干の風が通るだけの真夏の屋上に自分たち以外の姿は無い。むしろ真夏に屋上を選ぶなんて、いつもの霜月にはありえない事だった。できるだけ人が少ないところで、3人で久しぶりに過ごしたい、なんて考えていたのだろうか。
「……」
朝から変わらず、清々しいほど青い空が頭上に広がっていた。弁当箱を片手にその景色を静かに見据える舞白。隣では無言で惣菜パンに食らいつく縢。あの日以来、連絡を交わさなかった2人……いや、正確に言うと縢は舞白に連絡を図っていたのだが―――
そんな2人に、重苦しいほどに静かな空気が漂う。
「……ね、秀星。」
「……んだよ。」
そんな空気を先に動かしたのは舞白。
勇気をだして恐る恐る声をかけたものの、返答された声色はどこか不機嫌な色が見える。
そして自分に向けられない視線。
―――怒るのも当然だと、舞白は眉を下げていた。
「ごめんね。……連絡、返せなくて。」
「別に気にしてねーよ。」
「……ごめん。」
「………………」
「本当は…私っ―――」
「だから!気にしてねえっつってんだろ!」
鋭く尖った、毒を含んだようなその声に一喝される。
同時にやっと向けられた縢の瞳には苛立ちが見えると舞白は肩を跳ねさせ、申し訳なさそうに視線を落とす。
まるで小動物のように怯えを見せる舞白のその姿に一瞬で我に返る縢。強く言い放ってしまった自分の言葉に、遅れて後悔の色を見せる。
「……っ……悪ぃ」
「……ううん、……私こそ……」
気まずそうに再び俯く舞白。
そんな相手に漸く目を向けた縢。隣に座る舞白の華奢な体に焦点を当てると、ふと気になったことを口にした。
「少し痩せたんじゃねーの?食ってんのか?」
「夏バテが酷くて。……休んでたのもそれが理由なんだよね。熱が出て、なかなか体調戻らなくて。ほらっ、私って元々そんなに体強くないし。あの日もせっかくのラーメン全部食べれなくて、それで―――」
つらづらと本心を隠すように必死な長ったるい台詞を吐き続ける舞白に対し、縢はため息を吐くとそんな相手の手首を掴む。
袖から伸びる白く細い腕。以前よりも細くなったその腕に、縢は鋭く眉を寄せた。
「何された。」
「…え?」
「見せてみろっての。」
「ちょっ……嫌!」
抵抗する舞白を他所に、縢は容赦なく片手で両手首を掴むと壁に押し付ける。以前であれば容易に振りほどかれたであろう。しかしどうやら力が無いらしい。細い腕からは一切の力が感じられず、ただただ縢に組み敷かれるしかなかった。
両手を掴まれ、自身の足の間に縢の膝が割り込まれれば顔の前には鋭い目付きをした少年の姿があった。いつものヘラヘラとヤンチャそうな子供っぽい面影はない。
何かを見透かすような、冷静な瞳が真っ直ぐと舞白の瞳を捕らえる。
「……はあーん、なるほどなー……」
「…なに……よ。」
じっと瞳を捕らえられたまま、縢の指先が舞白の体に触れる。
項、二の腕、手首――
指が触れる度に妙に体が反応してしまう。
恥ずかしくてたまらない。
「――ッ」
ギュッと目を瞑った瞬間、直ぐに縢は舞白を解放すると再び隣に腰掛け、壁に体を預ける。
「……秀星。」
「異常だと思わねえの?」
舞白は立ち尽くし胸の前で両手を握ると、やけに落ち着いた様子の縢に対して気まずそうに目を泳がせていた。
執着を見せるような項に付けられた跡。首、手首に微かに残った赤い跡。制服で隠れている二の腕には痣のようなものが見受けられた。
「それでいいのかよ、本当に。」
「…………」
「お前は永遠に、兄貴の都合のいい人形になるつもりなワケ?」
「……別に、そんな……」
「俺は……お前のそんな姿見たく――」
心配する声が放たれた瞬間。屋上の扉が開く鈍い音が聞こえると縢はぐっと唇を噛み締め、平然を装うように食べかけの惣菜パンに再び食らいつく。
「お待たせー――って、何よあんた達。暗っ」
呼び出しから解放された霜月はランチバッグを片手に現れる。しかし、何となく重苦しい空気を読み取ると半ば呆れ顔で舞白の隣に腰を下ろす。
「ほら。久しぶりの3人揃ってのランチタイム。明日は昼前で学校も終わるんだし、その後は夏休み。」
「たしかに、そうだったね?」
霜月はその空気を変えようと、あえていつもと変わらないテンションで言葉を放つ。しかし縢だけはそっぽを向いたまま、無心でパンに食らいついていた。
「ねー?舞白。今年の夏休み、あんたの近所の海で遊ばない?」
「うん!楽しそう!」
「あとはさ、3人で夏祭りとか――」
わくわくと楽しげな会話を弾ませる2人。
しかしそれを他所に、縢だけはどこか浮かない表情のまま真っ青に広がる空を見上げていた。
今朝の目にした狡噛に向けられた不敵な笑み。
嫌な予感しかしない、妙に胸がザワついていた。
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