謎の侵入者との戦いから二日後に龍見は目を覚ました。寝台の横にはうつらうつらとした張宝が椅子に座っていた。
「………………………………ああ、思い出した」
「! あ、あんたもう大丈夫なの!?」
「ん~、寝起きだから、まだ何とも」
二日も寝ていた事もあり、すぐには体を動かせそうにもなかったが、腕以外は健康に支障はなさそうだ。ただ頭はまだ回っていないようでボケ~っとしていた。そんな龍見の部屋に来訪者があった。
「龍見、元気?」
「ワフッ!」
「おぉ、恋にセキト。どうしてここに?」
「応援。体拭く?」
「ん~~~、頼む」
何でもないように着ているものを脱いでいく龍見。張宝は突然の事に固まり、恋は体を拭くための布を絞っている。だが少しすると龍見の頭が回り始めたのか、自分のやっている事に気が付いた。
「うぉわぁっ!? なんで脱いでんだオレ!?」
「それはこっちが言いたいわよ!」
「? 体拭かないの?」
「いや拭くには拭くが、自分でやるから」
「前にも背中を洗ったから恋は気にしない」
「………なら私がやるわよ! こいつが寝てる間は私の仕事だったんだから! それにね、こいつが起きたらまず言ってやらなきゃいけない事があるのよ!」
「………………恋。悪いけど二人にしてくれ」
「ん………」
何かあるのを理解した恋は深く踏み込む事なく大人しく部屋を出た。
「一応防音の結界も張っておくか。それで?」
「あ、その………助けてくれて、ありがと」
「どういたしまして」
「それでね、一つ約束してくれるなら、あんたに姉さん達の隠れ家を教えてもいいよ」
これに龍見は目を見開いて驚いた。まさか張宝からそんな情報を提供してくれるとは思っていなかったからだ。
「その約束ってのは? これを聞かない限りはオレも答える事ができねぇ」
「姉さんと人和を傷付けないで。捕虜にするならあんたの所の捕虜にして。私達だって元々こんな大事を起こすつもりなんてなかったの」
元々張宝達はしがない旅芸人だった。好きなように歌を歌い、裕福とはいかずとも生活に困らない程度には人気もあった。
だがある日、于吉から渡された太平要術の書によってその生活は一変する。魅了の術に惑わされた人々が彼女らのファンとなり、それに気を良くした彼女らはついこんな事を口走ってしまった。『天下取るわよ』と。
「歌で全国制覇するつもりだったのに、まさかみんなが勘違いして反乱起こすなんて………」
「過熱したファン、愛好家ほど厄介な奴らは居ない。お前の姉妹は止めなかったのか?」
「姉さんはちょっと乗り気だもの」
「そりゃ厄介だな」
あの怪しさ満載の于吉が渡した太平要術だ。もしかすればそうするように何か人を惑わす仕掛けがしてあったのかもしれない。
「それでこの約束を守ってくれる?」
「正直難しい。その約束を守るには連合軍全てに張角達を捕まえてこっちに引き渡すように仕向けなきゃならん。オレにそんな力はない」
「あんたの術でも無理?」
「無理だ。数、時間共に多すぎる」
時間を掛ければ数はなんとかなるかもしれない。しかし長時間の暗示を掛け続けるのは今の龍見には不可能だ。何より強力な武将達はまともに暗示に掛かるような弱い精神をしていないだろう。
「………………………………参ったな。策がない」
「そんな!」
「気持ちは分かるが………賭けになるがこれしかないか」
「何かあるの?」
「お前の力も必要だからな。しっかり演技しろよ」
「分かったわ。どうすればいいの?」
「まずはな………………」
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「張角達の隠れ家が分かったってのは本当かい?」
「その通りだ孫堅。彼女が証言してくれたぜ」
「ふむ。ならば張角達の姿も知っているんだね?」
「はい。ただあいつらは太平要術を使って姿を偽っているので、普段の姿を見ても分からないかも」
「偶像として祭り上げられているのもその力のせいとオレは考えてるんだ。余程強力な力でもない限りオレが解呪してやるよ」
龍見の立てた作戦は非常に単純。張宝しか張角と張梁の姿を知らないのだから、偽者を用意して張角と張梁を取っ捕まえるというものだ。
「張角達を捕まえるのはオレがやる。少しでも守りを手薄にするためにみんなにはなるべく暴れてもらいてぇ」
「ああいいよ。準備が整い次第作戦を始める。それまで休みな」
「感謝するぜ」
龍見と張宝が出ていってから、孫堅は最も信頼する側近である黄蓋に一言訊ねた。
「あれの言葉を信用出来る?」
「いいや、出来んな。何か企んでおるようだが………真実と嘘が混ざっておるから目的が分かりにくい」
「同感だね。でも少なからず悪意はなかった。泳がせておいてもいいんじゃないかと思うんだよ」
「そうじゃな」
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数日後、作戦は決行された。張宝の言った通りの場所に隠れ家はあり、黄巾党も油断しているのか実にのんびりとしていた。ライブがなければ彼らもただの農民という事だ。
「恋は先頭で暴れまくってくれ。華雄は火矢を使って兵糧庫を攻めてくれ。とにかく目を引くようにな」
「ん」
「貴様はどうするのだ」
「土像(ゴーレム)は用意するが、裏から張角達を取っ捕まえる。すまんが先に行くぞ。操水の術」
「消えた!? いや、気配はあるな」
「ああ、ちゃんと居るぞ。理屈は分からんだろうから省くが」
水を自在に操る操水の術により、光の屈折を変化させ、姿を見えないようにしているのだ。姿も気配も消すならば幻術などで意識から龍見の存在を除外すればいいが、ごちゃごちゃした戦場ならばこちらの方が効率がいい。
「あの子は?」
「あいつは帰らせたよ」
「………嘘」
「嘘じゃねぇさ。またこっちに来るかも知れねぇけどな。そんじゃ」
張宝は姉妹の所に行ったのだから帰ったというのもあながち間違いではない。先に行かせて説得が出来ればそれが一番と考えた龍見が送ったのだ。
姿を隠した龍見は術を維持しながら隠れ家へと近付いていく。敵襲に気が付きにわかに慌ただしくなる黄巾党達を無視して、事前に張宝に渡しておいた目印を術でサーチしながら進む。
「ああもう始まっちゃった! このままだとどうなるか分かんないよ!」
「でもその人だってちぃちゃんを騙しているかも」
「………………まだ説得中か」
姿は消しているものの、物陰から張宝達の様子を確認する。張宝が説得出来れば良かったのだが、もう彼女が戻ってからかなり時間が経っている。これ以上待つ事は出来なかった。
「地和! まだ終わってないのか!」
「あ、龍見。龍見からも」
「貴方、何故ちぃ姉さんの真名を?」
「真名を呼べる理由は一つだけだろう。張角、張梁、お前達を保護しに来た。これは地和の頼みだ」
「それはちぃちゃんから聞いたけど、どうしてそんな事するの?」
「詳しく話している時間はないんだが、捕虜として捕らえた彼女を危険な目に合わせた償いだ」
「ちぃちゃん何かあったの!?」
「あったけど龍見に助けてもらったの。こいつは乱暴だし、あんまり気が利かないけどいい奴だから、姉さんも人和も着いてきて」
「………一つ、質問させて下さい」
「なんだ張梁。簡潔に頼む」
「貴方は、黒の御使いは高度な術を操る妖術使いと聞きました。貴方が術でちぃ姉さんを操っていないという根拠を教えて下さい」
「ねぇよんなもん」
龍見は戸惑う事なく即答した。どんな答えが来ても反論するつもりであった張梁も、これには目を丸くして何も言葉が出なかった。
「強いて言うならてめぇらの姉妹を信じろ。オレは普段の地和は知らん。だがてめぇらは知っている。その普段の地和と照らし合わせておかしな所はないか? これがオレの答えだ」
「………………そうだよね。お姉ちゃんなんだから妹を信じないとね」
「ちぃ姉さん、疑ったりしてごめんなさい。ちぃ姉さんを信じてこの人に保護されるわ」
「二人共………ありがと」
「結論が出たなら結構。さっさと」
「あ、待って!」
「なんだ。さっきから何度も時間はないって」
「最後に、私達のために戦ってくれているみんなに歌を届けさせて」
「おいおい、敵の士気を上げるような事をしろってか? それにさっきから言っているが時間の問題もあってな」
「私からもお願いよ龍見」
「お願いします、御使いさん」
「いや気持ちは分からんでも」
せめて最後に歌をという願いを、何とかして龍見は抑えようとしていたその時、轟音と共に部屋の壁が吹き飛んだ。まるで空爆でも受けたようなそれをしたのは兵器などではない。
「龍見、それが親玉?」
「早かったな恋。心臓に悪いからもっと穏やかな登場をしてくれ」
「あんまり期待しないで。それで?」
「こいつらか………………ただの歌手だよ。黄巾党の親玉なんて見てねぇな。保護したお礼に一曲歌ってくれるみたいだが、恋も聴いていくか?」
「今はいい。近くの敵を倒してくる。危ないから誰も近寄らないと思う」
「ほう、倒すにはどれくらい掛かりそうだ?」
「数が多い。たぶん、歌一曲分くらい」
「そうかい………………甘いな」
「龍見ほどじゃない」
出ていった恋を見送った龍見は姉妹に改めて声を掛けた。
「外に出て歌う事は許されねぇ。ここで歌え」
「でもそれじゃあ歌がみんなに届かないよ」
「安心しな。オレの術でてめぇらの歌、想い、全部届けてやらぁ!! 我が音は世界に響く! 感情音楽っ!!!」
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龍見が説得している間に戦況は圧倒的に黄巾党が不利になっていた。いくら数が集まろうとも所詮は農民の集まり。各地の武将には武力で劣り、軍師には知力で劣る。結果は火を見るより明らかだった。
「ああ、ここで死ぬんだな」
「諦めるな!! あの方達が逃げるまで時間を稼ぐ、ぎゃっ!?」
武将達によって仲間は蹴散らされ、兵糧庫に火が付けられたせいで後戻りも出来ない。彼らの精神は限界に近付いていた。そんな時だった。彼らの耳に心地よい、彼らが最も愛する少女達の声が届いたのは。
「これは………幻聴か?」
「走馬灯代わりだとしたら、これほど上等なものもないな」
『みんな大好きーー!』
それはライブでいつもしていた合いの手の前振り。
「「「「「「てんほーちゃーーーーん!!!」」」」」」
ほぼ無意識に黄巾党の全員が叫んだ。先程まで叫ぶ気力もなかったというのにだ。
『みんなの妹』
「「「「「「ちーほーちゃーーーーん!!!」」」」」」
『とっても可愛い』
「「「「「「れんほーちゃーーーん!!!」」」」」」
「何をしているんだこいつら!?」
奇行にしか見えない黄巾党の叫びに、討伐隊はかなり動揺した。窮地に立たされ頭がおかしくなってしまったのかと思ってしまうほどの光景だったからだ。
続けて黄巾党の耳には歌が届いた。何故かそれはいつものライブ以上に心に響いた。そこで彼らは確信した。今彼女達は逃げなくてはいけない状態にありながら、自分達のために歌っているのだと。そして決意した。この命、最後の一滴まで燃やし尽くそうと。
しかしどう足掻いたところで決まった結末を覆す事は出来なかった。だが最後の輝きは討伐隊の胸に深く刻まれる事となった。
感情音楽
歌や楽器による演奏を遠くまで飛ばす術。そこに籠められた想いや感情も事細かに伝える事が可能。