黄巾の乱が終わって数日が過ぎた。終わってすぐの頃に張角達を紹介した時にはかなり大事となってしまった。敵大将を何の報告もなく連れてきたのだから当然と言える。下手すれば黄巾党に加担したと思われても仕方がないからだ。
最初は詠や霞が受け入れを反対していたが、龍見の説得と張角達の反省した態度、そして最終的には月の一声で使用人という立場で受け入れられる事となった。使用人といっても比較的自由な立場であり、よく龍見の部屋に集まっては歌の練習なんかをしていたりする。
「また追い出されてしまった」
基本的に歌の練習が行われる時には龍見は部屋から追い出されている。哀れな部屋の主である。
「あっ、龍見さん! 腕はもう大丈夫ですか?」
「心配してくれてありがとよ。余程の無理をしねぇ限りは大丈夫だ。それより月は何をしているんだ?」
「これから街に出掛けようと思いまして。詠ちゃんに言うと止められそうですし、こっそりと抜け出すところですよ」
「はは、なかなかやんちゃしてるな。まあ心配する詠の気持ちも分かるし、オレが着いていってやる」
「それじゃあ荷物持ちでもお願いしましょうか」
「いいリハビリだ。やってやる」
「りはびり?」
「んー、何て言うかな。腕をいつも通りに動かすための準備運動みたいなもんだ。さあこんなところで話してると詠に捕まっちまう。早く行こうぜ」
こっそりと隠れるように二人は街へと繰り出した。あまり目立たないようにするためか、月は頭からローブを被っている。それが逆に目立っているのには気付いていないらしい。
「何をする?」
「新しい服が欲しいのでお買い物がしたいです」
「お安いご用さ」
この街の警備も担当している龍見が知らない店はほぼない。大通りから裏道まで、目的地の最短ルートも頭の中に入っている。ただ今回は月も一緒なため、なるべく安全で人通りも多いルートを選択した。
「あっ! 董卓様!」
「董卓様! うちに寄ってかないか?」
「董卓様! いい野菜が揃ってるよ! 今晩使っておくれ!」
「あわわ、何で皆さん分かるんですか!?」
「いいじゃねぇか。民に愛される王はそれだけで優秀だとオレは思うぜ」
月の稚拙な変装では人々の目を誤魔化す事が出来ずに、黒山の人だかりが出来てしまった。しかしそこには好意しかなく、月も無下には出来ないようだ。
「はいはい、これから買い物だから退いてくれ」
「なんだよー、馬淵様が董卓様と逢瀬したいだけだろー」
「お、お、逢瀬ぇ!?」
「この悪ガキめ! 人聞きの悪い事を言うんじゃねぇ!!」
「わー! 馬淵様が怒ったー!」
「こら逃げんな! くそっ、逃げ足だけははえぇんだからよ。親はどんな教育してんだか」
「逢瀬………………逢瀬かぁ」
「月、行こうぜ………………月?」
「へっ………………? あっ、はい。行きましょう!」
月が真っ赤な顔になっているのを龍見は見逃さなかったが、敢えて何も言わなかった。単純に逢瀬への憧れが出てしまったのだろう。決して熱があるわけでも、龍見との逢瀬に興奮しているわけでもない。女性の反応には敏感にならなくてはならないという龍見の母の数少ない教えあったからこそ見抜けた事であった。
「ほれ、この店だぞ。気に入ってもらえると嬉しいが」
「おっきいお店ですね。わぁ、装飾品もある」
「この辺りじゃ一番の店だ。その分ちょいと値が張るけどな。邪魔するぜ」
「これはこれは馬淵様。おお、そちらに居られるは董卓様。この度は如何なさいました?」
「ただの買い物だ。服を見繕ってくれ」
「へい。董卓様はどのような服がお好みで?」
「えっと………」
月が店主と共に品定めをしている間に、龍見は店内を一人で見て回った。改めて見るとやはり高価だ。この時代の庶民が年に数回買えるかどうかといった値段のものばかりだ。
「おっ、これは」
ぶらぶらしていた龍見が目を付けたのは、店長が趣味で店に飾り付けている骨董品の数々だ。その殆どが模造品だが、中には本物もある。更に一つだけ、術的な力を持ったものがあった。
「ヴィジャボードの類いか。この時代にはあるはずないんだが、武将が女体化している世界だし時代錯誤なもんがあっても不思議じゃないな。おーい店長! これちょっと触らせてくれ!」
「へい! 壊さないで下さいよ!」
「大丈夫だっての」
ヴィジャボードはいくつかの単語と文字の書かれた板と軽い木片やコインのようなものを使い、低俗な霊を降霊させ、質問に答えさせる呪術的な遊戯の一つだ。これを原型にしたものが日本のこっくりさんとも言われている。
だが龍見の場合、降霊させるものは低俗な霊などではない。
「さて………………ハデスのおやっさん、聞こえていたら返事をくれ」
木片が『はい』という文字へ移動する。どうやら無事に成功したようだ。
「以前外史とか言っていたけど、外史ってのはあの並行世界とかの世界か?」
木片は『はい』から動かない。
「ならオレは帰れるのか?」
今度はゆっくりと動き出し、『ふ』『め』『い』という文字に移動した。
「なら帰り方も分からないよな。いや、死を司るおやっさんに訊いたオレが馬鹿だったよ」
同意するかのように『はい』に移動する。この答えに龍見はあまり悲観しなかった。元の暮らしより自分らしく生きられるこっちの世界が悪くないと思い始めていたのだ。
「そうだ。オレを襲ったあいつらは誰だ?」
木片は『か』『ん』『り』『し』『や』という文字へ移動した。どうやらあの道士達は世界を管理する役割を担っているらしい。
「何をしているんですか?」
「ん、占い、かな。月と店長も何か占ってみるか?」
「へい。でしたら今後の店の行く末でも」
「どうなるかな。今占ってくれているのが経営に詳しいわけでもないし、本当に参考程度にしてくれよ。んじゃ、この店の行く末を頼む」
あっちへフラフラ、こっちへフラフラ、迷いに迷った末に木片が示した答えは『な』『み』だった。
「………並ですかい。下手に山あり谷ありよりかはいいですけど」
「まあ仕方ない。月はどうする?」
「じゃあ、この乱世は私達が生きているうちに終わりますか? 無事になんて事は言いません。でもみんなが笑って過ごせるような争いのない時代はやってきますか?」
「月らしいな。どれ、訊いてみよう」
木片は迷う事なく『はい』の上に乗った。しかしすぐに『いいえ』へと移動した。
「これはどういう事でしょう?」
「乱世は終わる。それでも争いのない時代なんてありゃしないって事だ。どんな時代でも小さないさかいは存在する。人の世ってのはそういうもんだ」
「そう、なんですね」
「月も分かっていたんじゃないか? しかしなんだ。オレ達の手の届く範囲は争いをなくせるんじゃないか?」
「はい!」
「さて、これはとりあえず置いておいて、服はどうした?」
「あ、これだけ買います」
ーードサッ
笑顔で見せつけられた大量の服に龍見は思わず固まってしまう。
「これ、だけ………?」
「ちょっと控えめにしておきました」
「店長、女ってのはこえぇなぁ」
「へい、同感です。ちぃと安くしておきますぜ」
「ああ、すまん。詠にはバレねぇようにしねぇと」
しかしそのような大量な服が全くバレずに済む訳もなく、二人は後日詠のきつい説教を受ける羽目になるのであった。
外史設定って便利ですよね。