蜀にやって来てから約一週間。龍見の行動にも規則性が出てきた。まずは早朝、顔を洗った龍見が真っ先に向かうのは馬小屋だ。ここで馬超と馬の世話をするのが日課になっている。
「おーっす、おりょ、今日は馬岱も手伝いか?」
「お姉さまがやれって五月蝿いんだもん。まぶっちーからも何か言ってよ」
「人の家の教育に口出しするつもりはねぇよ」
不満たらたらの馬岱は無視して馬の様子を一頭一頭確認する龍見。董卓軍に居た頃もたまにやっていたのだが、ここに来てからかなり手慣れてきた。
「どうどう、今日は一段と元気だな」
「馬淵がやってきてからだよ。そいつ馬淵が居ないともっと大人しいんだから」
「好かれてんなぁ、オレ」
「お前が出ていったらその後が大変だよ。結構なやつらがお前が来るの楽しみにしているからさ」
「はは、嬉しいねぇ」
「お姉さまとまぶっちーって、なんだか夫婦みたいだよね」
「な、なななな!!? ばば、馬鹿な事を言うんじゃない!!!」
馬岱の言葉に顔を真っ赤にして怒る馬超。龍見は気にしていないように見えて、もしかしたらそういう可能性もあったかもなぁ、などと考えていた。
「お姉さまはこういう話に弱いんだから。そんなんじゃ貰ってくれる人が見つかんないよ」
「そうか? 馬超なら貰い手くらい山ほど見つかると思うが」
「ま、馬淵!?」
「へぇー、まぶっちーはどうしてそう思うの?」
「だって馬の世話をしている姿から見ても優しいのは分かるし、よく鍛練していて努力家だし、美人だし、可愛いところもあるし」
「~~~~ッ」(プシューッ)
「ああ! お姉さまの頭から煙が!!」
「初心だなぁ」
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馬の世話をしてからはやる事は決まっていない。あの講義はつまらないと大不評だったのでやめてしまった。ただ一部は自主的に龍見の元へ勉強にやってくる。
「あっ、先生! 今日もお願いします」
「ああ、分かったよ諸葛亮ちゃん。今日は鳳統ちゃんは一緒じゃないんだな」
「はい、雛里ちゃんはお仕事がありまして」
「龍見、術について…………朱里も居たか。一緒にいいか?」
「はい! 焔耶さんも熱心ですね」
「こいつに勝つためだ。負けっぱなしではいられない」
いつも勉強にやってくるのは諸葛亮と鳳統だが、意外にも焔耶もやってくるようになった。本人曰く龍見の研究らしいが、周りから見れば嫌々というよりは楽しそうに通っているらしい。
他にも時間が許す時には劉備と関羽もやってきては勉強している。
「今日は諸葛亮ちゃんは得意な風の系統についてやっていくか。焔耶は肌の保護を自分でやれるようにしないとな。っと、始める前にこれを諸葛亮ちゃんにあげよう」
「わぁ! ありがとうございます!」
龍見が渡したものはお手製の羽団扇だ。天狗も使うとされるそれは風を得意とする諸葛亮にはうってつけのものだった。
「なぁ、その、ワタシには何かないのか」
「あるけど、まだ製作途中だ。なにぶん手間のかかるのでな」
「そ、そうか。あまり無理はするなよ」
「ありがとさん。あ、そうそう、今晩辺りに鳳統ちゃんへの贈り物も完成する予定だから、諸葛亮ちゃん伝えといてくんないか?」
「いいですよ…………あの、先生」
「ん?」
「私の事は真名で呼んでくれませんか?」
「いいのか?」
「はい!」
「ならこれからは朱里ちゃんと。うん、いい名前だな」
「はわ…………」
ただ名前を褒めただけのつもりだった龍見だが、何かやっちまった感を感じていた。この男、好意に鈍感というわけではないが、過程には鈍感である。
「早く始めろ!」
「お、おう、すまんな焔耶」
なので焔耶が自分をそれなりに好いているのは分かっているのだが、何故そうなったのかよく理解していない。ある意味非常にタチが悪い。
術の実践は才能がなければ難しいものだ。朱里はまだしも、焔耶はミスが目立つ。
「ひぅっ…………」
「またか。お前はまだ慣れていないんだからもっとゆっくり丁寧にやらないと。ほら、手を出せ」
「しゅまにゃい…………」
肌のコーティングは一つ間違えると逆に肌を過敏にしてしまう。焔耶レベルだと風一つで感じてしまうほどだ。龍見は焔耶の手を取り、術を解除してやる。術の解除も自分でやれるようにならないとなどと考えていたら、突風が巻き起こった。
「は、はわわわわ!!?」
「あっちゃー、まだ羽団扇には慣れてねぇからな。朱里ちゃん、落ち着いて魔力を抑えていけ」
「そ、そう言われましても!」
「朱里ちゃんは慌てない事が課題だな」
結局龍見が全て抑えたのだが、彼にとっては手間のかかる子供のような感じなのかもしれない。ちなみに一番弟子ともいえる詠は既に他人に指南出来るレベルである。
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「お兄ちゃん! 勝負なのだ!」
「今日は張飛か。いいぜ、やろうか」
焔耶との模擬戦後、他の将にも模擬戦を挑まれるようになった。大抵は賭け勝負で、負けると食事を奢らされるという事が定番になっている。張飛や馬岱のような子供だと菓子になる。
「やぁっ! そこなのだ!」
「残念、幻術だ」
ーーズビシッ
術を使う龍見の戦いに慣れずに負ける者も多い。張飛も偽者の龍見を見破れずに背後からチョップを喰らっていた。
「はい、オレの勝ち」
「ずるいのだ! もう一回!」
「一日一回って決まってるだろ。関羽さん呼ぶぞ」
「うっ…………それは嫌なのだ…………」
「そう落ち込むな。次に勝ったらお菓子は倍にしてやる」
「本当に?」
「本当だ」
「やったー!!」
「いや、勝ったらだからな」
「では私のメンマも倍に」
「儂の酒も倍に」
「おうそこな大人。便乗しても増えねぇぞ」
龍見の体力も考え、模擬戦の回数は限られているし、術の指南で忙しい時には模擬戦はやらない事となっている。なので今日はこれで終わりなのだが、趙雲と厳顔はやる気満々だ。
「良いではないか。体力を付ける意味も込めてやるというのも」
「安心せい。年寄りの遊びに付き合ってもらうだけじゃ」
「やめてよして近寄らないでガチで死ぬから」
「二対一というのも戦場ならば有りうるぞ」
「儂らとて鬼ではない。怪我はさせんようにするさ。酒が欲しいからの」
「いやマジで無理だから。誰か助けてくれ!」
「ここにいるぞ!!」
「おおっ!」
待ってましたと言わんばかりに飛び出してきた馬岱。そんな彼女が見たのはいい笑顔の趙雲と厳顔だった。
「…………やっぱりいないぞー」
「屈するなー!!!」
最終的に普通に奢らされる事になった龍見の財布には冬がやってきたそうな。
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夜は大抵誰も入れずに部屋で研究しているのだが、今日は来客を招き入れていた。昼間に贈り物もすると言っていた鳳統だ。
「先生、遅くにすみません」
「気にしなくていいさ。それよりその杖はどうかな?」
「とてもいいです」
龍見は薬品を混ぜながらのため鳳統の顔を見ていないが、声のトーンからして喜んでいるのは察する事が出来た。
「そういえば先生は朱里ちゃんを真名で呼んでいるんですよね」
「ああ、呼んでもいいって言われたんでな」
「あの、私も、真名で呼んでもらっても…………」
「別に朱里ちゃんがそうしているからって無理しなくても」
「無理じゃありません!」
「んおっ!?」
ーーボンッ
普段は大人しい鳳統が突然大声を出した事に驚いた龍見は薬品をこぼしてしまい、それが不可思議な色の煙を出して爆発した。
「ゲホゲホッ! 鳳統ちゃん、大丈夫か?」
「……………………」
「? 鳳統ちゃん、どうした?」
フラフラと立ち上がる鳳統を心配そうに眺める龍見。見た目には問題なさそうだ。
「雛里、です」
「? あ、ああ。そうだったな。ならこれから雛里ちゃんって呼ばせてもら、うんんっ!!?」
「んちゅ、ちゅぅ、しぇんしぇ…………しゅき…………ちゅ♪」
完全に油断していたところにディープキスを喰らわせられる龍見。混乱していて突き放すという発想も出てこない。
「せんせのおくち、おいし♪」
「まてまてまて!! 落ち着け!!」
「やぁ、もっとぉ」
なんとか正気に戻った龍見は雛里を突き放す。だが雛里は正気に戻る気配はない。
「許せよ」
ーーパチッ
「ふぇ…………」
龍見の手から弱い電撃が飛び、雛里の意識を奪う。これ以上続けていたら龍見の理性が危なかっただろう。
「…………この薬か」
雛里を寝かせてから龍見は床に飛び散っている薬品を少し舐めた。すると体の内側から熱くなるような感覚があり、倒れている雛里がとても性的で魅力的に見えた。どうやら媚薬と惚れ薬を混ぜたような効果があるらしい。舐めなければ効果がないようなので飛び散った薬品が雛里の口に入ったのだろう。龍見はこういった薬品に耐性があるので暫く放置すれば落ち着く。
「どうして焔耶のための塗り薬がこうなるかな。また一からやり直しだ…………全体的に柔らかかったな、雛里ちゃん。って何考えてんだ。浮気撲滅。煩悩退散」
この時龍見は知らなかったが、雛里は目を覚ましており、正気に戻っていた。更にいうと先程までの記憶も残っている。
(あわ、あわわわわ、先生と口付けしちゃったよぉ…………それに突き放された時に胸も…………あわー!!)
龍見は今日の事を忘れようと徹夜で研究に没頭し、雛里は忘れまいと徹夜で脳に口付けの感覚を刻み込んでいた。
研究中の定番。薬品でトラブルの実績を解除しました。
とりあえず雛里の第一段階攻略っと。
夜勤中はやっぱ捗りますわぁ。休憩時間だけでこんだけ書けるんだもの。