董卓や賈詡と名乗る少女達に連れられて、龍見は大きな城の前へと到着した。これが彼女達の物というのならば、本当に彼女達は三国志の有名人物かもしれない。
城の門前に近付いた時、学生帽のような帽子を被ったミント色の髪の少女が駆け寄ってきた。年齢は月や詠より低そうだ。
「月殿! 詠殿! 捜しましたぞ!!」
「音々音(ねねね)ちゃん、心配かけてごめんね」
「月がお忍びで出掛けたいって言わなければ早く帰ってこれたんだけどね」
「詠ちゃん! それ秘密!」
「ふふ、仲がよろしいですな。それでそこの男は一体?」
「この人は龍見さん。天の御使い様だよ」
「…………はい?」
少しは説明しろよ、と龍見は頭を掻いた。その隣では詠が疲れたように項垂れていた。いくら長い付き合いでも慣れないものはあるのだろう。
「噛み砕いた説明になるけど、こいつは馬淵龍見。ちょっと追われてたボク達を助けてくれたんだけど、どうやら違う国から来たみたいで、都合がいいから天の御使いに仕立てあげようってわけ」
「なるほど」
「そういう訳だ。色んな術も使えるから邪魔にはならねぇぜ」
「ならばよろしくお願い致します馬淵殿」
「月も龍見って呼んでいるから龍見でいいぞ。えっと」
「ねねは陳宮と申します。恋殿専属の軍師です」
「まさか、呂布か?」
「その通りよ。よく分かったわね」
「有名だからな…………」
呂布。三国志に詳しくなくともその名は聞いた事があるという人は多いだろう。三国志最強の武人にして裏切りの象徴。この世界が三国志の登場人物の性別を反転させた世界というのは龍見も陳宮の名を聞いた辺りで確信したが、女性となった呂布がどのような人物か。イメージ出来ずに龍見は再び頭を掻いた。
「他国にも名を轟かすとは流石恋殿ですな」
「んで、その呂布さんと会わせてもらえるのか?」
「当然よ。仮にも仲間になったんだから」
「もし恋殿がお認めになられたら、ねねの真名を預けます」
「勘弁してくれよ」
呂布が人を認めるとしたら一部例外を除いて武によるところが大きいはず。古今東西様々な術を修得したとはいえ、リアルチートな呂布に認められる自信が龍見にはなかった。
「こっちですよ」
「はいはい」
半ば諦めているのか龍見は大人しく月に引っ張られていった。ちなみに龍見の中ではこの世界の呂布はゴリラと見間違わんばかりの巨女となっている。
そうして連れてこられた中庭では一人の少女が犬と戯れていた。健康的な褐色の肌、二本のアホ毛が特徴的な朱色の髪、そして何よりも月、詠、陳宮とは違う大きな胸。思わず龍見も凝視してしまった。
「はっ! いかんいかん。ただのセクハラじゃないか」
「ワンッ!」
「あっ、セキト」
「んん? どうしたワンコ。うわっ!? 飛び掛かってくんな!」
「セキトがあっさりなつくとは、何かそういう術でも使ったのです?」
「生まれつき体質だ」
「ん、セキトおいで」
「ハッハッ」
「むぅ」
犬は主人である少女に呼ばれても龍見からは離れようとしなかった。少女は実に不満げである。
「残念だったわね恋。この子はこいつがお気に入りみたいよ」
「…………待て、彼女が呂布か?」
「そうなのです」
「ほ、ほー。思ってたのと違ったな。ワンコ、ご主人さんのとこに帰りな」
「ワンッ」
「セキト、お帰り…………あなたは誰?」
「あ、この人は」
「月は下がってて。ボクが説明するから。簡単に言うけど…………」
説明は先程陳宮にしたものと大差ないが、呂布は龍見が術を使えるという事に興味を示した。単純に戦う力があると理解したからかもしれない。
「…………弱そう」
「ひでぇなおい。でも確かに武術を基準に考えるあんたからすれば弱いだろうな」
「なら、強い?」
「戦う力はある。強いかはやってみなくちゃ分からん」
「ならやってみたらええんとちゃう?」
「ぬおっ!? 誰だ!?」
「お帰りなさい霞(しあ)さん。早かったですね」
「簡単な仕事やったしなぁ」
「あんた…………張遼か」
「おっ、天の御使い様はうちも知っとるんか」
「あんたどこから聞いてたのよ」
「最初からやで、賈詡っち」
張遼といえば泣く子も黙るの語源にもなったと言われる人物であり、呂布に負けず劣らずの猛将である。そんな武将がこの世界では薄紫の髪を後ろで纏め、大きな胸をサラシで押さえた関西弁の気のいい姉ちゃんになっているのだったが龍見もいい加減慣れてきたらしく驚く事もなかった。
「それで呂布ちんと戦うんか?」
「恋はやりたい」
「参ったな…………互いに怪我しないように気を付けような」
「へぇ、やる気なのね」
「断ったら一部が認めてくれそうにねぇもんな」
「じゃあ、やる」
近くに置いてあった方天戟を手に取った呂布は運動するように軽く振り回す。それだけで十分実力が伝わってくる。
「ただの新人リーマンで勝てる相手じゃねぇ…………この地に彷徨いし数多の魂。我が元に集い、その恨みを晴らせ」
「? 行くよ」
「…………っ、この時代だと死霊の数が半端ねぇ。呂布さん、覚悟しときな。ネクロマンシー・デスハンド」
「!」
龍見の両脇の地面が盛り上がり、何かが這い出てきた。それは白骨化した人の手。それも片手だけで数mはある巨大なものだ。流石の呂布もこれには威圧されるかと思いきや、その口元は笑っていた。
「面白そう」
「そりゃどうも。オラァッ!」
龍見の手の動きに連動するように巨大な手は動き、呂布に拳骨が降り下ろされる。それを呂布は避ける事なく真正面から受け止めた。かなりの衝撃を受けてなお、呂布に焦りの色はない。
呂布の動きを封じたと判断した龍見は、追撃の手刀を叩き込む。しかし相手が呂布と思っていても、女性相手で怪我させないような試合を意識していたためか、龍見の攻撃は無意識のうちに緩んでいた。呂布がそれを見逃すはずもなく、拳骨は撥ね飛ばされ、手刀は簡単に止められた。
「いくら気を抜いたとはいえ、千人分の死霊だぞ!?」
「攻める」
「はやっ!?」
呂布は龍見との間合いを一瞬にして詰めてきた。しかし龍見も何の対策をしていない訳でもない。近付いた呂布の動きが鈍くなる。龍見を中心に光る円形の何かが広がっている。
「あらかじめ結界を用意しておいて助かった。さあ吹っ飛びな。風遁の術!」
大きく息を吸った龍見がそれを吐き出すと、まるで台風のような暴風となり呂布を吹き飛ばした。このまま続ければ攻められない呂布がいずれ負けそうだが、呂布の顔には余裕があり、逆に龍見の方が厳しそうな表情をしている。
「光、薄くなってる」
「気付くのはえぇよ。くそ、流石に千人分の死霊を使うネクロマンシーだとかなり体力を使うな」
「今度こそ恋の番」
「チィッ! ネクロマンシー解除!!」
巨大な手は崩れ去り、土へと還った。龍見はネクロマンシーに回していた力を全て結界に送り込む。だがそれも呂布の前では無意味だった。結界の手前で止まった呂布は戟を大きく振り上げると地面を砕いた。その衝撃は龍見を吹き飛ばし、宙を舞わせた。集中力が途切れた事により、結界も消失した。
「いてっ!」
「恋の勝ち」
地面に落ちた龍見に戟が突き付けられる。この状況を打開出来る手段を龍見は持ち合わせていない。白旗を上げるしかなかった。
「やっぱり勝てねぇって」
「楽しかった。恋の真名は恋。よろしく」
「おー、ようやったやん。なかなか楽しかったで。呂布ちんも認めたしうちの真名も預けるわ。うちは霞や」
「むむ、まさか本当に恋殿が認めなさるとは予想外です。でも約束は違えないです。これから音々音と呼んでもいいのですよ」
「有り難い。賈詡、あんたは認めてくれてねぇのか?」
「…………はっきり言って想像以上だったわ。ボクの意思で真名を預けるわ。相応の責任を持ってよね」
「了解。改めてよろしく頼むぜ、詠」
ネクロマンシー
死霊術。成仏していない魂を使う術だが、魂の数によって使う体力は変わる。
結界
種類によって変わるが、今回使われたものは相手の動きを拘束するもの。完全に止めるものではなく、鈍らせる程度。
風遁の術
忍術。突風を起こしたり、鎌鼬を起こしたり出来る。