追記:間に合ってなかった
長かった魏での生活も終わり、感慨に更けながら部屋の掃除をする龍見。纏めた荷物はリュックサック一つ分にも満たない。
「さて、行くか」
やり残しは最後の挨拶回りのみ。まず誰のところに行こうかと考えながら扉に手を伸ばした瞬間、勝手に扉が開き龍見の顔面に直撃した。
「オゴォッ!?」
「むっ、何をしているのだ龍見」
「く、そ、てめぇこそ何すんだ春蘭!! ノックくらい一刀君に教わってるだろ!!」
「そのような面倒な事は忘れた。それよりも華琳様がお待ちだ。早く来い!」
「うおぁっ!? 引っ張るな!! く、首、しま、る!!」
首根っこを掴まれながら引きずられていった龍見。着いたのは謁見の間。当然華琳や他の魏の将達もいる。
「春蘭、もう少し丁寧に連れてきなさい」
「てて、華琳、どうしたんだ?」
「最後に聞いておきたい事があったのよ。龍見、私のものになるつもりはない?」
「ない」
華琳の質問に対して龍見は一瞬の間もなく拒絶した。そこには一切の迷いもない。それに対して華琳は怒るでもなく、むしろ喜んでいた。
「それでこそ屈服させがいがあるというものよ。いつか貴方もこの世の全ても私のものにするわ」
「そいつは無理な話だ。この世を統一するのは月になる予定なんでな。お前はそこで平穏無事に生きるのを楽しみにしておけばいいさ」
「うふふふふ」
「はははなは」
どちらも笑っているはずなのにその空気はとても澱んでいる。とてもではないが誰かが割っては入れるような状況ではない。
「それはそうと…………凪と稟に手を出しておいて何もしないで帰るなんて言わないでしょうね」
「うっ、そ、それはそうなんだが……ちゃんと責任は取るから」
「責任? 具体的には?」
「えぇ、その…………」
先程とは真逆で緩んだ空気の中、華琳が龍見を攻め続ける。龍見が助けてくれと言わんばかりに周りへ目配せするが、視線を切られたり苦笑いで流されたりしていた。
「あー! そうだそうだ! お礼ってわけじゃないけど面白いもの用意したぞ!!」
「逃げるにしては苦しい言い訳ね」
「勘弁してくれよ……でも実際に面白いものだからよ」
「ふーん…………じゃあ見せてもらおうかしら」
「これだよ」
龍見が鞄から取り出したのは龍見をそのまま縮小したかのような人形だった。
「自動(オート)人形(マタ)だ。大きさと丈夫さと魔力以外はオレとほぼ同じだから、術の指南をこれからも継続してできるぞ」
「…………!」
「……何か言ったわね」
「大きさが大きさだからな。声も小さいんだよ。テレパスによる会話が主になりそうだ」
「馬淵、それを使って我々の偵察が出来るのではないか?」
「それは安心してくれ秋蘭。そんな機能付けたら契約紋で死にかねん」
「ああ、そういえばそういうものもあったな」
忘れられがちだが、今龍見は神様との契約によって他国の情報を仲間に伝えられなくなっている。もし偵察の機能を付ければ契約違反と見なされる可能性もある。そうすれば龍見に待つのは死だ。ちなみに誰と性交渉したかという情報はプライベートな事なのでセーフらしい。
「さて華陀の奴を外で待たせてるし、そろそろ出発するよ」
「ええ。次に会った時にはどういう形であれ歓迎するわ」
「そりゃ楽しみだ。春蘭、あんまり暴れて周りに迷惑掛けるなよ。秋蘭はちゃんと姉の手綱を握ってやってくれ」
「私がいつ暴れたというのだ。全く、戦場で会った時には覚えておけ」
「なんだかんだ言っても私は姉者に甘いからな。約束しかねるぞ」
「季衣は食べ過ぎに注意、しても無駄か。まあほどほどにな。流琉は霊的なもんに好かれやすいから気を付けてな」
「うん、ほどほどね。理解はしたよ」
「なんで最後までそんな重要な事教えてくれないんですか!!?」
「はは、これからは華琳が何とかしてくれるさ。風は空気読んだ上で空気を壊すのはやめるようにな。どうせ聞く耳ねぇだろうけど一応言っとくわ。桂花、お前は男嫌いとかは置いといて優秀な生徒だったよ」
「いやぁ、褒められると照れますね」
「褒められてないわよ。こっちも教師としてのあんたは中々に優秀だったと思うわ。礼は言っておいてあげる。ありがとう」
「真桜は発明に没頭しすぎて徹夜しすぎないように。沙和は最新の服ばっかり見て警備を怠らないように。一刀君はこいつらの上司で大変だろうが、こんな美少女達の上司になんてそうそうなれるもんじゃないぞ。今のうちに堪能しておけ。色々とな」
「ちゃんと寝とるから平気やって」
「沙和も警備はしてるの」
「失神するのは寝てるとは言わないし、好きな服を誰かに取られないようにするのは警備じゃない。はぁ、やっぱり龍見さん残ってくれません?」
「悪いな。無理な相談だ。さて稟、鼻血が噴き出さないようになって良かったな。色々と言いたい事はあるけど、当初の目的が達成できて何よりだ」
「あー、その、どうやら龍見殿が傍にいる時のみのようで、華琳様の前では…………」
「華琳さーん、こいつ伽の時にオレにとんでもない要求ばっかしてきたんで是非とも追求してやってくださーい」
「あら客人にそんな事していたのー。後で私の部屋に来なさいよー」
「ひっ…………」
「んじゃ最後に、凪」
「はい」
「ありがとう。またな」
「はい、お世話になりました」
「およよ、まるで夫婦か何かですね」
全員との挨拶も終え、最後の風の煽りも軽く無視した龍見は深々と礼をして謁見の間を出ようとしたが、ふと何かを思い出したかのように振り返って言葉を紡いだ。
「オレの部屋にお礼の品を用意しておいたよ。じゃあな」
少し照れくさそうにそそくさと立ち去る龍見。城の外で待っていた華陀と合流すると馬を連れて街の外へ向かった。途中出会った人々からは別れを惜しむ声もあった。それだけ龍見はこの魏でも受け入れられていたようだ。
「華陀、なんか忘れ物とかはないか?」
「それならば龍見の方が思い残しがありそうだな」
「うっせ。行くぞ」
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馬を走らせること数日。ようやく洛陽へと辿り着いた。たった数ヵ月だから街の様子が変わるわけでもないし、何度も報告を受けていたので知っていたのだが、いつも通りの洛陽の様子に龍見はホッと胸を撫で下ろした。
「おぉっ! 馬淵様!! 帰ってこられていたのですか!!」
民が一人気が付くと連鎖的にみんなが気が付いていき、龍見の周りには人だかりができていた。
「おいおい、あるのは土産話ぐらいなもんだから道を開けてくれ」
「たーつーみー!!!」
「この声、霞か。おーい!!」
「帰ってくなら帰ってくるって伝えぇや! 恋が待っとるから早よ行きぃ!」
「ああ。ありがとよ」
「礼なんていらんから急ぐ!」
「あいよ」
霞に急かされて恋の待つ城へと走り出す。門番や侍女への挨拶もそこそこに恋の部屋の前へとやってきた。本来は月への挨拶をするべきだろうが、そこは詠へのテレパスを通して許しを貰っていた。
「恋、オレだ。今帰ったよ」
「お帰り、龍見。入ってきて」
「ああ」
静かに扉を開けて入る龍見。その先には普段は着ていないゆったりとしたワンピースのような服を着た恋が座っていた。恋はゆっくり立ち上がり龍見に近付くとそのまま龍見に抱き付いた。龍見もそれを受け止め、しっかりと抱き締めた。
「随分と待たせちゃってごめん」
「平気。龍見はちゃんと帰ってきてくれたから」
「お腹、大きくなったな。ここにオレらの子がいるんだな」
「うん。最近ね、よく動くの」
「そうかそうか! 元気に育っているんだな!」
「あの~、お二人とも。ねねを忘れないでもらえないでしょうか?」
「…………すまん。気付かなかった」
「蹴りますよ。もう、お邪魔虫は退散しますよ」
ぶつぶつと文句を言っていたものの、本心では恋と龍見を二人きりにしたかったのだろう。音々音の足取りはどこか軽かった。
「気、使わせちまったかな。でもま、ありがたく受け取るとしよう。恋、何かしてほしい事はあるか?」
「今日はずっと一緒がいい」
「分かったよ。オレもそうしたかったんだ」
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「ふぅ、今日一日は誰も近寄らないように詠殿にお願いする必要がありますね」
「あの二人の邪魔は出来ないな」
「ええ、全く…………誰なのです!?」
独り言への返答。それも知らない男の声に音々音は思わず飛び退いた。
「軍師と聞いていたがよく動く。俺は華陀。龍見の弟子をさせてもらっている」
「あー、そういえばそんな話もありましたね」
「悪いが董卓に会わせてもらえないか? 龍見に着いてきたから挨拶が出来ていないのだ。それと日が空いてからで構わないが、呂布の診察がしたい。龍見との約束でな」
「診察については恋殿に直接聞いてもらいたいのです。では月殿の元へお連れしますよ」
「感謝する」
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