龍見と恋の娘の誕生から二週間。最初の左慈の襲撃以外に目立った問題はなく、穏やかな日々が続いた。もし何か問題が発生したとしても恋と娘は確実に無事だったろう。何故なら………………
「ほ~ら~、首吊りブランコ~」
「イシュタムは教育に悪いなぁ。あんなの見ちゃダメだよ。ほらこっち見て。いないいない………ばぁっ!」
「ミシャグジ古すぎ~。時代は刺激だよ~」
ミシャグジ様とイシュタムが頼んでもいない子守りをしているからである。二柱の神が傍にいる状況では同格の神でもない限り手は出せない。
「あのー、お二人とも。流石にもうそろそろお帰りになった方がよろしいのでは? 少なくとも三日は現界していますよ」
「「へーきへーき」」
「………………帰れバ神!!!!」
あまりに娘に馴れ合いすぎている神々を蹴飛ばす龍見。生まれて数日の娘には何が起こっているのかも分かっていないだろうが、のちのちの悪影響を考えると放ってはおけない。何より神が人に近すぎるというのはそれだけで良い事とは言えない。龍見が待った三日も悪影響が出ない期限。二柱もそれは理解していたのか大人しく帰っていった。
「ったく、こっちから喚ぼうとしたら相応の手間を要求するのに、あっちから来る時はノーコストでやってくるもんな」
そもたった一人の人間が魔力と手間のみをコストに神々を召喚すると言う事自体が異常なのだが、龍見からすればそれでも不満らしい。
「あーうー」
「おうおう、ごめんな恋歌(れんか)。ほらたかいたかーい」
「キャッキャッ」
娘の真名を呼び、抱え上げる龍見。娘の名は玲綺(れいき)。こちらは恋が名付け。真名の恋歌は龍見が名付けた。
「よしよし。そろそろお姉ちゃん達のところに行こうな」
恋歌を抱き抱えて歩き出す。今日は恋歌の字をみんなで決めようという話になっていた。
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「遅い。どれだけ待たせるつもり?」
「神様を追い返すのって面倒だから許してください詠さん」
「あい」
龍見が頭を下げると真似をして恋歌も頭を下げる。そんな姿を見せられると詠も何も言えなくなってしまう。
「仕方ないわね。無駄に説教しても時間使うだけだし、恋歌ちゃんの字決めを始めるわよ」
ーーパチパチパチ
全員暇ではないだろうにしっかりと集まっている。一部は自分が考えた字を纏めてきていたりもする。
「じゃあ字を考えている人から意見を聞こうか」
「はい!!」
「元気がいいな。月、どんな字を?」
「龍先(りゅうせん)はどうでしょうか。龍見さんの名前と恋さんと字を合わせてみました」
「ほほう。なかなかいいんじゃないか。とはいえ他にも意見はあるからそっちも聞こうか」
次に龍見が指名したのは音々音だった。待ってましたといわんばかりに音々音は用意していた大量の紙を取り出した。それを確認した龍見は軽く指を鳴らした。すると室内なのに突風が巻き起こり、紙を吹き飛ばした。
「ああ!! ねねの案が!!?」
「一つに絞ってこいって伝えたろうが。それと紙の無駄使いするな」
「ならば次は私だな」
「華雄も考えてくれたのか」
「ふふ、私が字を持たないからな。こう他人の字を考えるのが楽しくて仕方がない。まあ私の事は置いておくとして、恋歌の字は伯龍(はくりゅう)というのでどうだ?」
「なんか格好いいな」
「長女なのだから伯は欲しいと思ってな」
字で長男に伯、次男に仲と付けるのは比較的メジャーだ。孫策と孫権の字などその典型と言える。
「ほな次はウチな。最高の字を考えてきたで。その名も! 具礼都(ぐれいと)魔じ、ぐほぅっ!!?」
「一辺死んでこい」
容赦のない魔弾が霞を撃ち抜く!! 肉体よりも精神へ攻撃をするものであったため無傷だが、気絶はしている。
「えー、馬鹿な発言には容赦なく攻撃をするので気を付けるように」
その後は龍見の目が光る中、平穏に字決めは進んでいった。全員が案を出し終わったと思ったところで恋が手を挙げた。
「どうした恋?」
「地和の案は?」
「そういえば聞いてなかったな。地和、お前もこの日を楽しみにしていたろ。何かないか?」
「ふふふ、恋歌ちゃんの字を考えるよりも自分の子供の名前を考えるのを優先させてもらったわ」
「気が早いな。まだ妊娠したと決まったわけじゃないだろ」
「いや決まっている。どうにも俺の魔眼の性能が上がったようでな。病魔だけでなく肉体が通常時と違う状態ならばすぐに判別可能になった」
完全に固まる場の空気。姉妹すら聞かされていなかった想定外の報告の中、龍見はゆっくりと口を開いた。
「ちぃ………………ありがとう」
「うん。龍見も、ありがと。でも今は恋歌ちゃん優先だから、あたしのお祝いはまた後でね」
「オレとしてはすぐにでも祝いたいが、ちぃがそう言うならそうしよう」
「そうそう! それにお祝いするなら準備が必要でしょ! しっかりと準備してね、たっちゃん!」
「たっちゃんて、ミシャグジ様じゃあるまいしやめてくれよ天和」
「お姉ちゃん」
「は?」
「お・ね・え・ちゃ・ん」
じりじりと近寄ってくる天和の意図は理解したが、いい歳して義姉をお姉ちゃん呼びするのは相当恥ずかしいらしく声を出せない龍見。
「どうしたのかなぁ? さあ早く早く早く早く!!」
「ね、義姉(ねえ)さん………で、許してくれ」
「………………たっちゃんは照れ屋さんなんだからぁ!!」
そうは言いつつも天和は非常に満足げだ。オレの方が歳上のはずなのにとぼやきながらも、さっさと案を纏めていく。
いくつか案は上がっていたものの、最終的には月と華雄の案の二択となった。
「最後だ。恋、お前が決めてくれ」
「ん、こっち」
「はえぇな!!」
恋が迷わず選んだのは月の案、龍先という字だった。
「恋と龍見の名前が入ってるのがいい。華雄のは長男が生まれたら使う」
「確かにそっちの方がいいかもな。長男かぁ。今からしっかりと考えておかないとな」
「失礼します!!!」
「てめっ………何があった?」
恋歌の字が決まり、将来の家族計画を思い描いていたところに飛び込んできたのは門番の兵士。文句が思わず飛び出そうになるものの、龍見は落ち着いて何があったか聞き返す。
「呉より使者の方が参られました! すぐにでも馬淵様とお会いしたいとの事です!!」
「すぐに通して下さい。龍見さん、いいですね?」
「いいぜ月。はぁ、呉に直行だろうな。ごめんな恋歌。お父さんお仕事だよ」
「う~?」
「おお、そうだそうだ。こいつをここに置いておくからこれをオレの代わりにしてくれ」
龍見が懐から取り出したのは魏でも置いてきた自身の自動(オート)人形(マタ)だ。ただしこちらは魏のものと違い、龍見との情報共有が可能だ。恋歌は人形を不思議そうに眺めていたが、少しすると嬉しそうにそれを抱え上げていた。
「キャッキャッ!」
「詠、これはオレと繋がってるし、オレと同じ思考もある。何かあったらこいつに言ってくれ」
「分かったわ。あんたも恋歌ちゃんの事は私達に任せて安心して呉へ向かいなさい」
「あいよ」
「失礼します! 使者の方をお連れしました!!」
「失礼する。久しぶりだな、馬淵龍見」
「周瑜さん!? 貴方が来るなんて何があったんです?」
「ここで詳しく話すつもりはない。すぐにでも来てもらいたい」
呉の軍師の中でも最上位に位置する周瑜がわざわざ足を運んだのだ。確実に龍見を連れ出さなくてはならない理由があるのだろう。その場にいる全員がそれを理解した。
「分かりました。行きましょう」
「準備はいいのか?」
「必要なものは呉で用意します。みんな、また暫く空ける。大丈夫だとは思うが、みんなじゃどうしようもない事態の時には貂蝉の指示に従ってくれ。頼むぞ、貂蝉」
「ええ、いざという時には任せてちょうだぁい」
「あれに任せるのか?」
「あれじゃないと無理だ」
周瑜が気になるのも最もだ。普通は貂蝉のような色物に任せるなどできはしない。だが左慈絡みの問題については貂蝉以外に任せることは出来ないのだ。
龍見は軽く別れの挨拶をし、周瑜に続く形で馬を走らせた。行く前から起こっている問題に溜め息をつきながら、最悪の事態が発生してもいいよう心構えだけはしっかりとしておくのだった。
次回からは呉になります。真にはいなかった大喬小喬も出るよ。