出来らぁっ!!
ろくに休憩も取らずに馬を走らせ続け、呉へ到着した龍見は城へと連れ込まれた。どれほどの問題が発生しているのか伝えられてはいないが、周瑜の焦り方を見る限りは呉にとってかなりの問題のはずだと龍見は想定した。そして自分がわざわざ呼ばれるとなると、何かしら術関係の問題であろう事も容易に考えられた。
周瑜が向かったのは城の中でも奥にある一室。数人の警備兵がいたが、周瑜を見るとすぐに扉の前から引いた。
「雪蓮! 馬淵龍見を連れて………」
「あっ、冥琳おかえりー。そんなに慌ててどうしたの?」
「………………体調は?」
「万全」
「何故倒れた?」
「寝不足」
元気そうな孫策の姿に拳を震わせる周瑜。心配していた人がその気も知らずにほのぼのしているのだ。怒っても仕方がないだろう。
「まあまあ、落ち着いて下さい周瑜さん。オレは気にしていませんから。むしろ何もなくて安心しました」
「それより冥琳。貴方の早とちりで馬淵を連れてきたんだから、歓迎会の準備は貴方がやりなさいよ」
「くっ、終わったら説教だからな」
周瑜が退室して暫く、孫策は倒れこむように椅子にもたれ掛かった。
「はぁーーー、なんとか騙せたわ」
「何があったか聞かせてもらえますか?」
「寝不足で倒れたのは事実なんだけど、寝不足になる理由がないのよ。今も貴方達が来る少し前まで寝ていたのに………ふぁぁ………眠い」
「成る程。それで原因不明だからオレを呼んだという事ですか」
「冥琳が勝手にだけどね。でも正解だったかも。医者も呪術師もみんな分からないっていうんだから………ふぁぁ………」
「失礼します」
龍見は眠そうな孫策の顔の前にそっと手をかざす。数分間何か呪文を唱えるわけでもなくそのままでいたが、その手を引き離すと同時に孫策の体から半透明の靄のようなものが抜け出したのだ。
「な、なにこれ!?」
「眠気の正体ですね」
「あらあら、まさか私を見つける子がいるなんてね」
靄から自身と同じ声が聞こえてきた事に孫策は目を丸くする。靄は徐々に形を変えていき、孫策と同じ姿へと変貌した。違いがあるとすれば背中にある悪魔のような翼だけだ。
「夢魔………それもサキュバスか。サキュバスならサキュバスらしく男に憑いてろ」
「人がご飯を選ぶように、夢魔にもご飯を選ぶ権利くらいあるでしょう」
「………………あんた、私をご飯だって?」
「そう言ったつもりだったけど」
夢魔の発言が気に触ったのか、孫策は剣で夢魔の首を切り払う。しかしながら手応えは一切なく、夢魔の首も何事もないかのように繋がっていた。
「あはははっ! そんなもの効くわけないじゃない! 私が生きる世界は貴方とは次元が違うのよ!!」
「あっそ」
ーードシュッ
「えっ………………? なんで、こんなのが刺さって………………? い、痛い、血が、こんなに………………」
夢魔の胸から突き出した切っ先。先程孫策の剣がすり抜けたはずの夢魔の肉体を容易に貫いたそれは龍見が背後から突き刺したものだ。
「痛いか? 苦しいか? すぐ楽にしてやる。
塵は塵に。灰は灰に。生まれし生には祝福を。汚れし魔には粛清を。セイント・フレア」
「いやあぁぁぁぁぁッッ!!?!? 熱い熱い熱い熱いっ!! 体が、溶けちゃうぅっ!?!! や、だ………死ん、あああああぁぁあぁぁあぁぁぁっっ………………」
突き刺された短刀から純白の火の手が上がり、一瞬にして夢魔を包み込む。不可思議な白い火は夢魔の肉体を外から燃やし、内から溶かしながらその火力を上げていく。暴れまわる夢魔が物にぶつかっても火は消えることも燃え移ることもなく、最後には灰の一片すら残さずに夢魔を燃やしきった。
「アーメン、なんてな」
「やるじゃないの」
「怪物退治は得意分野でしてね。特に今回のは楽でしたよ。自信過剰な上に若くて経験も浅い。殺して下さいと言っているようなものです」
「確かにああいうのは得てして早死にするわよね。それより一言いい?」
「何でしょう? やっぱり孫策さんの手で止めを刺したかったですか?」
「それはいいのだけれど、自分の姿が焼け死ぬのを見せるのはやめてもらえる?」
「あー、すみません。配慮が足りませんでした」
龍見は申し訳なさそうに頭を掻きながら短刀を拾う。短刀は赤熱もしておらず、とても火の発生源とは思えなかった。
「しっかし、魏の八尺様といい夢魔といいどっから紛れ込んだ?」
一番思い当たるとは左慈と于吉の策略だが、それにしては弱すぎる。あの二人なら龍見を確実に殺そうとするはずだ。次の可能性としては自然発生。だがこの可能性も低い。悪魔や妖魔の自然発生には人々のイメージが必要だ。龍見と一刀ぐらいしか知っている人間がいない八尺様や夢魔が勝手に湧いて出るとは考えづらい。
「なんか騒がしかったけど、どうかしたかい?」
「あ、母様」
「ご無沙汰しております。孫堅さん」
「馬淵龍見? もう来ていたのかい。ま、何事も早いに越したことはないか。雪蓮、もうすぐ飯だよ」
「うん、分かったわ。馬淵、色々と助かったわ。ありがとう」
「どう致しまして」
初日から軽いトラブルはあったものの、胸一杯の呉での生活が幕を開ける。
歓迎会にて
孫堅「さっき雪蓮の部屋を通りがかった時に『こんなのが刺さって』とか『熱い』とか『溶けちゃう』って言ってる雪蓮の声が聞こえてきたんだよ」
孫権「馬淵、話があるわ。こっちに来なさい
周瑜「拒否権はない。分かるな?」
龍見「えっ、いや待って下さい。オレは何もやってないんですがねぇ!!! てか二人とも力強すぎ!? く、首締まってる!! ヤメロー! シニタクナーイ!!」
ーーズルズル
孫堅「いやまさか雪蓮の格好した化け物を退治していたなんてね。娘が世話になってあんたにゃほんとに感謝、ってあれ? 馬淵は?」
孫策「口は災いの元よ、母様。今回災いを受けたのは馬淵みたいだけどね」