「完成!」
術の指南書作りも慣れたもの。呉にやってきた晩には完成させてしまっていた。途中錬金術を用いた製紙と印刷を開発し、機械のごときスピードで作業を終わらせた。
「やっぱ印刷技術って偉大だわ。うん、楽だ」
「ごめんくださーい」
「はいはい、どうぞ」
「失礼しますね」
やってきたのは一部でたわわ軍師と呼ばれている陸遜だ。三国でも最上位に位置するその爆乳に目移りしながらも平然とした振りをする龍見。露骨に分かりやすい態度なのだが、陸遜は気付いた様子もない。
「明日の事で報告が、この本は何ですか?」
「今さっきオレが作った術の指南書ですよ。読みます?」
「是非!!」
何かを伝えに来たはずの陸遜はそれすらも忘れて本に没頭する。自分の創作物を一生懸命読んでもらって悪い気がするはずもなく、龍見は鼻歌を歌いながら蜀へ送る自動(オート)人形(マタ)作りへと入った。
この時龍見はまだ知らなかった。陸遜が本を読むという事が何を意味するかを………………
ーーーーーーーーー
陸遜が龍見の所を訪れる少し前、周瑜は二人の少女を呼び出していた。
「「失礼します」」
「待っていたわ。大喬、小喬」
江東の二喬とも呼ばれる絶世の美少女姉妹。それが大喬小喬だ。桃色の髪に似たような服装な二人だが、馴れた人ならば穏和な顔立ちの大喬と少々鋭い目付きの小喬で見分けがつくらしい。
「あの、冥琳様。ご用とは何ですか?」
「そう怯えなくてもいいわよ大喬。二人なら簡単な仕事よ。馬淵龍見を骨抜きにしてきなさい」
「ええ! 冥琳様や雪蓮様以外と、いいえそれ以前に男の相手をしないといけないんですか!」
「何も肌を重ねろというわけではないわよ小喬。二人の魅力なら傍にいるだけで簡単に落とせるわ」
周瑜の言葉は慢心しているようにも聞こえるが、事実二喬の魅力というのはそれほどまでにある。それに龍見が他国でも数人の女性に手を出しているという情報も得ていた。複数の女性に手を出す男に二喬を差し出すのは一抹の不安があるものの、万が一があれば同盟の問題にすればいい。そして龍見を処罰する。二喬は孫策と周瑜の恋人でもあるのだ。
「何かあったら私が雪蓮に言うのよ。あの首を切り落とすから」
「「は、はい」」
笑顔で物騒な発言をする冥琳にビビったのか、二人はすぐに部屋を出て龍見の部屋へと向かった。
「ねぇ小喬ちゃん、わたしたちで本当にできるのかな?」
「冥琳様が大丈夫って言ったのよ。襲われない事だけを考えておけばいいのよ。ええと、この客間だったわよね?」
「も……がま……………ない…………」
「まっ………………や………………だ………!」
「? 中から声が聞こえるね。馬淵さん以外に誰かいるのかな?」
中から騒ぎ声が聞こえてきていた。様子を窺うために二人はそっと耳を扉へと押し当てた。
「こんなもの見せられたらもう我慢なんて出来ないんですぅ! ああ、身体中が火照って熱いのぉ!」
「だからオレには妻と娘がいるんですって! てか軍師なのに力つえぇ! あっ! こら! 服脱ごうとするな!! どうして本読んだだけでこうなるんだ!!?」
「「あっ………………」」
少しの言い争いで全てを察した二人はそそくさとその場を立ち去った。今の状態で龍見の誘惑など不可能だし、ましてや暴走している陸遜に巻き込まれる可能性すらある。自分達には何も出来ないと言い聞かせながら逃げていく二人の耳には僅かながらに助けを求める声が聞こえたとか聞こえなかったとか。
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翌朝、二喬が呼んだ周瑜によって救出された龍見はげっそりとした表情で窓の外を眺めていた。その横には鳥型の土像(ゴーレム)に乗った自動(オート)人形(マタ)がいた。
「ま、元気出せよオレ。犯されなかっただけましだろ」
「うっせ。さっさと蜀に行け」
「はいはい」
龍見に急かされて飛んでいく自動(オート)人形(マタ)。それを見送った龍見は意味もなく空を見上げていた。
「本読んだら発情って………………術の指南をどうやっていけばいいんだ」
「あれはどうしようもないわ。私達も困っているもの」
「………孫権さん。気配なく入ってくるのはやめて下さい」
「ごめんなさい。穏の事について謝りたかったのよ」
「いいんですよ。体質みたいなものでしょう。気にしていません」
「そう、ありがとう。それにしてももうすぐ時間のはずだけれど、準備はしなくてもいいの?」
「? 何の話ですか?」
何かあっただろうかと頭を回転させてみるものの、龍見の記憶に特別な予定はない。それを聞いた孫権は額に手を当てながら溜め息をついた。
「穏ったら伝えていなかったのね。今日シャオが貴方に街案内をするって言っていたのよ。きっと門前で待っているわ」
「えっ、そうなんですか。こりゃいかん。すみませんが失礼します」
「いいのよ。早く行ってきてあげて」
孫尚香の待つ門前へと急ぐ龍見。孫権の言った通り、門前では孫尚香が待っていたものの、その雰囲気は明らかに不機嫌そうなものであった。
「あー、孫尚香ちゃん。待たせてごめんね」
「遅い!! どれだけ待ったと思ってるの!?」
「ごめん。さっき孫権さんに聞いたばっかりでさ。陸遜さんはほら、昨日の、な」
「………穏にはお仕置きね」
「ほ、ほどほどにな。それより今日はどうして案内をしてくれようなんて思ったんだい?」
「深い意味はないかな。馬淵と話してみたかっただけだし、そのついで」
「成る程。ならお願い致します、お姫様」
「うむ、苦しゅうない」
龍見を連れて出発する孫尚香。どんどん進んでいくので目的があるかと思えば気紛れに店を覗いたりしている。時折買い物をしては龍見が荷物持ちとなり、いつしか両手一杯の荷物を抱えることとなっていた。
「そろそろ休憩してお昼ごはんにしよう!」
「そうしてもらえるとオレの両手も非常に喜ぶ」
「こっちにいいお店があるよ。近道して行こ」
そう言って孫尚香は人気のない裏路地を突き進む。狭いので荷物をぶつけないように注意しながら進む龍見を気にして振り向いた孫尚香は曲がり角で人とぶつかってしまった。
「あいたっ!?」
「いってぇぇえええっっ!! 骨が折れたー!!」
「おい餓鬼!! 兄貴に何しやがる!!」
「えっ? えっ? ちょっとぶつかっただけじゃん!! 折れるわけないでしょ!!」
「うるせぇ!! 折れたんだよ!!」
「! 兄貴、こいつ孫家の末女ですぜ。こりゃたんまりと金を取れますよ」
「何? ぐへへ、おい餓鬼。金さえ出せば見逃してやってもいいぜ。出さなきゃお前が痛い目みて人質になるだけだけどな」
私達チンピラですと言わんばかりのチンピラに絡まれた孫尚香だが、一切引くことなくチンピラを睨み付けている。
「はぁ? ふざけないで。馬淵、やっちゃって!」
「はいはい、悪いがあんたら『動くな』」
「か、体が………!?」
「うご、かねぇ………………」
チンピラに言霊を飛ばして動きを封じる。軽いものなのですぐに動けるようになるが、時間稼ぎにはちょうどいい。
「やっつけないの?」
「孫尚香ちゃんがしっかりと確認しなかったのも問題だろ。これからは気を付けるんだぞ、互いにな」
注意を受けたのが少し不満だったのか、頬を膨らませる孫尚香。その頭を撫でてやる龍見。端から見れば兄妹のような二人が着いたのはいかにも高価そうな店だった。立派な店構えに戸惑った龍見と違い、孫尚香は何でもないとばかりに店内に入っていく。
「こんにちはー。いつもの用意しておいてね」
「いつもので通じるのか。凄いな」
「よく来るんだもん。それより、ご飯が来るまでお話ししよ。天のこと教えてよ」
「あっちの事か………………懐かしいな。とにかく便利なところだったよ」
「便利?」
「ああ。何でもあったし、何でも出来るような気すらするところだった」
自分の過ごしていた街並みを思い出す。そして思い返したくもない上司の顔を思いだし、苦い顔をしてしまう。
「やっぱオレは表の世界には合わねぇのかな」
「どういう意味なの?」
「あっちでは、何て言うか、一般的な仕事をしていたんだ。オレの術目当てな組織から誘いは一杯あったんだけど、それが嫌で普通の仕事をやったのが失敗だった。オレみたいな力を持っているのは然るべき事をやるべきなんだよ。今みたいな、な」
「ふーん。難しいんだね」
「オレが馬鹿だっただけだよ。お、料理来たぞ」
ーーーーーーーーー
「はぁー、美味かった」
店構え通りというべきか、高級で美味な料理ばかりだった。孫尚香は当然のようにツケにしていたのが恐ろしい。
「ねぇねぇ! さっきのお話の続きしてよ!」
食事の最中も現代日本の話をしていたのだが、相当気に入ったらしい。飛行機や自動車、新幹線などこの時代の人々からすれば神話もいいところだ。
「次は水族館なんてどうだ?」
「どんなのなの?」
「海を閉じ込めた巨大な屋敷ってところか」
「何それ!!」
元々街案内をするはずだった孫尚香だが、いつの間にか龍見の話に夢中になり街案内など完璧に忘れていた。龍見も夢中になって聞いてくれる彼女に気を良くして覚えている限りの話をする。そんな事をしているうちに気が付けば夕方になってしまっていた。
「あっ、そろそろ帰らないと」
「そうだな。話は楽しかったか?」
「うん! またしてね!」
「仰せのままに」
「見つけたぞ!!」
突然背後から大声がした。振り返るとそこにいたのは昼間のチンピラ。しかし今度は数が多い。この場にいるだけでも十数人はいた。
「お、昼間の雑魚じゃん」
「仲間を呼んで復讐ってやつ?」
「てめぇら昼間はよくもやってくれたな! ぶっ殺してやる!!」
「あの程度で殺されるのは勘弁願いたいんだが」
「少し人数集めた程度で勝てると思うなんてお子ちゃま以下の考えね。馬鹿みたい」
「覚悟しろよ。昼間みてぇに優しくしてやらねぇからな」
「いや本当に馬鹿だな。あれを優しいと言うか。しかも耳に詰め物したくらいでオレの術を何とか出来ると思うとは。呆れてものも言えない」
「えっ、つまりあいつら何も聞こえてないの?」
「そういう事」
じりじりと距離を詰めてくるチンピラ達。各々所持した武器をいつでも使えるように構えているが、戦い慣れしていない孫尚香でも分かるくらいに隙だらけだ。
「お姫様、不届きものを倒してもいいかな?」
「やってやって!」
「くたばれゴルァッ!!」
「街中だから派手な事はやれないが、吹き飛べ、風遁の術」
巻き起こった突風がチンピラ達のみを一ヶ所に纏めあげていく。大の大人数人が転がされる突風に対抗する手段があるはずもなく、纏められたチンピラ達は道を転がされ続ける。
「「「「ギャアアアアアアアッッ!!!?!?」」」」」
「そうら転がれ転がれ」
「た、助けて下さい!! もうしませんからぁ!!!」
「助けてもいいけどよ。ちゃんとやらないって約束できるのかよ」
「やめてくれー!! 目が、まわ………吐きそ………」
「約束しますって言うまで転がすぞ」
「ねぇ馬淵。あいつらって耳に詰め物してるんじゃないの?」
「おっと、忘れてた」
チンピラ達を転がすのを一旦止めて、耳栓を取るようにジェスチャーで伝えた。大分転がされたため吐きそうになりながらもチンピラ達は耳栓を取り外し龍見の言葉を聞いた。
「もう今後小さな事でいちゃもん付けたりしないって約束するか?」
「し、します………ウプッ………………」
「なら孫尚香ちゃんに謝れ」
『ごめん、なさい』
「ちゃんと約束できるならシャオは許すよ」
「だそうだ。ほら散った散った。オレらは帰るんだ」
孫尚香の許しを得たチンピラ達はふらつきながら逃げるように去っていった。
「さっきの凄かったね。風がビューって吹いてゴロゴローって人が転がるなんて初めて見た!」
「練習すれば孫尚香ちゃんだって出来るようになるよ」
「えー、私は出来なくてもいいかなぁ。それよりもまだ天の話をしてよ」
「まだ聞きたいのか。何か面白いのあったかな………………」
龍見はシャオになつかれたようです。
次は少し呉から離れて各地にいる龍見の自動(オート)人形(マタ)の話とさせてもらいます。