蜀へ飛んだ龍見の自動(オート)人形(マタ)は数日かけて蜀まで辿り着いた。城の敷地内に降り立つと一先ず座り込んでテレパスを送り始めた。
『あー、雛里? 龍見の人形だけど、今空いてる?』
『先生の、人形? はい、空いてはいますけど………人形ですか?』
『分かりやすく言うと人形。分身でもいいよ。本物とは体格とかぐらいしか違いないし。まあその体格差のお陰でそっちまで行くのに時間がかかりそうでね。土像(ゴーレム)使おうにもほぼ魔力切れで、迎えに来てもらえないかな?』
『分かりました………………庭園ですね。今向かいます』
テレパスの逆探知でもしたのか、一瞬にして龍見人形の場所を把握した雛里はすぐに向かった。少しして龍見人形のいる場所に着くと、龍見人形もジャンプしてアピールする。
「こっちこっちー」
「先生! 本当に小さいんですね」
「まあな。声量を調整して大きくしているけど、五月蝿すぎたりしない?」
「ちょうどいいですよ。失礼しますね」
雛里は龍見人形を持ち上げて、胸元辺りでしっかりと抱えて歩き始めた。小さくともしっかりと柔らかな胸の感触を全身で堪能している龍見人形。ドスケベである。
「なぁ雛里。紫苑さんの様子はどうだ?」
「経産婦なだけあって落ち着いていますよ。むしろこっちが教わる事ばかりです」
「はは、流石だな。そういえば聞いていなかったが、どこに向かっているんだ?」
「桃香様のお部屋ですよ。挨拶しませんと」
「雛里、何を抱えているんだ?」
「あ、焔耶さん。ほら、先生ですよ」
「ほう、よく出来ているじゃないか」
たまたま廊下を通りがかった焔耶に龍見人形を見せ付ける雛里。何も知らない者からすれば龍見人形は精密な人形にしか見えない。
「よう焔耶。調子はどうだ? ちゃんと肌を守れているか?」
「? 龍見? テレパスか?」
「いや目の前にいるだろ」
目の前の人形が喋っているという事実に気が付いた焔耶は数秒間完全に停止し、動き始めるとすぐに雛里から龍見人形を奪い取った。
「あっ! 私の!」
「お前のではないだろう! 久しぶりだな龍見。こんなに持ち運びやすくなってワタシは嬉しいぞ!」
「うん、喜んでもらえて、嬉しいけど………苦し………」
がっしりと胸の谷間に挟まれるように抱き抱えられた龍見人形は少しもがくものの、すぐに沈黙した。
「先生!!! 焔耶さん! 離してください!!」
「嫌だ!!」
「あ、あぁ、いだだだだだっ!!?!? 引っ張るな!! ち、千切れ」
ーーブチッ
「「「あっ………………」」」
ーーーーーーーーー
「災難でしたね、龍見さん」
「災難で済みませんよ。オレが人形じゃなかったら死んでますって。桃香さんからも厳しく言っておいて下さいよ」
焔耶と雛里に左右から引っ張られた龍見人形は両腕が引き千切れるという災難にあったものの、何とか自力で修復した。その間に騒ぎを聞き付けた愛紗が駆け付け、焔耶と雛里は自室に謹慎する事となった。
今龍見人形は桃香に連れられて蜀での挨拶回りの最中だ。皆最初は驚くものの、龍見の仕業だと分かるとある程度納得してもらえる。
「さ、紫苑さんの部屋に着きましたよ」
「ありがとうございます。はぁ、緊張するな………………」
「紫苑さん失礼しまーす」
「ちょぉっ!? 心の準備させて!!」
龍見人形の緊張などいざ知らず、桃香は紫苑の部屋へと入る。紫苑は璃々を膝に乗せて裁縫をしていたが、桃香の来訪を笑顔で迎え入れた。
「桃香様、どうなさいました?」
「突然ごめんなさい。ちょっと会ってもらいたい人がいるんです」
「それならば桃香様がわざわざご足労なさる必要もありませんのに」
「大切なお客様なんですよ。ね、龍見さん」
後は任せたとばかりに話し掛けられた龍見は気恥ずかしそうに頬を掻きながら紫苑に声を掛けた。
「お久しぶりです、紫苑さん。元気そうで何よりです」
「えっ………た、龍見さん? 随分と小さくなられて」
「おとうさん璃々よりちっちゃいね!」
「本体の代わりにこちらに滞在させてもらう人形ですから。本体がずっと傍にいるのが理想なんですけど、そうもいかないので、代わりにオレが術の指南したりする事になりました」
「ふふ、そうやって気遣いをしてもらえるだけでも嬉しいですよ」
「ねえおとうさん、あそぼ!」
「いいぞ。こんな格好だが、今日はいっぱい遊んでやる」
「やったー!!」
「良かったね璃々ちゃん。じゃあ私は退散しようかな」
家族団欒の時間を邪魔しないように気を使ってくれた桃香に感謝しつつ、その日は璃々が眠くなるまで時間いっぱい遊ぶのだった。
ーーーーーーーーー
魏に滞在している龍見人形は毎日忙しく過ごしていた。術の指南に勤しんだり、華琳の話し相手になったり、一刀の警羅に付き合ったりしているのだが、今日は一刀の剣術の稽古をつけてやっている。
「ほれ、腕が下がってきたぞ」
「いたた! 髪引っ張らないで下さいよ!」
「君の生存率を上げるためだ。まだまだ素振りはしてもらうぞ」
「うぅっ、スパルタだ………………」
「文句あるならオレより強くなるこった」
「おったおった。龍見の旦那! 例のものが完成したで!」
「でかした!」
龍見人形に頭をペチペチ叩かれながら素振りをする一刀の元に、何か細長い袋を抱えた真桜が駆け寄ってきた。
「真桜、なんだそれ?」
「龍見の旦那が考えた隊長への贈り物やで」
「開けてみ。魏の職人に頼んで回って漸く完成したんだ。良いものになっていると思うぞ」
「有り難く頂きます………………………………これ、日本刀ですか!?」
それなりに重量のある袋から取り出されたのは一振りの日本刀だった。この時代にはないはずの武器。柄も鍔も鞘も、当然刀身も一刀のよく知る日本刀そのものだ。
「振ってみなよ。これから一刀君の腰に携える愛刀になるんだ」
「は、はい」
手に掛かるしっかりとした重みは竹刀や木刀とは比べ物にならない。正眼に構え、基本に忠実に真っ直ぐに振り上げ、真っ直ぐに降り下ろす。それだけの動作だが一刀の体は震えた。
「怖いか?」
龍見人形に言い当てられ硬直する。一刀にとっては初めての、人を容易に殺せる武器。その重みがこれまでの訓練が人殺しのためのものであったのを実感させた。
「一刀君、それはもう鞘に閉まっておくといい。いつ使うかは君次第だけど、多用はしない方がいいぞ」
「………はい」
「よし」
声は小さいが力強い返答に龍見人形も満足したのか、一刀の頭をポンポンと叩いた。それが終わるのを待っていた真桜は龍見人形へと声を掛けた。
「なあ龍見の旦那。最近凪の寝起きが悪い気がするんやけど、少し見てやってくれへん?」
「そういえば最近やたらと眠そうだったな。貧血かもしれんし診察するか。一刀君、出発だ」
「あ、俺が動くんですね」
ーーーーーーーーー
「おぉ、黒のお兄さん、いいところにいましたね」
「ん? どうした風。悪いが術の鍛練ならまた後で」
凪を早く診察してやりたい龍見人形は風の話を聞く前に断りを入れるが、そうではないと風は首を横に振った。
「いえいえー、風の用事ではないのですよ。3日ほど前から稟ちゃんが全くと言っていいほどに鼻血を出さなくなってしまったのです」
「何だって!? 一大事じゃないか! 龍見さん、どうします?」
「確かに気になるな。風、動くのに支障なければ稟を連れてきてくれ。凪と一緒に診察する」
「わかりましたー」
小走りで去っていく風を見届け、まずは凪の診察をするため龍見人形を乗せた一刀は歩く。凪の部屋にやってくるとちょうど凪が部屋から出てきたところであった。しかしながらその目は非常に眠たそうだ。
「凪、おはよう」
「あ、隊長、おはようございます………旦那様も、おはようございます」
「おはよう。一先ず部屋に戻れ。少し健康診断だ」
「えっ………いえ私は至って健康ですが………」
「いいからいいから。健康ならそれでいいんだよ。もしもの為だ」
「旦那様がそう仰るのなら、よろしくお願いします」
凪を室内に戻して椅子に座らせると、龍見人形は凪の体に移動して診察を開始する。小さな体でちょこまかと動き回り、脈拍や心音、体温等の基本的な部分を診察していくが異常は見当たらない。ただ血圧が低かった。低血圧だったから最近寝起きが悪かったのだろう。
「ちゃんとご飯食べてるか?」
「あの、その、実は最近食欲がなくて………………時折吐き気もあります………………」
「おいおい、ちゃんと教えてくれないと駄目だろ。オレが信用ならないか?」
「そんな事はありません! ただ、ご迷惑を掛けたくなくて」
「こんなの迷惑でもなんでもないっての。次はもっと精密に調べるからな」
ーーコンコン
診察しようとした時にノック音が響いた。どうやら風が稟を連れてきたらしい。部屋に入ってきた稟は凪とは違って正常そうだ。
「あの、診察しろと風に言われたのですが。私は健康だと思います。最近なんてめっきり鼻血も出なくなりましたよ」
「鼻血出さないとか明らかに異常だろう。人間ってのは普段と違う症状があったらどっかしらに異常があるもんなの。ほれ、座れ」
「はぁ、わかりました」
「龍見さん、何かやりますか?」
「ん~、風と遊んでてくれ」
「えぇ………」
「およよ………」
続いて稟の診察に取り掛かる。やはりと言うべきか平常時よりも血圧が低い。ふとある可能性が頭をよぎり、術を使って精密に調べてみた龍見人形は少しすると無言で凪の診察に戻り、それもすぐに終わらせると二人の前に立った。
「あー、えー、何て言うか、二人とも同じ症状だ」
「稟殿と同じ?」
「まさか流行り病か何かですか?」
「落ち着いて聞いてほしい………………妊娠している」
「「えっ?」」
「やったじゃないか凪!!」
「おぉ、稟ちゃんおめでたですか」
一刀と風に祝われた二人だが、実感がないのか呆けた顔をしていた。
「責任は取る。二人が幸せになるように」
「旦那様! 今すぐみんなに報告に行きましょう!!」
「ちょい!? 何をいきなり掴んで、ぇえぇええええええぇぇぇぇ………………」
「ま、待ちなさい凪!! ずるいわよ!!」
龍見人形が非常に真面目に決意を伝えようとしたら、凪が龍見人形を鷲掴みにして部屋から飛び出していった。その後を追うように稟も走っていき、部屋には一刀と風が残された。
「お兄さん」
「なんだ風?」
「幸せそうで良かったですね。この調子でお兄さんも頑張って下さいね」
「あ、あははは………………」
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恋と恋歌の為に置いていかれた龍見人形は普段は恋と一緒に恋歌の世話をしているのだが、夜になると貂蝉と共に左慈の同行を探っていた。
「もう三日は徹夜してるわよぉ。大丈夫なのぉ?」
「魔力がある限り問題ない。自動(オート)人形(マタ)だからな。しかし見つからねぇな」
貂蝉か持ち込んだ世界地図にダウジングをしても一切の反応はない。それはつまりこの時代の地球上に左慈が存在しない事を示していた。別時代か、もしくは次元の狭間にでもいるのだろう。だからといって警戒は怠れない。常に見張っているという事を示す事が防衛となるのだ。
「龍見、お茶」
「恋? こんな時間に悪いな。頂くよ」
「ふぅ、龍見ちゃん、こっちも休憩するわよぉん」
「あいよ。お疲れ」
龍見人形用のお猪口に入ったお茶を一気に飲み干し、大きく溜め息を吐いた。
「龍見?」
「あ、いや………………何でもない訳じゃないんだが………………恋、オレが殺された夜を覚えているか?」
「うん」
「あの時使われたものはオレの時代の兵器だ。あれは偶々対人用だったが、もし対軍用の兵器でも使われたらと思うとな」
「勝てないの?」
「無理だ。指先一つで数万の命を奪うものだってある」
その言葉に恋は息を飲んだ。並みの兵のみなら自分でも万の軍を相手にしても何とかする事は可能だろう。だが指先一つでなど不可能だ。
「どう対策しても勝ち目は皆無だ。本当に厄介極まりない。だからもしそんな兵器を持った左慈と戦う事となればオレだけで戦う。そうすれば大量殺戮兵器をみんなに使われる事はないだろうからな。本体だってそう考えているはずだ」
「駄目! そんなの絶対、駄目」
「大丈夫。オレだって死ぬ気はねぇさ。それにもしもの話だ。今は貂蝉があいつらが兵器を使えないように対策しているらしい。オレもオレで対策は立てている。だから安心してくれ」
恋を安心させるために微笑み掛けた龍見人形は休憩を終えると再び左慈の同行を探り始めた。恋はそれを見ると邪魔をしないようにそっと出ていった。
「無理、しないで」
「ありがとう。愛してるよ」
「恋も」