ーーグウゥ~
「腹が………………減った」
目覚めの第一声がこれである。二日前謎の暴走をさせられた孫権を助けた龍見だが、それ以降気を失っていた。その事をぼんやりとだが思い出し、何故こうなったのか考える。
これまで死から復活した後は異常なまでの気だるさがあった。もしかしたらあれは警告だったのかもしれない。復活直後に動くと何かしらの反動があるという警告。今回はそれを無視して孫権の相手をしたためにあんな嘔吐をしたのかもしれない。如何せん龍見にとっても初めての経験のために可能性の考察をする他ない。
ーーガチャ
「………………」
「暗い顔しているな。そんなんじゃ綺麗な顔が台無しだぞ、孫権さん」
「ま、馬淵? 起きたの!? 体は大丈夫なの!?」
「腹減った以外には何も、っと」
へらへらと笑っている龍見の胸に大粒の涙を溜めた孫権が飛び込んできた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。私、わ、たひ………あなた、を、殺し」
「顔を上げて下さい。あれは孫権さんのせいじゃありませんよ。それに今こうしてオレは生きている。何も問題はありません」
「うん、うん………………」
「それよりお腹が空きました。何かこう、柔らかい食べ物はありませんかね?」
「待ってて、すぐに用意するわ」
急いで部屋を出ていった孫権を見届けて、龍見は置いてあった水に口を付ける。少しの時間何も考えずに過ごしていたが、今回の事を貂蝉に連絡しておこうと思い立ちテレパスを開始する。
『貂蝉、オレだ。報告がある』
『何かしらぁ?』
『寄生虫みたいのに操られた孫権に襲われた。まずあいつらの仕業だ。心当たりはあるか?』
『于吉ちゃんね。左慈ちゃんにそういうのを使うのを好んでいたもの』
『そうか。対処法はあるのか?』
『その寄生虫を殺す以外はないわねぇ。ただ細かい命令は出来ないはずたから簡単に倒せるはずよぉん』
貂蝉の言う通り直線的な動きだったからなそ勝利できたのだ。仮に複雑な動きをあの速度でやられようものならまず勝ち目はない。
『ま、そっちも気を付けてくれ』
『龍見ちゃんもねぇ』
テレパスが終わるとすぐに扉が開く。お粥を持った孫権、そして母である孫堅がそこに立っていた。
「目を覚ましたんだね。うちの娘を助けてくれてありがとよ」
「その程度お気になさらず。同盟国でしょう」
「そう簡単に済む話でもないさ。蓮華、それをさっさと馬淵に渡しな。馬淵、食いながらでいいから話を聞いてもらいたい」
「いいですよ」
「どうぞ、熱いから気を付けて」
「ありがとう、孫権さん」
出来立てのお粥を頬張る。シンプルな塩味だが、何もない胃には優しい。
「さて馬淵、まずこれからは呉の全員を真名で呼んでもらいたい」
「いいんですか?」
「蓮華は呉の次世代を担う一人だよ。命を掛けてまで蓮華を守った功績は真名を預ける理由として十分すぎる。受け取ってくれるな?」
「分かりました。丁重にお受けします。これからはオレの事も龍見と呼んで下さい」
「分かったよ龍見。それともう一つ。あんたほどの男はそういない。妖術を使いこなし、戦いだって無難にこなせる。頭の回転も悪くない。更には天の御使いという特別な存在。だからその血が是非とも呉に欲しいのさ」
「血………………まさか、子作りでもしろと?」
分かってるじゃないかという笑顔で頷く炎蓮に龍見は頭を抱えた。これまで何度も何度も女性を抱いてきた。子も孕ませた。そこには間違いなく愛情はあったし、後悔などしてはいない。しかしいつも恋への後ろめたさだけはあった。だからこそ恋愛感情が生まれた時のみそういう関係になるようにしていたのだ。今回は違う。命令に近いものだ。なので炎蓮の申し出を受けるつもりはなかった。
「申し訳ありませんがお断りします」
「ほう、よく言い切ったな。理由ぐらいは聞いておこうか」
「オレの我が儘ですよ。子作りは愛し合った者同士でやるものです。国の発展のために子作りをしたくはありません」
「………………ふふ、あははははははっ!!! ま、まるで生娘じゃないか!!」
「母様!! 失礼ですよ!!」
「い、いやごめんよ。でも龍見の言う通りだったよ。少し国の事を考えすぎて個人の事を考えてる余裕がなかったよ。いやいや本当に悪かった。まだ体調も戻ってないだろうからゆっくり休んでくれ」
まだ笑いが止まらないのか肩を震わせながら出ていこうとしたところで何かを思い返したかのように振り返った。
「そうそう、愛し合った者同士でならいいって言ったよね。これから呉の総力を持ってあんたを落としにかかるから覚悟するんだよ」
「………………いやいやいや!! 恋愛ってそういうもんじゃないですし!! 結局何にも分かってないんじゃ」
ーーバタンッ
「………行ってしまった」
「ごめんなさい、龍見。母様は昔からああで」
「いや孫、蓮華さんは悪くないよ。うん」
「ありがとう。あ、さん付けは止めてもらってもいい?」
「なら呼び捨てにするよ」
黙々とお粥を貪る龍見を蓮華は何かするわけでもなく見つめていた。やがて龍見もそれが気になったのか、声を掛けてみる。
「えっと、何かオレの顔に付いているか?」
「き、気になったならごめんなさい。ただ美味しそうに食べてくれているのが嬉しくて」
「もしかしてこれ作ったの蓮華なのか? かなり旨いよ。普段から料理はするのか?」
「ええ………………龍見、知りたいのだけれど、どうやって私を止めたの?」
「あの時の事か。なかなか理解してもらうのは難しいと思うが、あれは電気を使ったんだ」
筋肉には微弱ながら電流が流れており、それで肉体を動かしている。今回龍見はそれよりも強い電気で肉体を支配したのだ。あの時蓮華の肉体に寄生虫が巣くっていたのは殺される直前、蓮華を押し倒した時に調べた。寄生虫は神経を支配していたが、神経から流される電流よりも龍見の流した電流の方がより強いので上書きが可能だった。その時同時に寄生虫の肉体も支配し、表に引っ張り出してもいた。
「なんだか凄いのね」
「はは、そうだな。凄い事かもしれん」
「私も妖術を覚えたら今回みたいにならないように身を守れるのかしら………………」
「それは分からないとしか言えないな。でも覚えたかったらいつでもオレのところに来てくれればいいよ」
「そう、ありがとう………………あ、どうやって生き返ったのかも訊いてもいい?」
「そっちは秘密だよ。聞かれたら大変だからな」
「そうよね。ごめんなさい。気が利かなかったわ………………ねぇ、龍見」
「どうし」
ーーチュッ
唇に感じたとても柔らかで湿った感覚。目の前にある蓮華の顔を見て、どこか他人事のように自分は口付けされているんだな、と龍見は考えていた。
「ま、またお見舞いに来るから!!」
ーーバタンッ
顔を真っ赤にしながら逃げるように出ていった蓮華の姿を見て、龍見は困ったように頬を掻いた。
「………………………………まさか、こんな事になるなんてな」
龍見は自分を愛してくれる相手を同様に愛そうと決めた。だが今回の蓮華の気持ちは吊り橋効果から来た一時的なものだろう。もちろんここから本物の愛に発展する可能性はある。だが今すぐに蓮華の気持ちに応える事は出来なかった。
「願わくば冷静になってもらいたいもんだ」
「何ぼやいてるの?」
「ぬおっ!? 孫尚香ちゃん! いつの間に?」
「お姉ちゃんが部屋から飛び出していってすぐだよ。それより、シャオって呼んでよね、龍見」
「あ、すまん。シャオちゃんもお見舞いか?」
「うん! ねぇねぇ、座っていい?」
「ああ、いいとも」
「お邪魔しまーす」
さも平然と膝の上に座る小蓮。そして龍見も当然のように受け入れて頭を撫でている。
「シャオだってすっごく心配したんだからね! だから今日はずっと一緒だよ!」
「参ったなこりゃ。仕方ない、お姫様の言う事には従いますよ」
そう軽く言ってしまったのが運の尽き。本当に一日中居座られ、寝る時ですら同じ寝床で寝る事となってしまった。
ーーーーーーーーー
深夜、小蓮と寝ていた龍見がふと目を覚ます。襲撃にあって間もないため探知用の結界を張っていたのだが、それに誰かが引っ掛かったらしい。
(誰か入ってきたな。左慈達って感じでもねぇ)
薄目で誰が入ってくるのか確認したところ、どうやら炎蓮だったようだ。誰かが変装していたりする様子もない。ただネグリジェのような薄い寝間着を着た姿はなかなか股間に悪かった。
炎蓮は静かに龍見の横まで歩いてくると耳元でそっと囁いた。
「まだ起きてるなんて悪い子だね」
「貴女が来たから起きただけですよ。こんな時間にどうしました?」
龍見のいた時代とは違い、この時間に起きて活動する人などほぼいない。そんな時間にわざわざ一人でやってくるのだ。何かあったのではないかと龍見は考えた。
「こんな時間にやる事なんて一つだよ」
「すみません。検討もつかないのですが」
「こういう事は鈍感なんだね。ならはっきりと伝えておくよ。夜這いしに来たよ」
流れに身を任せた結果がこれだよ