「はい、というわけでこの錬金結果はこのようになります」
手作りの黒板に術式を書き連ねる。本来真っ先にやるべき術の指南だったが、陸遜こと穏の特殊性癖のお陰で指南書が無駄となり、黒板を作るまで時間が掛かってしまった。幸いな事に黒板では穏の特殊性癖は発動しなかった。
主に術の指南を受けているのは周瑜こと冥琳、呂蒙こと亞莎、そして穏と蓮華だ。全員が自主的に受けているだけあって意欲は高い。最も成績がいいのは穏だ。性欲さえなんとかなれば優秀な生徒である。
「では次は………………いや、今日はもう終わりにしようか。何か質問があれば後で個人的に頼む」
指南を続けようとした龍見だったが、何かを思い出したかのように唐突に打ち切った。いつもなら一人一人の質問にもこの場で答えているので、何があったのか亞莎は尋ねてみることにした。
「龍見さん、何か大切な用事でもありましたか?」
「ああ、実は少しお呼ばれしていてな。早めに行かないと怒られないかねないんだ」
お猪口を傾ける動作に全員が諦めたような顔をして納得した。呼び出したのは間違いなく黄蓋、祭だ。真昼から酒を呑むのは彼女くらいなもの。炎蓮や雪蓮も誘われれば参加はするが、自主的に昼から呑もうとはしない。
「あ、冥琳も連れてくるよう言われてるんだった。雪蓮からの誘いだが、どうする?」
「………………はぁ、大方歯止め役だろうが付き合おう」
「はは、お疲れ様」
ーーガシャンッ
「うわっ!?」
喋りながら片付けをしていた龍見の手から教材が滑り落ちる。手に違和感があったので確認をすると僅かながらに震えていた。痺れなどがあるわけでもなく、何かの術の気配もない。
「大丈夫?」
「………いやわかんねぇ。悪いけど蓮華、これ部屋まで運ぶの手伝ってくれないか?」
「私も手伝いましょうかぁ?」
「「穏は駄目!」」
「れ、蓮華さまも龍見さんも酷いですよ」
「だって穏がオレの部屋の本を隠れて読んだら大変だろ」
「そういう事よ。そんなに量はないから安心しなさい」
落ち込む穏を尻目に教材を運ぶ龍見と蓮華。その間も龍見は何度か物を落としそうになり、流石に蓮華も心配になってきた。
「今日は休んだ方がいいわよ。祭には私から伝えておくから」
「いや、体調の問題じゃないんだ。たぶん精神に問題がある」
「なら尚更休むべきじゃないの?」
「原因が分からない以上休んでも意味ねぇさ。でもこの感覚、どこかで覚えがあるんだが………………」
思い出そうにも記憶が拒絶しているかのように思い出せない。まあ思い出せない以上仕方ないと諦めた龍見は教材を片付けると誘われていた酒場へと向かった。心配な蓮華はそのまま付いてきている。
「全く、体の調子が悪いのに昼間から呑むなんて」
「酒は百薬の長だ。ちょっとくらいなら問題ないさ」
「祭達と一緒に呑んでちょっとで済むと思う?」
「ははは、思ってません………………おっ、なんか震えが強くなってきた」
酒場の近くまで来ると先程までの手の震えも大きくなり、龍見は首をかしげた、明らかに酒場に何かあるのだろうが、それが何かはさっぱり分からない。
「ここか。お邪魔しまーす」
中が覗ける程度まで扉を開けた龍見は即座に扉を閉めた。凄まじいまでの冷や汗を流している。
「な、何があったの!?」
「震えの正体が、分かった。少し避難する!!」
走り去っていく龍見。蓮華はおそるおそる酒場の中を覗き見る。そこには炎蓮、祭、雪蓮、そして先に来ていた冥琳の他に、筋骨隆々としながらも白いビキニと小さい紳士服のような上着を着た男、そして胸と局部を僅かに隠した鎧、俗に言うビキニアーマーを着た金髪ポニーテールの女が居た。後者二人に見覚えがない蓮華は間違いなく男が震えの原因だと判断した。あんな気持ちの悪い男など見た事がないのだから。
しかしながらその予想は外れる事となる。ポニーテールの女が蓮華の方を向き立ち上がる。そして次の瞬間、女の姿が消え、蓮華に突風が襲いかかった。
「きゃあっ!?」
店内からの風、そして消えた女。直感的に高速で移動した女が蓮華の横を通りすぎたのだと理解した。女が何故消えたのかもすぐに理解する事となる。
「もー、坊やったら逃げちゃダーメ♪」
「は、離してください!! それに坊やって呼ばないでくださいよ!! は、恥ずかしい………………」
「恥ずかしがってる坊やも可愛いんだから~♪」
女が戻ってきた。それも相当遠くまで逃げたはずの龍見をお姫様だっこしながらだ。意味の分からない光景に呆然とする蓮華に女は微笑みかけた。
「貴女も一緒に呑みましょ♪」
その顔はあまりにも美しく、同じ女性である蓮華が見惚れてしまうほどであった。龍見が抱えられていなかったらさぞや絵になったろう。
「なんだい龍見。女に抱えられるなんて情けないねぇ」
「そう言ってやるな炎蓮。この女が只者ではないのは気付いておったろう。ま、男として情けないのは同意じゃがな」
炎蓮と祭の言葉に何も反論出来ない龍見は顔を真っ赤にしながら俯いていた。
「良いではないか。話に聞いていたよりもずっと愛らしい男子(おのこ)で儂の心はキュンキュンしておるぞ」
「あんた、貂蝉の師匠だな」
「如何にも。儂が貂蝉の師、卑弥呼である」
「ほう、卑弥呼とはまた大層な」
「なんじゃ龍見、その筋肉達磨と知り合いか?」
「知り合いの知り合いですよ祭さん。んで、オレに用事があるんだろう」
卑弥呼は神妙そうな顔をして頷く。龍見もいい予感がしないのかその顔は暗い。これが変質者と女に抱えられている男でなければもっと絵になったろう。
「左慈は于吉をも喰らい更なる力を得ておる」
「于吉を喰った? まさか、魂魄喰いか!? この世界に火器を持ち込む事といい、とことん禁忌に手を出す野郎だな」
魂魄喰い。文字通り人の魂を取り込む禁呪だ。魂というものは術の素質がない一般人でも高純度の魔力の塊であり、それを喰えば当然強力な力を得る事も可能となる。更にその魂の持つ記憶や技術をそのまま手に入れる事が出来る。しかしリスクも大きく、人を形成するものである魂は喰った術者の体内に残り続け、術者の人格を徐々に侵食していく。これは止める事は不可能であり、並みの術者なら一週間もせずに発狂してしまう。
龍見も一度だけこれを使用した者に会った事があるものの、とても目も当てられないほどに狂っていた。
「うむ。それもあって管理者すらも手を出せぬ状態じゃ」
「あいつの精神力ならかなり持ちそうだけど、近いうちに攻めてくるかもしれないな」
「ねぇねぇ坊や。ワタシが倒してきてあげよっか?」
「結構です。てかいい加減離してくださいよ」
「いーや!」
「龍見、その人は誰か紹介してよ」
「ん、この方は………ってか雪蓮、お前名前も知らない人と一緒に呑んでたのかよ」
「よくあることよ」
「さいですか。えっとこの方はパラス・アテナ様。戦の神様であられる。まあ戦い以外にも芸術とか幅広い分野の神様でもあるんだけどな」
「そして何より坊やのママでーす! ぶいっ!」
全員何も言えなかった。神とはもっと威厳のあるものだという常識があったから、こんな軽い感じで現世に降り立つなど考えてもいなかったからだ。ただ先程龍見を捕まえた動きやその美貌は間違いなく人のそれではない。
「あ、あの、神様」
「アテナさん、でいいわよ」
「えっ、あ、分かりました。ならアテナさん。まま、って何でしょう?」
聞き覚えのない単語を訪ねてみる蓮華。それを聞いたアテナはポンッと手を叩いた。龍見を抱きながら器用なものである。
「そういえばこっちでママって言っても分からないわよね。ママっていうのはお母さんって意味よ」
『へぇ~………………………えぇっ!!?!?』
「みんな安心してくれ。アテナ様が勝手に言っているだけだ」
「あ~ん、坊やひどーい」
龍見はすぐに否定したものの、炎蓮達からすればあながち嘘にも思えなかった。術だけならまだしも神を喚べるほどの力。まともな人間では持ち得ないものだが、神の子という理由ならまだ納得出来るというものだ。
「苦手だし怖いんだよこの方。やってくると体が震える」
「先程の震えはそれが原因か」
「昔は毎日ママ~ママ~って抱きついてきてくれたのにぃ」
「昔はもっと威厳があって真面目だったのになぁ。それにママって言っていたのはそうしないと拗ねるからですよ。今は通じませんからね」
「むぅー!」
「龍見はこれの何が怖いんだい?」
炎蓮がアテナの頭をポンポンと叩きながら尋ねる。過去は威厳があったのかもしれないが、今はとてもではないが恐ろしさなど欠片もない。それでも龍見は体を震わせている。
「だってよ、アテナ様は油断したら襲ってくるんだぜ。性的な意味で」
「………………は?」
「始まりは七歳の頃だった………………」
遠い目をして語り始める龍見。添い寝していたら無理矢理精通をさせられそうになり、精通したらしたで無理矢理犯されそうになり、もうやらないと約束したのに足コキで射精させられそうになったりもした。アテナには脚に掛かった精液から生命が生まれた伝説があるため、彼女に精液を与える事が危険と知らなければ大変な事になっていたかもしれない。
「ふふ………今でも震えるさ」
「た、大変じゃな」
「そもそも処女神なのに積極的に処女を散らそうとするってどうなんだよ」
「いい歳して処女とか恥ずかしいじゃない」
「神様が歳とか考えなくてもいいんですよ。よっと」
アテナから離れた龍見は注がれていた盃を手に取ると一気に呑み干す。まだ足りないのか酒壺から酒を掬い出すとまた酒を呑む。
「おや意外といけるんだ。ほらもう一杯どう?」
「すまんな雪蓮」
「そういえば坊や。ママ、坊やが結婚して子作りまでしたって聞いたんだけど~。ママに黙って何してるのかなぁ~?」
じわりと殺気が漏れ出す。アテナが嫉妬深いところがあるのを思い出したが、流石に愛する坊やを本気で殺すつもりなどないだろう。しかし宴の場でこれは相応しくない。覚悟を決めた龍見は潤んだ瞳でアテナを見つめた。
「………………ママ、怒ってるの? ボク悪い子なの?」
「………………………………ごめんね坊やぁっ!!! ママが悪い人だったわぁ!!! ね、大丈夫、ママは怒ってないから泣かないで。あ、パイパイミルク飲む?」
「ママ………………帰宅の時間ですよ」
「えっ? いたっ!?!?」
突然引っ張られるアテナのポニーテール。気配なく行われた行為に驚きながらも怒気を露にして振り返る。
「誰よ!! いくら温厚なワタシでも怒るわよ!!」
『我だ』
「………………あ、あら~、ハデスのおじ様、ご機嫌麗しゅう? あ、相変わらず素敵な死臭ですこと。おほほほほ………………」
そこにあったのは暗闇。そしてそこから伸びる手。姿は明確には分からないが、ハデスがそこにいた。
「ぼ、坊やったらいつの間に詠唱も無しに神様を喚べるようになったのかしら?」
「喚んでませんよ。ただ現状を伝えただけです」
『アテナよ。いつも龍見には迷惑を掛けるなと言っているであろう。折檻だ。来い』
「い、嫌あぁぁぁぁッッ!!! 冥府なんてじめじめした暗いところなんて行きたくないぃぃぃぃ!!! 助けて坊やっっ!!!」
「ママ頑張って! ボク応援してるよ!」
「がんばりゅぅぅぅぅぅっっ!!!! ってしまったぁぁぁ………………………………」
あっさりと暗闇に呑み込まれていったアテナに手を振り、龍見はまた一杯酒を呑んだ。
「はぁ、疲れた」
「プッ、アハハハハハハ!! な、何よさっきの、ボク悪い子なの? って! お、お腹痛い………!」
「く、ふふふ、雪蓮、わ、笑いすぎだ。くくっ」
「ははは! 龍見もあんな声が出せるんじゃな!!」
「可愛いところもあるじゃないか! あいつの乳は吸えなかったし、代わりに私のものでも吸うか? ん?」
「た、たつ、み、ごめんなさい………………私も、おかしくって………ふふ」
「………………お前ら」
「致し方なし! 呑んで忘れるのが一番じゃぞ!」
「近くで叫ぶな卑弥呼! うっせぇんだよ!! チッ、こうなったら呑んで呑んで呑み明かしてやる!!!」
ーーーーーーーーー
数時間が経ち、ほぼ全員が酔い潰れた頃に卑弥呼は店を出た。その顔にはある種の覚悟が滲み出ている。
「どこに向かうつもりだ?」
「起きておったのか龍見よ。どこに向かうかなど分かっておるじゃろ」
「左慈のところか………………まあはっきりと言っておこう。死ぬぞ」
「覚悟の上よ」
今の左慈に挑めば間違いなく死ぬ。そして喰われるだろう。だが喰われたとしても魂だけで対抗するのは不可能ではない。左慈が完全に廃人となればこの世界は救われるのだ。
「阿呆だな、お前」
「何?」
「お前がやろうとしているのは敵の強化だ。左慈はきっとお前を喰ったらすぐに攻めてくるぞ。第一お前が居なくなるとこっちが困る」
「………………困る? 龍見がか?」
「ああそうさ。この世界をある意味知り尽くしているのはお前だ。貴重な情報源に死なれたら困る。左慈の居場所とかも分かるのはお前だけだろ。それに左慈ぶっ倒してからもこの世界の管理を顔も知らねぇ管理者や貂蝉だけに任せるのは不安だ」
龍見は卑弥呼へ近付いていき拳を突き出した。
「この先まだまだ働いてもらう事が山ほどあるんだ。犬死には許されねぇぞ」
「ふっ、そうかそうか儂はまだ働かねばならぬか」
卑弥呼は龍見の気持ちに応えるように拳と拳をぶつけた。
「貂蝉のところへ行け。今オレの自動(オート)人形(マタ)と左慈対策を立てているはずだ」
「うむ。しかしお主は本当に良い男子よの。だぁりんと」
「呼ぶなキモい殺すぞ」
原典のアテナファンの皆様には土下座を。どうしてこうなったかなほんとね。
では出ないであろう裏組織設定に参ります。
妖魔連合
本部は岩手。昔から陰陽連盟とは敵対関係だったものの、党首が変わってからは一転して友好関係にある。表向きにはヨウマートというスーパーマーケットを経営。地元密着型であり、大型店舗にも負けない品揃えと安さで人気。
昔は過激派と穏健派に分かれており、過激派が多数を占めていた。その過激派が全国制覇に乗り出した時に当時不良だった龍見の怒りを買って壊滅。穏健派が新たな妖魔連合を作り出した。
党首は河童の川島流一(48)。妖怪にしては若い。
昔の妖魔連合はヤクザ染みていたものの、川島が党首になってからは妖怪の役所のような形になっている。