「朝っぱらから呼び出しちまってすまないね」
「構いませんよ炎蓮さん。ある程度の頼みなら聞くのも契約のうちですし。それで用件を聞かせてください」
「あー、うん、それか」
炎蓮にしては珍しく歯切れが悪い。やましい事があったというよりも、頼みづらいといった印象を受ける。
「面倒事を頼む事になるんだけどいいかい?」
「ものにもよりますけど………」
「今日袁術が来るんだけど、目的はあんたの術見たさみたいでさ。同盟関係だった事もあって断りづらくてね。悪いけど相手してやってくれないかい?」
「袁術………………って誰でしたっけ?」
「会ったことないのか? 言うなれば小さい袁紹ってとこかね」
「うわぁ………………」
袁紹にはいい思い出のない龍見は思わず苦い顔をする。何せ信頼する神様の術が効かなかった事がある相手だ。ある意味最強の敵とも言える。
「ま、いいか。死ぬようなことはないでしょうし、一度なら死んでも平気ですしね」
「助かった! もう袁術は部屋に通してあるから頼んだよ!」
「もう!?」
ーーーーーーーーー
袁術がいると聞かされている部屋の前には見慣れない兵が数人いた。袁術軍の兵と思わしき彼らに軽く挨拶をしてから部屋の扉を開けてもらう。
「袁術様! 馬淵龍見が到着しました!」
「入れるがよい」
「はっ! 馬淵龍見、入れ」
「はいはい」
随分と偉そうな言葉遣いの少女の声が聞こえた。あの袁紹が小さくなったのだから当然と言えば当然なのだが、龍見は何か袁紹との違いのようなものを感じていた。
部屋には二人の女性がいた。一人は金髪のまだ幼い少女。こちらが袁術だろう。そして御付きなのか青髪に小さな帽子を乗せた女性が隣にいた。
「初めまして、でいいかな?」
「お主が馬淵龍見じゃな。聞いていたよりも弱々しいのじゃ。妾がわざわざ来たのだから楽しませなければ大変じゃぞ!」
「具体的に何が大変なのかな?」
「えっ………………うーんうーん………………め、名家たる妾を怒らせるととにかく大変なのじゃ!!」
「そうですよ! お嬢様の語彙の無さでは表現できないくらいに大変なんですよ!」
「くく、そりゃ怖い」
「どうじゃ怖いじゃろ!!」
褒められてはいないのにない胸を張る袁術。子供ゆえの無知さを垣間見て龍見は思わず笑ってしまう。そして御付き女性はかなり辛辣だ。しかもそれを悪意なく行っている。
「んで君は誰だ?」
「私は大将軍の張勲です!」
こちらは立派な胸を張って自己紹介をする。大将軍といえばかなりの役職ではあるはずだが、そんな威厳も力も感じられない。凡百の兵よりは少し上といった感じの技量か。
「それよりも早く術を見せい! 妾はそれだけが楽しみで来たのじゃ!」
「そうは言われてもな。派手なのが見たいなら火でも吹こうか?」
「危ないじゃろ! 非常識じゃな!」
「そうですよ。馬鹿ですか?」
「えぇ………………」
まさかこの手の人物から正論が飛んでくるとは思わずに困惑してしまう。当然龍見も室内が燃えるような火力を出すつもりもなければ、そもそも魔力の火なので消そうと思えばすぐに消せる。
「あー、そっか。魔力だからあれが出来たな」
「むっ、なんじゃ? 楽しいのか?」
「普段絶対に見れないものではある」
龍見が少し手を動かすとそこに水の玉が出現する。更に龍見は指先に小さな火の玉を作り出した。一瞬袁術が体を硬直させるが、とても何かに引火するような火種ではないのでホッとする。
「よーく見とけ」
火の玉をそっと水の中へと入れていく。本来消えてしまうはずの火は水中でも燃え盛り水を蒸発させていくが、蒸発した水蒸気は再び集まって火を包み込む。
「おおっ! 七乃! 水の中で火が消えておらんぞ!!」
「ほぇー、不思議ですね」
「魔力の火だからな。オレが魔力供給を止めない限りは燃え続けるさ。更にこんな事も可能だ」
蒸発し続けていた水の様子が徐々に変化していく。外が白くなっていったかと思うと、内に向かってどんどんと氷始めた。最後まで氷となったが、内部の火は以前灯ったままだ。
「触ってみるかい?」
「あ、熱くないかの?」
「周りは氷だ。むしろ冷たいよ」
「お、おぉ、ひんやりしておるのじゃ」
「かっちかちですね。中の火がとても綺麗です」
「ありがとう。術ってのはこういうお遊びでも使えるんだ」
「まだ何か出来るのか? 見たいのじゃ!!」
「はいよ。お嬢様の仰せのままに」
ーーーーーーーーー
あれから数時間。龍見は朝食も昼食も休憩すらなく術を見せ続けていた。それはまだいい。龍見が本気で研究をした時の最高記録は飲まず食わずで二日間だ。だが今回は独りぼっちでの研究ではない。
「馬淵! 次は空を飛ぶのじゃ!!」
「浮くのなら、出来るけどなぁ」
「美羽様のお願いが聞けないのですか?」
「人間、可能と不可能が、ある………………」
子供の我が儘に付き合わされて数時間というのはかなりの体力を消耗するし、普段使わない術による魔力消費も馬鹿にならない。
「仕方ないのじゃ。表に出るぞ!」
「外で何を?」
「虎に乗りたい! 虎になるのじゃ!」
「まあ、変化なら………………」
変化で子供を背中に乗せる。変則的だがお馬さんごっこだろうと安易に考えた。この考えが間違いだった。外へ連れ出された龍見がやってきたのは街道。街のど真ん中だ。
「………………ここで変化を?」
「そうじゃ!」
「………分かったよ。変化」
要望通りに虎に変化する。変化は見た目を変えるだけ。着ぐるみのようなものである。そんな龍見の背中へ袁術は思いっきり飛び乗った。
「うっ………」
「見ろ七乃! 江東で虎を制したのじゃ!」
「流石です美羽様!」
いくら子供の体重とはいえ、背中で跳ね回られると生身には相当辛い。肉体に強化の魔術を掛けて何とかやり過ごす。
「走るのじゃ!」
「はいはい」
「むー、遅い………………そうじゃ! 七乃、鞭を出すのじゃ!」
「はいこちらに」
「えっ? いやおい!! それはやめ………」
ーースパァンッ
「う"っ、ぐぉっ!?」
馬用の鞭による打撃は人間には凄まじい痛みだった。強化を施していなければ皮膚が裂けて、血が噴き出していたかもしれない。
唐突な痛みに龍見は思わず変化を解いて倒れてしまう。背中の袁術はすぐに降りると心配そうに龍見に声をかける。
「す、すまぬ。やり過ぎたのじゃ。すぐに誰か」
「どいて!!」
「ふにゃっ!?」
袁術を押し退けて龍見に寄り添うように近付いてきたのは小蓮だ。
「し、小蓮ちゃん? なんでここに?」
「外に行くのを見たから気になって付いてきたの! まさかこんな事になるなんて………………大丈夫? 動けなかったらお医者さん呼ぶよ」
「いや、ヒーリングはしたから動くのに問題はないよ」
「そっか。良かった。ちょっとあんた!!!」
「ひっ、な、何なのじゃ! 名家たる妾に怒鳴り付けるとは何事じゃ!!」
「うっさい!! 何が名家よ!! 家柄が良ければ人を傷つけてもいいって言うつもり!?」
「そ、そんな事は………………」
「どうせお金で何でも解決してきたんでしょ! お金さえあれば何でも「うるさいっっ!!!!」っ!? 何よいきなり!?」
「うるさいうるさいうるさい!!! お前に、妾の何が分かる!! 馬鹿ぁっ!!!!」
「お嬢様!? お待ちください!!!」
突然鬼気迫る勢いで叫んだ袁術はそのまま走り去っていった。進んだ先は入り組んだ小道。張勲はすぐに追い掛けたものの、見失ってしまう。
怒鳴っていた側だったのに突然怒鳴られた小蓮は驚いて動けず、残された龍見は痛みも癒えたのか立ち上がった。
「小蓮ちゃん」
「龍見、もう大丈夫なの?」
「ああ。小蓮ちゃん、君に言っておかないといけない事がある。助けてくれたのはとても嬉しかったよ。でもね、人を傷付けるような事を言っちゃ駄目だ」
「で、でもそれはあいつが龍見を」
「確かに袁術ちゃんが大元の原因だ。そこは否定しない。小蓮ちゃんの人を助けたかったという気持ちも大切なものだ。だから人を助ける過程で他の人を傷付けたら駄目なんだ。誰かが助かっても別の誰かが傷付いたら本末転倒だろ」
「言ってる事は、分かるけど………………やっぱり許せないよ。大切な人を傷つけられたんだもん!」
その言葉に龍見はにっこりと笑って小蓮の頭を撫でた。
「その言葉だけで十分オレは癒えたよ。さ、袁術ちゃんを探しに行こう」
「あんなの放っておいてもいいのに」
「あの子にはあの子なりの事情があるようだ。さっきの叫びで何となくそれが見えた。もし、袁術ちゃんが謝ったら許してあげてほしい。それと友達になってくれたら最高かな。あの子はきっと友達が出来たことがないだろうし」
袁術を追い掛けるため走り出そうとした龍見の服が引っ張られる。
「………………私も行く」
「了解した。結構速く走るから落ちないように気を付けるんだよ」
小蓮をおんぶして走り出す。気も魔力も皆無な袁術を捜すにはしらみ潰しに走り回るしかない。龍見は脚に魔力を回すと速度を上げて駆け回った。
ーーーーーーーーー
時間は経ち、空には月が昇っていた。何処とも知れない場所をとぼとぼと歩く袁術の背中に覇気はない。やがて歩き疲れたのか道の突き当たりに座り込む。
彼女は幼い頃に両親を亡くした。残されたのは大量の遺産。多くの大人がそれを目当てに彼女へと近付いた。幼子ながらそれに気が付いた袁術は必死に遺産を守った。誰よりも尊大に、全てを見下す事によってなんとか優位に立とうとし続けた。多少ならば金もばらまいて周りを黙らせた。
「あやつの言う通りじゃな。金さえあれば何でも………………」
信用できる大人などいない。全てが敵だった。それは今でも変わる事がない。ただ張勲だけは少し違った。常に袁術のために動き、袁術を喜ばせようと傍に立ち続ける。彼女の目的は分からないが、それでも相当世話にはなった。思えば大将軍という称号を与えてからはろくに褒美も与えていない気がする。
「………………」
袁術は一本の懐刀を取り出す。張勲がもしものためにと持たせてくれたものだ。
「もう、疲れたのじゃ。今、妾が死ねば国も金も七乃のもの。喜ぶかの………」
そっと鞘を外して刀身を見つめる。命を奪うには十分な代物だ。懐刀をしっかりと握り締めた袁術はそれ自身の首へと突き立てた。鋭い痛みが走る。更に力を込めれば喉を貫くだろう。
「さよならじゃ七乃。最後の褒美、有効に使うのじゃぞ」
目を閉じてグッと力を込める。痛みはない。死とはこうも軽いものかとどこか抜けた考えをして目を開ける。そこにあったのは刀身を握り締めた血塗れの手。そして泣きそうな張勲の顔だった。
「な、なの?」
「美羽様のばかぁ!! 何をしているんですか!!」
「ば、馬鹿とはなんじゃ!! 第一、何故妾を助けておるのじゃ………………妾が死ねば全てが大将軍である七乃の」
「美羽様、七乃が欲しいのは名誉でもお金でもないんです。美羽様の笑顔だけが欲しいんです。美羽様が死んだらもう手に入らないんですよ」
「七乃………………?」
「死なないでください。ずっと一緒に悪いことして、周りを困らせて、笑って過ごしましょう。ね?」
「笑うのはいいが、悪いことすんなよ馬鹿共」
「馬淵、お主まで………………」
少し遅れてきた龍見が懐刀を取り上げる。そして袁術の首に付いた刺傷と張勲の手をヒーリングで癒していく。
「良かったな袁術ちゃん。金じゃ買えない大切な人がいて」
「私と美羽様の間に空気も読まずに割り込んだ上によくもまあそんな臭い台詞を言えたものですね」
「おっ? なんだ張勲はもう治療は必要ないのか」
「続けてくださいお願いします。痛いんです」
「………………ふふっ、お主らは愉快じゃな」
「ねぇ袁術、ごめんなさい」
「孫尚香? 何故謝る?」
「だって貴女を傷付けたでしょ。龍見を傷つけられて許せなかったけど、だからって貴女を傷つけていいってわけじゃないって龍見から教わったの」
「ならば悪いのは妾の方じゃ。お主の大切な人を傷付けてしまってごめんなさいなのじゃ」
双方が頭を下げている姿を見て、張勲は少し驚いていた。袁術が頭を下げる事姿を見るのは初めてだったし、こんなに素直になるのも滅多にない。
「馬淵さん、貴方のおかげで美羽様の違う面が見れた気がします」
「そうか? 子供ってのはあんくらい素直なもんだ。これまでの袁術ちゃんが気を張りすぎてただけだよ」
「袁術、良かったら友達にならない?」
「と、友達? 妾でいいのか?」
「うん。袁術って友達いなさそうだから、私が最初の友達になってあげるよ」
「余計なお世話じゃ!! お主こそ友達がおらぬからわざわざそんな事を言うのじゃろう。仕方がないから友達になってやらなくもないぞ」
「言ったなー!!」
じゃれあう二人の姿に龍見も張勲も微笑みながら眺めている。特に龍見は娘が成長した姿を思い描いてニヤケ顔が酷い。
「さ、仲良くなったところでそろそろ帰ろうか。時間も遅いからね」
「はーい!」
「馬淵、昼間の無礼を許してもらいたい」
「気にする事はないよ。オレもいい勉強になったよ」
「そうかの? ふふん、なら良かったのじゃ。だが無礼は無礼。謝罪というわけではないが、妾の真名を受け取ってもらいたい。当然孫尚香もじゃ」
「なら私の真名も預けるからね。よろしく美羽」
「オレは好きに呼んでもらって構わないよ」
「では兄上と」
「何ゆえ?」
「あ、今の何ゆえと兄上を掛けた洒落ですか? だとしたらつまらな、いたたたたっ!!? う、腕はそっちに曲がりません!!」
くだらない事を言っている張勲の腕を締め上げて黙らせる。美羽は特に気にしていないらしく理由を述べた。
「兄上が欲しかったからじゃ」
「成る程、分かりやすくて結構。まあ好きに呼べと言ったのはオレだからな。好きにしてくれていいよ」
「ま、まぶ、ちさん………………もう限界」
「おー、すまんすまん。忘れてた」
「あー痛かった。なんという外道でしょう。まあそこは置いておいて、美羽様が真名を預けられるならば私の真名も預けないわけにはいきません。七乃です。今後ともよろしくお願いしますね」
「よろしくね!」
「よろしく頼む」
その後十日に渡って美羽と七乃は呉に滞在した。本来二日だったらしいが、美羽がどうしてもという事で長期の滞在となったようだ。しかしその長期滞在が彼女らに問題を与える事となる。それは別れの日の朝の出来事であった。
「楽しかったのじゃ! 兄上、小蓮、今度は我が国に来てくれ。歓迎するのじゃ!」
「いやぁ、十日ってあっという間でしたね」
「こんなに国を空けて大丈夫なのか?」
「心配無用! 妾の国は強いのじゃ!」
そんな話をしている時、街の外から沢山の人々がやってきた。雪蓮率いる軍勢のようだ。龍見が思い返す限り、彼女がどこかへ戦闘を仕掛けるという予定はなかったはずだ。
「あれ? あんたらまだこっちに居たんだ。通りで帰ってこないわけだ」
「む? どういう事じゃ?」
「あんたらが留守の間に国貰ったから」
「………………むむ?」
雪蓮の言葉に首を傾げる美羽。対して七乃は体を震わせながら雪蓮へと質問した。
「あのー、同盟期間って、いつまででしたっけ?」
「あんたらが来る三日前には終わったよ。なのにのうのうとやって来るもんだから国を奪うのも簡単だったよ。無血開城ってやつよ」
炎蓮が同盟関係『だった』と言っていたのを龍見は思い出した。どうやらもう関係は終わっているという意味だったらしい。
「………………うわあぁぁぁんっ!! 美羽様ぁ! 私達帰る場所が無くなっちゃいましたー!!!」
「な、なんじゃとー!? ひ、卑怯じゃぞ孫策!!」
「そっちが悪いんだもんね。ま、母さんに頼めば住む場所くらいは提供してもらえるよ」
「うぅ、兄上~、助けてほしいのじゃ~」
「うんうん、炎蓮さんにはオレから掛け合っておくからオレの部屋で休んでなさい。雪蓮、流石に謝ってやってくれ」
「そうだよお姉ちゃん! 私達にも知らせずにこんなことするなんて」
「あー、うん、ごめんよ。この通り」
「ヒック、グスン、もう、いいのじゃ………………」
「ゆっくり休みましょう、お嬢様」
肩を落としながら立ち去っていく美羽と七乃を眺めていた龍見はある事を思い出し、確認をした。
「………………マジか」
同盟関係を結ぶ時に刻まれた契約紋。それが消えていた。龍見も同盟期間が終わっていたのだ。
なんで袁術の話を書いているのか。自分でも分からない。次回はバレンタインも近いし番外編書けたら書こうかな。
では恒例となりつつある裏組織紹介。
マジカルカンパニー
本部はイギリス。表向きは世界中に展開する老舗の玩具メーカーであり、本社は会社、工場、学校、警察署等々がありそこだけで一つの街として成立するほどに広大。
裏では世界各国の魔法の才能を集めて教育する魔法学校。学園長はエドワード・ジョンソン(63)。龍見も三歳の時に彼の教育を一度だけ受けた事がある。
龍見も何度か特別講師として招かれており、常勤としても誘われているが、あくまでアルバイト感覚のため断っている。