どこからともなく轟音が響き、黒い影が呉の上空を横切った。皆が空を見上げる。そこには何か分からない巨大な物体。羽ばたくだけで突風を巻き起こし、街へ被害を与える。人々は未知の存在に怯え、隠れる。
「くおらぁっ!!!! こんのクソトカゲがっっ!!!!! ぶっ殺すから待ちやがれ!!!!!」
「私の可愛い可愛い妹と二喬を拐った罪は重いわよ!!! 死をもって償いなさい!!!!」
そんな人々の恐怖の対象をブチギレながら追い掛けるのは龍見と雪蓮。いつになく殺気立つ二人が追い掛けている巨大な存在は翼竜。所謂ワイバーンだ。全長は20mを越えており、一度の羽ばたきで相当な距離を進んでいく。このような事態になったのは僅か数十分前の事である。
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「どうしてこうなった………………」
龍見が買い物に行くというのを聞いた小蓮が暇潰しとばかりに付いていきたいと言い出した。妹のような彼女の頼みを断るなどせず快諾したまでは良かったのだが、二人が話しているのを耳にした雪蓮が自分達も連れていけと大喬と小喬を連れてやってきたのだ。女子四人に敵うわけもなく、自分の買い物が完全に荷物持ちとなってしまった。
「男なら気にしないものよ、お義父さん」
「お姉ちゃんの言う通りだよ、お義父さん」
「てめぇら都合のいい時ばっかり義父呼ばわりしやがって」
「一つも四つも変わらないでしょ。男なら愚痴言うんじゃないわよ」
「小喬ちゃん、すごく違うと思うんだけど」
「折角だから冥琳にも何か買っていきましょうか。四つと五つなら大差ないでしょ」
「鬼かてめぇ!!」
そんな談笑(?)をしていると龍見の動きが止まった。頻りに後ろを振り返り落ち着きがない。明らかに何かに対して警戒しているのが雪蓮にはすぐに分かった。
「敵?」
「いや……敵とは言い切れないが、面倒なものが迷い込んだらしい。しかし姿が見えないな」
「何がいるって言うのよ。正体は分かっているんでしょ」
「ん……俺の世界にいた竜種で、おそらくワイバー「グオォォオォォッッ!!!」ンンッ!? しゃがめっっ!!!!」
雲の切れ間から突然急降下してきた竜は明らかに龍見達を狙っていた。真っ先に気付いた龍見と反応の早い雪蓮は回避に成功したものの、小蓮と大喬小喬は竜の爪に掴まれてしまった。
「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!?」
「小蓮ちゃん!? 待ちやがれクソトカゲェッ!!」
「追うわよ龍見!!!」
「ああ!!!」
巨大なワイバーンの襲撃により決して小さくない被害が街を襲ったが、今の龍見と雪蓮には三人の無事の方が大切だった。近くにあった誰のものともわからない馬に乗りワイバーンを追跡する。そして冒頭へと繋がる。
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「速い……いえ、一度の羽ばたきでの移動距離が大きすぎるわ。龍見! このままだと逃げられるわよ!!」
「分かっている!!」
龍見の右手が淡く輝き始める。その手を伸ばすと凄まじい勢いで青白い紐が伸びていった。紐はワイバーンの脚に絡まると龍見を引き上げていく。
「ちょっ!? 私も連れていきなさい!!!」
「ぬおっ!? と、飛び付くとか無茶するんじゃねぇよ!!」
「一人で行くあんたが悪いのよ!!」
魔力で出来た紐は二人分の体重を難なく支え、無事ワイバーンの脚に辿り着いた。
「シャオ! 大喬! 小喬! 怪我はない!?」
「お姉ちゃん! シャオは大丈夫だけど、二人が……」
ワイバーンに掴まれた三人に外傷があるようには見えないが、気を失っている大喬と小喬は酷く気分が悪そうだ。急激に酸素の薄い上空へと連れ去られた事による高山病だと龍見は判断した。
「オレに任せろ。エアボール」
薄い膜のようなものが小蓮達を包み込んだ。内部は暖かく呼吸もしやすい。空気の膜は三人を掴んでいたワイバーンの爪すらも押し退け、球体となった。
「これで脱出も容易だな。雪蓮も入っとけ。これの中なら落下しても衝撃はないからな」
そう言いながら雪蓮も空気の膜で包む。そんな中雪蓮はある疑問を抱いた。
「えっ、それってこのまま落ちるって事? 何か他に手段とかあったわけじゃないの?」
「ないぞ。落ちるの前提だ。さあ行くぞ~」
二つの空気の玉を掴み、有無を言わさず飛び降りる龍見。その速度はかなり早く、更には上空からの落下という通常体験しえないものに雪蓮も小蓮も言葉を失う。この時ばかりは大喬と小喬は気絶していてよかっただろう。
「……まあ、来るよな」
「な、何が?」
「! お、お姉ちゃん! 上っ!!」
龍見の呟きに反応した雪蓮だが、小蓮の叫び声に上を見る。そこには大口を開けたワイバーンの姿があった。食われる。そう確信した瞬間、龍見がみんなを放り投げた事によって何とか一命は取り止めた。しかし龍見は回避する余裕などなくワイバーンに呑み込まれていった。
「た、龍見……?」
呆然とする雪蓮。小蓮は無言で今の光景が信じられないという表情をしている。そんな状況だろうとワイバーンには関係ない。逃した獲物を捕らえるべく、旋回をして雪蓮達へと向かってくる。もう逃れる術はない。死を覚悟するしかなかった。
ーーボンッ
だが死はくぐもった爆発音と共に消失した。ワイバーンの肉体は大きく膨らみ、眼球は飛び出し、穴という穴から血を噴出して落下していく。この目まぐるしく変化する状況に混乱しているうちに地上へと降りた。落下速度はかなりのものであったにも関わらず、エアボールが数回跳ねた程度で内部の衝撃は全くなかった。
「本当に大丈夫なのねこれ……どうやって出ればいいのかしら?」
「お姉ちゃーん」
「シャオ? どうやって外に」
「簡単に割れたよ?」
雲のあるような高さから落ちても無事だったものを簡単に割るなどとても信じられなかったが、剣でつつくと泡のように弾けて消えてしまった。
「シャオ、二人は?」
「まだ意識はないけど、大丈夫っぽい」
小蓮が寝かせたのか、平坦な場所に横になっていた大喬と小喬は静かに寝息を立てている。雪蓮が二人の体調を確認している最中、二人は目を覚ました。
「ふぁ……雪蓮、さま?」
「大喬! 痛いところはない?」
「えっ……は、はい」
「う、ぅーん。気持ち、わる……」
「小喬ちゃん、大丈夫?」
「あんまり無理しないで横になってなさい」
「お姉ちゃんに、雪蓮様? そういえば私、変な竜に……きゃあぁっ!?」
「小喬ちゃん? 何に驚いて、ひゃあぁぁっ!?」
二人が見た先にあったのは二人を襲ったワイバーンの死骸だった。巨大生物の血塗れの死骸は目覚めには悪かっただろう。
「もう死んでるから大丈夫だよ」
「お、お姉ちゃん、あれ、本当に死んでる? 今、口が動いたような」
「そんな馬鹿な……龍見が命懸けで殺したはず……」
だが小蓮の言う通り、僅かだか口元が動いた。剣を構える雪蓮。竜とはいえ死に損ない。勝つのは可能なはずだ。逆に言えば死に損ないとはいえ竜なのだ。決して油断は出来ない。
「誰が、こんなもんに命懸けたって?」
「……へっ?」
竜から聞こえたきた声にすっとんきょうな声で返事をしてしまう。再びワイバーンの口が蠢くと、口を抉じ開けながら龍見が出てきた。全身に血を浴び、服は所々溶けている。何より……
「うぇっ、龍見近寄らないで……臭いわ」
「胃の中にいたからしょーがねぇだろ」
全身を術で作り出した水で洗い流しながら文句を言う龍見。服が溶けている以外に怪我はないようだ。見た目は綺麗になったが、臭いは落ちきらず顔をしかめている。
「帰ったら風呂だな」
「ねぇ、龍見……その、助かったわ」
「ありがとうございます、龍見さん」
「おう、意識が戻ってたのか。二人が無事で何よりだ。シャオもあの状況でよく耐えたな」
「それだったら龍見も食べられたのによく無事だったよね」
「竜殺しは手慣れてるんだ。初めては十三歳の頃だったか。以降二十匹以上は狩ったぜ。人間と比べて躊躇しなくていいからおもいっきりやれるんだ」
「大したものね。今回はどうやったの?」
「あのデカさで空中なら食われるのは確定だ。そしてあいつらは呑み込める大きさの獲物ならあまり咀嚼をしないから、そのまま体内に潜り込んで爆発系の術を使えばいい。鱗や皮膚は異常に硬いが、生物である以上は体内が弱点なんだよ。また硬い鱗や皮膚は落下の衝撃から内部を守ってくれる。臭いけどな」
今回起こった事を説明しながら龍見はワイバーンの肉体に刃物を突き立てる。鱗を数枚剥ぎ取ると、骨董品でも調べるかのように見回す。
「使えるな。少し持ち帰ろう。これ解体していくからみんなは先に帰っていてくれ」
「帰ったら応援の兵呼ぼっか?」
「それは助かるよシャオ。頼めるか?」
「任せて!」
「大喬、小喬、今日は疲れたでしょ。帰って休みましょう」
「「はい」」
「あ、龍見は捨ててきた荷物拾ってきてね」
「えっ……?」
ワイバーンの解体した材料、ワイバーンを追い掛ける際に投げ捨てた荷物を持ち帰った龍見は周囲に臭い臭いと言われ、一人静かに風呂場で泣いた。
ちょっと久しぶりの裏組織紹介コーナー!
ハンターズギルド・グレンデル
本部は不明。どの国に存在し、誰によって結成されたのかも不明な近年新しく誕生した組織。判明しているのは所属人数が10人足らずの小さな組織というだけ。主な活動は危険な魔獣や精霊の討伐。この手の組織は数多く存在するが、グレンデルは短期間で同業他社の仕事を枯らすほど成果を出しているため、いい意味でも悪い意味でも注目されている。
ギルド長は当然不明だが、龍見はギルド長を知っているらしく、龍見曰く絶対に頭の上がらない人らしい。