「少し部屋に籠るぞ」
それは三日前の出来事。唐突に龍見がそんな事を言い始めて部屋に籠ってしまった。しかし誰も入ってこれないようにしているわけでもなく、誰でも入ってもいいし話しても問題ない。ただ龍見は作業に没頭しているのだ。
龍見が行っているのはワイバーンの素材の加工。非常に硬く、取り扱いの難しいものだ。しかしそれ以外の作業はこれと言って大変なものはなく、龍見も訪問してきた誰かに頼む事が多い。今は亞莎と穏が縫い物を手伝っている。
「亞莎、目が悪いんだからあまり無理するなよ」
「いえ、この程度ならやれます」
「亞莎ちゃんは偉いですねぇ。私なんて肩が凝ってしまって辛いですよ」
「そりゃお前、胸がわりぃよ胸が。なあ亞莎」
「そ、そこで私に振りますか!?」
「亞莎ちゃんまでそんな事を考えているの?」
「そそ、そんな、事は……」
「はは、精神が乱れているぞ。術の基本は精神集中だと何度も教えたはずだぞ」
「乱したのは貴方でしょう!!」
騒ぎながらも三人とも手を休める様子がない。術の指南と龍見が同時に教えた並列思考の成果だ。
「全くもう……それより龍見様、いい加減休まれては?」
「もう少しやったらな」
「最初にそう言ったのがお昼頃で、今は日が落ち始めていますが、龍見様にとっていつまでが少しですか?」
「……明日かな?」
「はぁ……」
「うふふ、こういう人には何を言っても無駄よ亞莎ちゃん。蓮華様が言っても止めなかったんですもの」
「いやはや、心配してくれてありがとな。でもまだ大丈夫だ。それより二人こそ疲れたろ。休んでくれ」
「……なら休ませてもらいます」
本当に大丈夫かどうか分からないが、疲れを感じさせる様子もなく黙々と作業を続ける。そんな龍見の姿に流石に呆れたのか亞莎は言われた通り休むために部屋を後にした。
「それでは私も行きますね。また応援に呼んで下さってもいいですよ」
「明日には終わるさ。ありがとよ」
立ち去る穏に礼を告げ、龍見は再び一人となった。何もなく静かな部屋で素材と向き合う。日は完全に沈み、月が昇り、そしてその月が沈み、また日が昇る。丸々一晩休みなく作業をしても終わりは見えない。それでも手は止められない。決戦はいつ始まるかわからないのだから。
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一方龍見が作業をしている深夜、厨房では別の戦い(?)があった。小さな何かがあっちへ行ったりこっちへ行ったり世話しなく動いている。
「うんしょ、うんしょ」
慣れない料理に奮闘しているのは美羽だ。普段なら一緒にいる七乃はおらず、きらびやかな服を調味料で汚しながらも一人で料理をしている。ただ料理は悲惨なもので、焦がしたり、調味料を間違えたり、下処理が出来ていなかったりと他に誰かがいれば間違いなく止められるレベルのものだ。
「いっ……また切ってしまったのじゃ……」
更には調理中、何度も怪我をしている。白く小さな手には小さな火傷や切り傷がいくつもある。いつもの彼女ならば少し傷が付いた程度でも投げ出していただろうが、今はやめる様子がない。
「兄上も頑張っておるのじゃ……妾も頑張らねば……むにゃ……はっ! 眠っては駄目じゃ! 料理が駄目になってしまうではないか!」
美羽は龍見が作業を行っている間何も出来なかった。それを引け目に感じたのかこうして料理をしているのだが、段々と眠気が襲ってきた。普段の美羽ならば寝ている時間なので当然と言えば当然なのだが、今は眠ってはいけない。
「…………ぐぅ……」
しかしそんな慣れない事が続くわけもなく、床に座り込んでそのまま眠ってしまった。
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ーーチュンチュンチュン
小鳥のさえずりが聞こえ、窓から射し込む朝日を浴びて美羽は目を覚ました。直後自分のやっていた事を思い出して飛び起きた。
「ね、眠ってしまったのじゃー!!! り、料理は……あれ?」
鍋の中にはとても良い匂いのする鶏白湯が煮込まれていた。小皿に取り分けて味見をしてみると非常に美味しい。明らかに自分が作っていたものは大違いだ。それに目を覚ましてすぐに気が付かなかったが、毛布は掛けられているし手の傷は処置されている。しかし周りには誰もいない。
「???」
一番可能性が高いのは七乃だが、七乃の作ったものとは味が違う。首を傾げ、暫く考え込んだ美羽は鍋に蓋をして持ち上げた。
「誰じゃか知らぬが、ありがとうなのじゃ。兄上の為、ありがたく頂くぞ」
それなりの量の鶏白湯が入った鍋をよたよたとした歩きで持ち運ぶ美羽。途中で侍女や兵が手伝いを申し出るが全て断った。誰かに作らせてしまった以上、運ぶのくらいは自分でやらなくてはならないと思ったらしい。
「はぁはぁ、あ、兄上ー、開けてほしいのじゃー」
「んん? 美羽か。少し待ってくれ。今体を拭いてるんだ。
「分かったじゃ」
少しして龍見から戸を開けてくれた。長時間の作業のためか、部屋の中はかなり散らかっている。
「兄上ー、食事にするのじゃー」
「おお、わざわざ持ってきてくれたのか。そこに置いてくれ。後で頂くよ」
「駄目じゃ。今すぐ妾と一緒に食べるのじゃ」
「いやでも…………分かった。一緒に食べようか。でもその前に手を出しなよ」
「? はいなのじゃ」
差し出された小さな手を龍見の手が包み込む。龍見が手を離すと傷は綺麗に治っていた。
「頑張ったんだな。ありがとう」
「おぉ、流石兄上なのじゃ……」
「流石ってほどでもねぇさ。じゃあ美羽が作ってくれたこれを食べようか」
「むぅ…………兄上、これを作ったのは妾ではない」
「? ならどうしたんだこれ?」
「分からぬ! 確かに妾も昨晩料理を作っておった。しかし情けない事に眠気に負けて眠りこけ、目を覚ますとこれがあったのじゃ」
「ほう、誰だか知らんが優しい人もいたんだな。それより美羽、すまんが取り皿を頼んでいいか?」
「うん! 少しだけ待っていてほしいのじゃ!」
小走りで皿を取りに行った美羽。姿が見えなくなったのを確認した龍見は隠れている人物へと声をかける。
「炎蓮が作ってくれたのか?」
「そうだよ。あの子が溢さないか心配だったけど、余計な心配だったみたいだね」
「あいつもそこまでおっちょこちょいじゃないだろうさ」
「国を盗られるような子だよ。心配にもなるさ」
「それもそうか」
二人がそんな話をして笑っていると美羽が駆け足で戻ってきた。
「お待たせしたのじゃ。むっ、何故炎蓮がおる」
「ちょっと旦那と話に来ただけさ。それより、耳かしな」
美羽を引っ張って部屋の端で何か耳打ちをする炎蓮。龍見には聞こえないようにされているの上、口元すら見えないので読唇術も使えない。元々そこまでして盗み聞きするつもりもないが、気になりはする。
炎蓮の話を聞いていた美羽の顔が徐々に赤くなる。対して炎蓮は時折龍見の顔を見てはにやついている。
「あんま変な事を教えないでくれよ」
「別に普通な事だよ。美羽、がんばんな」
立ち去る炎蓮を見て美羽は小さく呟いた。
「呉の女は苦手なのじゃ」
「まあそう言ってくれるな。あいつもオレの奥さんなんだからさ。さ、それよりこれを食べようか」
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「はぁ~、食った食った。旨かったな、美羽」
「うむ! 誰が作ったのか分かれば礼を言いたいほどじゃ!」
「くく、そうだな」
さっき苦手認定した相手です、とは言えず苦笑いをする龍見。
「さて、やるか」
「もしかして、まだ何かするのかの?」
「大きさの調整くらいだが、やれるうちにやっておきたいんだ」
「頑張りすぎではないのか?」
「あと少しだから」
「兄上! こっちに来るのじゃ!」
作業に戻ろうとした最中、怒鳴り声にも近い大声で呼ばれた龍見は何かあったのかと急いで美羽へと駆け寄る。しかしながら美羽は布団の上に座っているだけで何もない。
「寝転がるのじゃ!」
「えっ、えっ……ね、寝ればいいんだな?」
「頭はこっち!」
美羽は引っ張るような形で龍見を寝かせると、龍見に膝枕をした。炎蓮に言われたのはこれだと察した龍見は美羽の顔を見た。その顔は林檎のように真っ赤になっていた。
「……重くないか?」
「そんな事はないのじゃ。兄上は人のために無理をしすぎじゃ。ここは妾に甘えて休むが良い」
「人のため? いやいや、オレは自分のために行動しているだけだよ。それが人のためになっているだけ」
「妾を助けるのも兄上のためになったのか?」
「うん? それは……」
特別理由などなかった。子供を見捨てておけなかった。そこに損得感情はない。もし相手が子供ではなかったら助けに向かわなかったかと言えばきっとそれは違う。
「うふふ、やっぱり兄上は優しいのじゃ。でも今だけは人に優しくするのではなく、妾の優しさを受け取っておくれ」
「膝枕程度で恥ずかしがってた妹分がよく言う」
「五月蝿いのじゃ!」
「くふ、くく……ああ、しかし眠くなってきた……暫く、膝を借りるぞ」
「うむ、しっかり休むが良い」
うとうとと眠気を感じ始めた龍見は美羽に頭を撫でられ、意識を落としていった。
R-18に繋げるか迷った結果止めました。美羽まで食ったら完全に犯罪者だもんげ。
裏組織紹介のコーナー!
モンスタートレイン
本部は不明、というより常に移動をしている。名前の通り列車であるが、世界中の空を飛び続けている上に自意識があるという奇妙な列車。中には西洋のモンスター、ヴァンパイアやワーウルフ、フランケンシュタインのような者達が住んでいる。
一応トップとしてまとめ役や交渉を行っているのはヴラド・ドラキュラ。本人曰くヴラド・ツェペシュとは無関係らしい。仮のトップはヴラドではあるが、全ての権限を握っているのはモンスタートレイン自身。またこのモンスタートレインは非常に強力な存在で、龍見が二十歳の頃に討伐依頼を受けて討伐に向かったものの、半壊程度で逃走される。またその時に龍見を一度殺している。