暗い……一寸先も見えないほどに暗い。だが恐怖はない。これはオレが夢を見る前兆。何度も何度も体験した事だ。
『ふざけないでください!!!』
怒鳴り声が聞こえてきた。ふと目をやると小さな男の子が暗い廊下で部屋の中を覗き見していた。ガキの頃のオレだ。そして怒鳴り声は部屋の中で親父と話していたお袋のもの。
『そんなに怒る事もないだろう。龍見が起きてしまう』
『よくもまあそんな呑気になれますね!! 私を散々騙しておいて!!!』
『騙してなどいない。黙っていただけだ』
これはオレの不注意でお袋に術の、馬淵の秘密がバレた日の晩だったか。親父は既に身内だったお袋にバレた程度では動揺しなかったが、お袋は一般人だ。それも筋金入りの箱入り娘。大切に保護されてきた人間が突然有り得ないものに接触、それも家族がそれを隠していたとなれば混乱して怒鳴り散らかすのも不思議ではない。
生憎とガキのオレはお袋が何故怒っているのか分からなかった。使用者は少なくても術や裏の世界はこの世に確実に存在すると親父に教えられてきたからだ。例えるならばアルビノの人間と同じように生まれついて少し人と違うもの。少し違う程度でお袋は何を怒っているのだろうと思っていた。
『今は休みなさい。君は興奮と混乱で冷静な判断が出来ていないだけだ。また明日話し合おう』
『明日などありません。私は出ていきます』
『!? 何を言っているんだ! まだ龍見も幼い。君に出ていかれては龍見が』
お袋に手を伸ばした親父だが、その手は弾かれてしまう。お袋のその目は最早人を見るそれではなかった。子供ながらにそれが恐ろしかったのは覚えている。まあ本当に絶望するはこの後なんだけどな。
『触らないで! 化け物のくせに!』
『なっ……』
親父は言葉を失い、オレも思考が真っ白になった。お袋は親父へ対し、はっきりと人間ではないと言ったのだ。親父が人間でなければ親父とお袋の子供であるオレは何なのか。
お袋は逃げるように部屋を飛び出し、覗き見していたオレとぶつかった。驚いたお袋は倒れたオレに駆け寄ろうとしたが、その歩みは途中で止まる。
『おかあ、さん?』
『っ……! さようなら!!』
それは誰に向けて言った言葉なのか。ただこれでお袋はオレも人として見ていないのがはっきりしてしまった。これ以降、お袋が家に帰る事はなく、オレは極力一般人としての生活を選ぶようになった。ま、どうあっても裏に巻き込まれるんだがな。そろそろ夢も終わりらしい。意識が浮上していく。何か、誰かが呼んでいるような…………
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「龍見ちゃん、起きなさぁい」
聞き覚えがあるが、呉にいるはずのない声を聞いて龍見は目を覚ました。目の前には筋骨隆々としたオカマ、貂蝉の姿があった。それも目と鼻の先に。
「……ここは呉のはずだ。何があった?」
「少しは動揺してくれてもいいんじゃない?」
「そんな事はどうでもいいんだ。お前が呉までやってくる理由。間違いなく左慈関係だろ。もう一度聞くぞ。何があった?」
「南蛮と四州が制圧されたわ。一晩でね」
「……何を使われた?」
「戦車や軍事ヘリ。他にも仙術を用いた死なない兵隊よ。流石に無意味に死なせると不味い人は管理者権限でなんとか保護して、南蛮の孟獲ちゃんは蜀へ。袁紹ちゃん達は魏に逃げ込ませたわ」
寝起きの頭に今の情報を叩き込む。そして到った結論は勝てないという事実のみ。勿論それは龍見単独での結論だ。
「桃香さんも華琳も今回の事は把握していると考えていいな」
「いいわよぉ。あたしが全部話してきたもの」
「手回しが早くて結構。これより各国の王を集めて会議をする。オレは炎蓮に話をしてくる。月にはお前が話してきてくれ」
「ええ」
フッと消える貂蝉。空間転移が可能などと聞いていなかった龍見は驚いたものの、朝の間に蜀と魏を回ってきた事を考えれば空間転移ぐらい出来なければおかしいのだ。
「ったく、集まる時にはとことん酷使してやるからな」
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会議の場は魏となった。理由は空間転移では貂蝉に触れる必要があり、華琳がそれを拒否しただけだ。各国の王と軍師が集まる光景はいつぞやの反董卓連合での会議が思い出される。その場には袁紹と文醜もいた。
「みんな、久しぶり。自動(オート)人形(マタ)があったからそれほど久しぶりって感じでもないかな?」
「よく来たわね龍見。歓迎してあげる」
「龍見さん! お元気でしたか?」
「華琳も桃香さんも変わりないようで何よりだ」
龍見が席に座ると雛里、稟、炎蓮による席取り合戦が始まるも、龍見の一喝で一先ずは鎮まった。
「あんた、呉の王にまで手を出したの? 節操なしも大概にしておきなさい」
「あ、はは、なんかすまん……さて、現状を再確認しよう」
龍見の声が低くなり、一気に場の空気が引き締まる。貂蝉から何が起こったのか説明が入る。左慈の暴走による世界の危機、未来の兵器による襲撃、どれもがこの世界の人々にとっては絵空事のように聞こえる。だがそれを実際に体験した者もいる。
「袁紹、何があったかみんなに話してくれないか?」
「っ! お、思い出したくもありませんわ!!」
「あー、姫も心に傷負ってるからさ。あたいが話すよ。深夜に爆音と閃光が街に広がったんだ。太陽でも落ちたかと思ったよ。空には変なものが飛んで街を破壊する何かを飛ばしてくるし、地にはこれまた変な乗り物みたいのと白装束の奴等が変な道具で民を殺しまくってた……あたい達は、何も出来なかったよ」
余程悔しかったのか血が滲むほど力強く手を握り締めていた。顔良や孟獲は恐怖により部屋に閉じ籠っているという。
「辛い事を思い出させてすまんな……もう少しだけ我慢してくれ。敵の数は?」
「分かんないよ。数えきれなかった」
「そうか……貂蝉、対処は可能か?」
「準備はしてあるけれど、ミサイルやヘリみたいな大型兵器を止められるくらいよ。銃系までは手が回らなかったわ」
それを聞いた龍見は無言で考え込む。最低限とも言える対策はされているが、それでも厳しい事に変わりはない。
「龍見さん」
「どうした月?」
「龍見さんは敵地に攻めいると思います。その間、私達に出来る事はあるんですか?」
「……はっきり言ってない。各自の国を守ってくれとしか言えねぇ。ただ誰も外に出さず、誰も中に入れない。これが重要だ」
「分かりました」
「董卓ちゃん!? それでいいの!? 相手は南蛮と四州を一瞬で滅ぼしたんだよ!! そんな相手に龍見さんだけなんて」
「落ち着きなさい劉備。感情だけで動くなんて王として失格よ」
「あんた以外は全員龍見と同じ考えだよ。足手まといにしかならないなら動かない方がいいさ。妻としても夫の邪魔はしたくないからね」
「そんなのやってみないと」
ーーパァンッ
乾いた音が響いた。この中でその音を聞いた事のある袁紹と文醜は身を震わせた。皆で囲んでいた机の中心には小さな穴が開いている。それをしたのは龍見の手に握られている拳銃だ。
「龍見ちゃん! そんなものいつも間に」
「材料は錬金術で作れるからな。軽く作ってみたんだ。威力は低いし連射も効かない不良品だけど、これについて知ってもらうには十分だ。さて桃香さん、相手はこんなものを何千、何万と撃ち続けてくる。こんな目にも見えない速度の鉛玉相手にあんたは何が出来る?」
「それ、は……」
「意地悪言って悪かったな。でも何も出来ないのも事実だろ。悪いがここから先はオレに任せてくれ」
「まあそんなもの取り出さなくても元から行けなかったわよ」
「どういう意味だ貂蝉」
「左慈ちゃんの周辺にはこの世界の住民の侵入を拒む結界が張ってあるのよ。この世界の住民を元に作られたあたしと師匠も入れないわ」
管理者としての権限を持つ貂蝉や卑弥呼が入れないとなれば、最早左慈に管理者が手出しするのも不可能と言っているに等しい。
「龍見さん、もう一つ質問があります。神様の協力は得られないのですか?」
月の言葉に全員がハッとした。かつて自分達を一瞬で戦闘不能に追いやった神の力ならば、例え強大な兵器を持つ相手でも勝てるのではないかと。だが龍見は力なく首を横に振った。
「許しは貰えなかったよ。自分で蒔いた種は自分で潰せとさ」
「あら、貴方の責任なの?」
「左慈と初めて会った時に殺す事は出来た。それをしなかったからな。オレの責任だよ」
見逃す必要はなかったのに、見逃してもいいと言ってしまった。まさかここまでの事態になるとは思いもしなかったのだ。
「貂蝉、あとで頼みたい物がある。現代の代物だが、許してくれ。期間は二日だ。そして三日後に出る」
「ええ」
「龍見、あんたそれは早計過ぎやしないか?」
「相手の戦力は整っている。今すぐ出てもいいくらいだ。炎蓮、静かに見送ってくれないか?」
「見送るのはいいけどね、静かにってのは性に合わないよ」
「はは、違いない。華琳、オレの部屋は残っているか?」
「ええ、変わりなく」
「それは助かる。二日借りるぞ」
世界の命運を賭けた決戦まで残り二日。
最終回まで残り僅かなのかな? 頑張るぞい。
最早恒例の裏組織紹介
魔女の占い館
フランスにある小さな占いの店。一回数百万という法外な料金の代わりに確実に当たる占いをするという。悪い結果だとしても誰も逆恨みしないらしく、訴えられたりした事はない。
経営しているのは一人の老婆。通称魔女の婆や。本物の魔女であり、龍見の魔法の師の一人。