部屋で一人、龍見は腕に短刀を突き立てていた。血が流れ落ちるが、それを気にする事もなく呪文を唱えながら短刀で腕に文字を刻み込んでいく。そんな作業をおよそ半日は続けていた。
「旦那様、食事をお持ちしました」
「…………ふぅ、ありがとう凪。少し休憩するよ」
「ご主人様! お茶をお持ち……凪、また先に?」
「ふっ、甘いぞ稟。その隙が命取りだ」
「どんな勝負してんだよ。稟、ヒーリング頼めるか?」
「! はい!」
流れ落ちる血はすぐに止まるが、刻まれた文字が薄れることはない。一生消える事のない刻印なのだ。隠そうと思えば隠せるのでどうという事はないと龍見は言うが、稟にとっては自分の夫が自らの体を傷つける姿は見るのも辛い。
「そう苦い顔をしてくれるな。この戦いが終わったらこういう事はやらねぇからさ」
「ご主人様は自分の体を労らなさすぎです。少しは心配している私達の事も考えて下さい。凪も何か言ってあげて」
「うん? 自分が傷付く事については気にしない人だからな。どうしても止めたいなら私達が危ない目に合うのが一番だろう」
「凪、冗談とはいえ身重でその発言は止めてくれ」
絶対に有り得ない事と分かっているが不安そうな顔をする龍見を見て、凪はクスクスと笑っていた。
「兄上ーーー!!!!」
「美羽じゃないか! どうしたんだ?」
「妻として夫を応援しに来てはおかしいかの?」
「妻……その子が袁術ですか。私は楽進。真名は凪だ。同じ夫を持つ者として真名で呼んでもらって構わない」
「妾は袁術、真名は美羽じゃ。そちらは郭嘉じゃな。龍見から話は聞いておるぞ」
「ええ、そうよ。私も稟で構わないわ」
「私達もいるからね」
「あの貂蝉ってのから聞いてはいたけれど、その腕凄いわね」
「炎蓮に蓮華も。美羽がいきなりやってくるなんておかしいと思ったけど、やっぱ貂蝉の仕業か」
呆れつつも嬉しそうな顔をする龍見。いつ死ぬかも分からない戦場に赴く前に家族の顔を見れるのはそれだけ嬉しいのだろう。そしてこうなると残りの家族の来訪も予想は出来る。
「凪、稟、悪いが茶の用意を頼む。ここにいる三人とあとから来るだろう五人、いや六人分を用意してくれ」
「分かりました」
「すぐに用意します」
龍見は自分の分のお茶を少し飲むと、凝り固まっていた体を伸ばす。
「ん、くぅ~、いやはやいつかは家族全員が顔合わせをする日を作らなきゃならないとは思っていたが、まさか突然やってくるとはな」
「旦那の大一番を見送るんだ。そりゃ全員集まらないとね。そこのあんたもそう思うだろう?」
「流石に気付くか。呉の王の実力は本物か」
「おう焔耶、格好つけてないで入ってこい」
「ああ、邪魔するぞ」
案の定、蜀の妻達もやってきたらしい。焔耶が扉を開けると飛び込んできた璃々が龍見の胸元に飛び込んでくる。紫苑と雛里は微笑ましくそれを見ていた。
「おとうさん! おとうさん!!」
「はは、元気だな璃々。そんなにお父さんに会いたかったのか? 焔耶、紫苑、雛里。三人も元気そうで何よりだ。紫苑はお腹が大きくなったな。中の子は大丈夫か?」
「ええ、元気ですよ。それにしても私を呼び捨てして下さるようになったのですね。ちょっと嬉しいです」
「ん? そうか。炎蓮のお陰かな」
自身より目上の人であり尊敬すべき相手という気持ちから敬語で話していたが、炎蓮との関係から家族に、それも妻にそれは失礼と考えるようになれた。
「ねぇ先生、その腕はどうしたんですか?」
「これは決戦に向けての準備だよ。呪文(スペル)刻印(スティグマ)と言うものだ。高度な呪文には長い詠唱と相応の魔力を必要とするのは言うまでもないな。オレくらいになれば呪文の省略は出来るが、威力はかなり削がれるし、魔力も通常の数倍を要する。そこで使うのがこれだ。事前に詠唱と魔力を肉体に刻む事によって起動に必要な魔力を流し込めば即座に発動する術式となっている。更にこれには……」
雛里の質問に延々と回答を続ける龍見。興味を持って真剣に聞いているのは一部で、他は各々自由に行動している。凪と稟がお茶を持ってきたが龍見の話は終わらない。全員が自己紹介を済ませてもまだ終わらない。
「……であるから、これを使う上での注意点は」
「おとうさん…つまんない」
「おっと、ごめんな璃々。雛里がよく聞いてくれるもんだから夢中になっちゃったよ」
「むー」
頬を膨らませる璃々の頭を撫でているとノックの音が聞こえた。どうやら最後の来訪者が来たらしい。
「開いてるよ」
「やっほー、龍見。元気? って何よこの人数。座るところもないじゃない。あんた少し手を出しすぎじゃないの?」
「そう言ってくれるな。自覚はしているんだ。それにちぃもその中の一人なんだからな」
「それを言われると何も言い返せないわね」
そんな地和と龍見のやり取りを見ていた恋はようやく口を開いた。
「龍見……」
「どうした恋?」
「…………何でもない。外にいるね」
「そっか」
そんな一見冷めたような会話をして恋はその場を立ち去った。龍見にとって誰が正妻だとかいうのは決まっていないが、一番惚れ込んでいるのは恋というのは全員が聞いている。だからこそ今の会話が理解できずに首を傾げる者が多かった。だが今のが何を意味するのか理解する者もいた。
「ならわたしも外に行こっかな。折角魏まで来たんだし、みんなで観光でもしましょ?」
「それはいいわね。凪ちゃん、稟ちゃん、案内をお願いできるかしら?」
「えっ、えっ?」
「凪、稟。頼むよ」
「ご主人様がそう仰るのなら……」
何かを察した者もどういう状況か理解できていない者も部屋から出ていった。軽く手を振りながら見送った龍見は大きく息を吸うと全てを吐き出すように咳き込んだ。
「ゲホッ!! ゴホゴホッ!! ぅぅ……ハァハァ…………気を、使わせちまったな」
手にこびりついた血液を眺めながら自嘲する。体がおかしいのは知っている。だが止まるわけにはいかない。龍見はまた腕へと刻印を刻み始めた。
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「恋! ちょっと待ちなさいよ!」
「地和、何?」
「一人よりみんな一緒に行きましょ」
「わかった」
美女や美少女が何人も集まって街を歩く姿は見るものの目を奪った。彼女らの一部が物騒な武器を持ち歩いてさえいなければナンパされてもおかしくはない。
「流石は恋ね。よくもまあ一目で気付けたわね」
「それなら恋の言葉で気が付いた地和もすごい」
「伊達にあいつの妻をやってはいないわよ。まあ今の貴女には劣るのは認めざるおえないけれど、いずれは越えるから覚悟しなさい」
「あ、あの、先生に何かあったんですか?」
「体調が悪かった」
悪そうなどという憶測ではなく、はっきりと悪いと恋は言い切った。想定外の答えに雛里は目を丸くする。あんなに元気そうだった龍見の体調が悪いなどと簡単に信じられるものではない。
「普通は気付けるもんじゃないから気にする必要はないわよ」
「そ、そうなんですか……紫苑さんと炎蓮さんも行動が早かったですけれど気付けたのですか?」
「ええ、恥ずかしながら私も呂布ちゃんがあんな行動をしないと気づけなかったでしょうけど」
「私達呉の人間はともかく、他は久しぶりに龍見に会って浮かれている状態だったんだ。仕方ないさ。だからこそ私達が気付いてやるべきだったんだがねぇ」
その言葉にうつむき、気を落とすものも多い。妻でありながら夫の不調に気付けず、夫に会えた事で舞い上がっていた。何とも惨めで恥ずかしい。そんな中、地和は笑っていた。
「あはははは! いーのいーの! 自分が辛いのを浮かれてたのは龍見だって一緒よ。それにそんなにあいつの事を想うなら気にしないのも大切よ……たぶん」
「地和はそういうところが適当」
「恋だって龍見に対してかなり適当じゃないのよ」
「それはいけませんね。いくら旦那様が優しいとはいえ、いつか愛想を尽かされてしまいますよ」
凪の言葉を皮切りに誰が龍見の一番だという話に発展していった。そんな不毛な話し合いだが、全員が交流するという意味合いでは良い結果になったらしい。
決戦まで残り一日。
実は最終戦終了までエロ的なR-18シーンはないんやで。
ほならば裏組織紹介と参りましょう。
ネクロマンサー邪教団
本部はローマ地下にあるカタコンベ。表向きには葬儀屋などの死に関わる仕事をしている。裏では過去の偉人や天才の蘇生、そして彼らから知識を得て世界を牛耳ろうとする。というのが将来的な目標な集団。教団員がカタコンベと称するのは教団長の家の地下倉庫であり、邪教団も格好いいから名付けた。ご近所さんからは微笑ましい仲良しグループとしか見られていない。なお数ヵ月に一度龍見が指導にやってくるという裏社会では破格の待遇を受けているので、何かあるのではと各裏組織に警戒されている。
教団長はレベッカ・フォルトゥナ(26)。龍見の中学校に留学してきたのを切っ掛けに龍見と知り合う。現在金髪碧眼の女性で容姿端麗、才色兼備、実家は裕福で彼女自身株取引などで巨額の財産を抱えている。術の才能は皆無だが、特別な才能がある人々を引き寄せる劉備のような魅力を持つ。だが残念ながら日常でネットスラングを使う痛いオタクである。龍見曰く『世界一勿体無い美女』