ーーザシュッ
「ガアァァアアアアアアアアッッッ!!?!?」
背後から左慈の叫び声が聞こえる。それを聞いた龍見はまだ自分が生きているのだと実感した。だが何故左慈は攻撃出来なかったのか。そして斬撃の音は何なのか。それらの答えは直後に判明した。
「うおぉぉおおおおおおっっ!!! 龍見さんに、近寄るなあぁぁああっっっ!!!!」
「か、ず…とくん?」
一刀の刀が左慈の頭部に深々と刺さり、一刀はそれを真横に振り抜いた。ここの結界はこの時代の人間を入れないというもの。確かに一刀ならばこの時代の人間には含まれない。だが彼が来たところでどうなるというのか。不意打ちは成功したが、再生を続ける左慈にはほぼ無意味。身体能力の差も圧倒的すぎる。勝ち目はない。
「呪文(スペル)……刻印(スティグマ)……解放……っ!!!」
しかし勝ち目が生まれる方法がある。龍見の残った左腕。そこに刻まれた呪文(スペル)刻印(スティグマ)の使用。決まるかは分からない。だがやるしかない。
「ジャマ、ダ。ホンゴ、ウ、カズトォオオッッ!!!」
「黄泉、の手……!!」
残った生命力を魔力に変換し、呪文(スペル)刻印(スティグマ)を起動させる。起動さえすればもう龍見がやる事はない。安心したかのように龍見は意識を手放した。
一刀には向かってくる左慈の動きは全く見えなかった。死ぬかもしれないという恐怖で脚が震える。逃げ出したい気持ちで一杯になる。そして初めて人を刺した感覚で手が動かない。だがそれでも一刀は刀を構える。龍見はここまで戦い続けた。ならば次は自分の番。偶然かもしれないが、天の御使いとして喚ばれた自分がこの世界のために、龍見のために戦わなくてはならないという想いがあった。そんな気持ちがある種の奇跡を起こしたのかもしれない。
「うわっ!?」
「!?」
何とか動こうとした一刀だったが、震えた脚で地面を踏み外して転んでしまう。左慈にとって想定外の動き。左慈の蹴りは虚しく空を切った。直後に左慈の身体に何か冷たいものが触れる。
「!? ウ、オオオオオオオオオオォォォオオオオオッッッッ!!!?!?!?」
全身から何かが引き摺り出される感覚。引き摺り出されているものは魂だった。左慈が喰った約三十万もの魂が引き摺り出されている。
『一刀君、今しかない。人を斬るのは怖いかもしれない。でも、君しか出来ないんだ』
「龍見、さん! はい!!」
ーーザシュッ ザンッ ザンッ
見えない何かに魂を掴まれて動けない左慈を切り刻む一刀。左慈は抵抗する事も出来ずに呻いている。そして不思議な事に先程まで不死身の回復を見せていた左慈の傷の治りが遅くなっているのだ。
左慈の回復力の源は喰った魂だった。龍見から一撃必殺の閃光を受けた時も他の魂で自分本来の魂を守り、完全なる死は避けたのだ。魂さえ残れば魔力によって無理矢理肉体を復元出来た。だが今受けている黄泉の手は魂を直接死者の世界へと送るもの。左慈は喰った魂を犠牲に自身の魂は死者の世界へと送られないようにしているものの、黄泉送りは狙った魂は逃さない。その状況で肉体を傷つけられては回復など間に合うはずもない。
「このこのこのぉっ!!!」
型もない滅茶苦茶な斬撃。最初硬い頭部を斬った時に既に刃こぼれが始まっていたが、今ではもう刀ではなく鈍器というほどに刃が潰れている。それでも一刀は振るう手を休めない。左慈の傷の治りの遅さを見て、攻撃を続けるのが最善手と判断したのだ。
ーーパキィッ
刀が折れる。斬る事は不可能。ならばと柄を逆手に持ち、今度は突き刺し続ける。目に、喉に、耳に、比較的柔らかい弱点に突き刺し続ける。
「うっ、ぐぐっ、あぁぁああああああああああっっっ!!!!!!」
左慈は叫んだ。持てる力全てを振り絞る。そして逃れたのだ。本来不可避の黄泉送りを。だがもう左慈には喰った魂は残っていない。肉体も一刀に傷つけられ過ぎた。そんな状態でも左慈は動いた。己の使命を全うしなくてはならないという意志。それだけで動いたのだ。しかしその時左慈はある疑問を浮かべてしまった。己の使命とは、何だったか?
龍見を殺す事。一刀を殺す事。それらは使命ではない。自分達の使命はあくまで外史が正史に影響を出さないように外史を処理をする事。この外史は既に独立してしまっている以上、処理をすれば間違いなく正史に影響が出るだろう。では今自分がしている事はなんだ?
「終わりだぁあああああっ!!!」
自分のやっている事に対して抱いた疑問。それによって立ち止まった隙を一刀は見逃さなかった。折れた刀を無理矢理頭に突き立てる。当然折れた刀がそう深く入るわけがないが、それを理解していた一刀は柄をおもいっきり殴り付けた。左慈が倒れても何度も何度も、自分の拳から血が流れ出ても殴り続け、根本まで刀を突き刺した。もう、左慈に息はなかった。
「はぁはぁはぁ……」
初めて人を殺した感触に震えながらも何とか立ち上がった一刀はゆっくりと龍見の傍へと歩いていく。
「お、わりました。龍見さん、帰りましょう」
「一刀君、ありがとう。たっちゃんの最後のお願いを聞いてくれて」
「えっ? あっ、ミシャグジ様に、他の神様も」
声を掛けられて振り返った一刀の後ろには龍見と契約している四柱の神々がいた。今回一刀がここまで来れたのも神々の尽力あっての事だった。
「北郷一刀よ。これより龍見の身は我らが預かる」
「もしかして、龍見さんの怪我を治せるんですか?」
「……んー、無理。だってねぇ、龍見はもう死んでるのよぉ」
「…………ま、またまた。だって龍見さんは一度死んだって生き返るんじゃ」
「坊やはその力を使った後でまた死んだのよ。もう、戻ってこれないわ」
「う、嘘だ。嘘だって言って下さいよ!!!」
一刀も本当は気が付いていた。だがそれを認めたくはなかった。
「俺が戦っている時にも龍見さんは声を掛けてくれた!! 少なくともあの時には生きていたのはずなのに、どうして何もしてくれなかったんですか!!?」
「否、龍見は黄泉の手を起動させた時点で息絶えていた。その時は魂のみで語りかけていたのだ」
「そんな……なら、せめて龍見さんのお嫁さん達には、龍見さんと最後の別れを」
「それも出来ぬ。龍見の死後は我が預かる契約となっている。そこを退け」
「退けない……例え、神様相手でも!!」
刀がない今鞘を代わりに構えるしかない一刀だが、神相手でも怯む事はない。神々とて一刀の気持ちは痛いほど理解できる。だが何よりも優先されるのは契約。神々と人との関係とはそういうものなのだ。
硬直状態が始まった時、一刀の背中を誰かがつついた。
「! 誰だ!?」
「わぁっっ!!!!」
「うわぁっ!??」
「キャハハハッ!!!」
振り返ると同時に浴びせられたのは何の意味もないただの大声。驚いた一刀は思わず尻餅をついてしまう。声の主はそれにご満悦なのかピョンピョンと跳ねながら一刀の回りを駆け回る。
一刀を驚かせたのはおそらくは少女。おそらく、というのはその姿が不明瞭だからだ。見てもまるで砂嵐が掛かったようにその存在の姿のみが見えない。神々も突然の出来事に唖然としていた。
少女は十分に駆け回った後で龍見へと近付いていく。一刀は止めようとしたが、腰が抜けてしまって動けない。
「パパ、起きて」
少女がそう言って龍見の頭を叩くと折れていた左腕が、焼いた傷口が、消えた右腕が治っていく。いやその光景は治るというよりも逆再生を見ているかのようだった。
「…………あ、れ? オレ、死んで…」
「あ、ああ、良かった……良かったよぉ……たっちゃん生きてたぁ……ふえぇぇん」
「坊や、もう、本当に心配させて……グスン」
「ねぇ、冥府の王的に今回のはどうなのぉ? ってまさか貴方まで泣いてる?」
「……問うな」
「パパ、起きた?」
「! そうか、そういう事か。おはよう、お前もよく起きたな『マキナ』」
まさかの出来事に歓喜する神々。龍見は自身に起こった事をすぐに理解すると、目を覚まさせてくれた少女の名を呼びながら頭を撫でた。すると姿が不明瞭だった少女に色がついていく。黒くて長い髪に黒い瞳。何処と無く龍見に似た顔立ちをした十歳程度の少女だ。
「た、龍見さん……生きているんですよね?」
「ああ、生きているさ。一刀君、迷惑をかけたな。さ、帰ろう。神々の皆様は自力でお願いしますね? 土像(ゴーレム)」
かなり大きな土塊の馬が造り上げられる。魔力の方も万全らしい。少女と一刀を馬の背に乗せた龍見は魏へと馬を走らせた。
ーーーーーーーーー
「龍見さん、質問していいですか?」
「何が聞きたいのかは予想できるが、言ってくれ」
「この子は何なんです?」
「前に話した事があったと思うが、オレが契約しているのは四柱の神様と現象に近い神様だって言ったよな。この子がその現象に近い神様だったんだ。今ではこうして立派……とは言えないが神様になった」
龍見が即席で作った知恵の輪を弄り回している少女が神様と言われてもなかなか納得は出来ない。だが先程龍見を生き返らせた力はまさしく神のそれだ。
「名前はマキナ。デウス・エクス・マキナだ。その力は時間操作だよ。オレがこれまで死んでも何とかなったのはこの子が死ぬ前に時間を巻き戻してくれていたからなんだ」
「こんな小さな子にそんな力が……でも何でこの子は龍見さんをパパなんて呼ぶんですか?」
「実質オレが誕生させたようなものだからな。こいつを見てくれ」
龍見は上着を脱いで上半身のみ露出する。そして心臓辺りに手を当て、それを離すとそこには懐中時計が埋め込まれていた。術を使って隠していたようだ。
「そ、それは……?」
「マキナの本体さ。話すとなかなか長いが、まあ魏までのいい時間潰しになるだろう」
神頼みというものがある。誰もが危機的状況に陥った時に一度はやった事のあるあれだ。これは全く根拠のないものではなく、神様の持つ気、神気を分け与えて頂く事によって自身の運勢を良い方向に導こうという行為だ。
神気はある一定量ならば人の力を高めたり、運気を上げたりするが、それを越えると毒となる薬のようなものだ。龍見の場合四柱と契約している。通常では有り得ないレベルの神気を常に浴びているのだ。龍見の神気の許容力は常人とは比べ物にならないくらいあるものの、いずれはパンクし害となる。
「だからオレは神気を溜め込むためにこれを自分で埋め込んでおいたんだ。普段は幻術で見えないし、触っても分からないようにしていたんだ」
「なんで懐中時計なんです?」
「……た、体内時計という一発ギャグを」
「もう何も言わなくてもいいです」
「すまん…………話を戻そうか。通常では有り得ないレベルの神気を浴び続けたこの懐中時計は僅か数年で付喪神となったんだ」
付喪神は長い年月をかけて物に魂が宿ったものとされる。ただの付喪神ならば妖怪の類いとして扱われるが、この懐中時計は神気を浴び続けたのだ。その力は神々と変わらないものになっていた。それが他ならぬ龍見の復活、時間の巻き戻しだった。そして今回、遂に自身の意識を手に入れた事によってその力は増大された。龍見のみの時間を長時間巻き戻せるほどに。
「名前のデウス・エクス・マキナは、ある種人の手によって造られた神様だから名付けたんだよ」
「できたー!!」
「おっ、よく頑張ったな。ご褒美の飴ちゃんだ」
「やったー!!」
「この子が神様ですか……」
「ミシャグジ様だって神様らしくないだろ。神様ってのは意外と威厳がないものさ。特にマキナは生まれたてだからな。それに気が付いていないかもしれないが、君も恩恵は受けたんだぞ。拳、怪我したんだろ」
「! な、治ってる。でも何で知って……」
「拳からマキナの魔力を感じてな。さ、話は終わりだ。魏まで飛ばすぞ」
「ゴーゴー!!」
戦いは終わった。二人の御使いの手によって。
やっぱり主人公には頑張ってもらわないとね。どうやっても一般人の一刀君ですが、最後のトドメだけは持っていってもらいたかった。
次回、エピローグとなります。