「恋、本気でいいんだな?」
「うん。龍見の限界見せて」
龍見は脚に力を込めて駆け出す。全身には限界まで強化を施してある。今なら百メートルすら五秒で駆け抜ける事が可能だろう。一瞬で間合いを詰めた龍見は短刀を恋の首目掛けて振り抜く。それを恋は軽く払いのけ、返しの刃を胴へと叩き込む。服を強化し、更には服の下に竜鱗の鎧を着込んだ龍見の肉体に刃が食い込む事はなかったが、衝撃までは吸収しきれずに吹き飛ばされた。
「チッ、流石に接近戦は分が悪いぐぉっ!?」
体勢を立て直した瞬間に戟による突きが額の肉を抉る。咄嗟に仰け反っていなければ間違いなく頭部を貫通していただろう一撃だ。だが避ければ隙になる。伸びきった恋の腕に手足を絡ませ、全体重を掛けてへし折りにかかる。
「んんんん……えいっ!」
「ぐへっ!?」
だがへし折るどころか投げ飛ばされてしまった。そして恋は再び高速で近付いてきては戟を振るう。掠っただけでも肉が飛び散り骨に響くような斬撃だ。龍見も死なないように必死で回避する。対して攻めている恋は余裕かと言えばそうではない。僅かな時間でも間合いから離れられればそこからは龍見の術が津波のように襲い掛かってくるだろう。それをされれば恋に成す術はない。そうならない為にも龍見をここで確実に潰さなくてはならないのだ。
頬を戟が掠める。耳までぱっくりと裂け口内が丸見えになる。柄が直撃しそうになり左手で弾く。骨が砕け皮膚を貫き表に出る。踏みつけが爪先に当たる。それが足だったかも分からないほどにぐちゃぐちゃに潰れる。どれもが重傷。しかし致命傷だけは的確に回避していく。
「ブッ!!」
「っ!?」
龍見が血を水鉄砲のように吐き出し、恋の顔に直撃する。一時的な目潰しだ。咄嗟に目を瞑ったので直接血が目に入る事はなかったが、龍見が間合いから離れるには十分な隙となった。
「喰らえ水牢! 敵を呑み込め! アクアプリズン!!」
一瞬にして水が集まり、巨大な水球となって恋を包み込み、そして弾けとんだ。恋が龍見の気配を察知し、拘束される前に戟を投げつけたのだが、それが見事に頭部に直撃し命を刈り取った。
頭部が消し飛び、血を噴き出しながら倒れた龍見に何処からかやってきたマキナが触れると時間が巻き戻り、龍見は無事復活する。
「パパよわーい」
「弱くはねぇよ。恋が強いんだ」
「龍見、また手を抜いたでしょ」
「殺さないように本気を出したさ。しかしあれだな、これで七勝六十一敗か。今回は不意をついて接近戦に持ち込んだが、悪手だったか」
「これまでで最短だったね」
「次は絶対に近寄らねぇし近寄らせねぇから覚悟しておけ」
「うん。期待してる。じゃあ買い物お願い」
マキナがいるからこそ行える命の取り合い。普段の手合わせとは違い本気になれる数少ない瞬間だ。ただ龍見はなかなか恋を傷付ける気になれないようで、こういう時でも手を抜いてしまう。対して恋は割り切りがしっかりと出来ているようで遠慮なく殺しに掛かってくる。
「今日は何にする?」
「んー、麻婆にしよ」
「あいよ。んじゃ買ってくる」
まだ復活後の気だるさが抜けきっていないのかふらついた足取りの龍見を見送った恋はマキナと手を繋いで城内へと戻っていった。
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ただ麻婆の材料を買いに街へ繰り出した筈なのだが、龍見の両手には大量の荷物がぶら下がっていた。仮にも世界の英雄。ちょっと出掛ける度に様々な物を渡されてしまう。善意を断る訳にもいかず、全て受け取っていたらとてつもない量になってしまった。
「はぁ、重。流石に貰いすぎたな。そろそろこういうのも止めてもらうようにしないと、みんなの生活に負担が掛かるかもしれねぇ」
月か詠にでも相談すれば止めてもらえるように通達してもらえるだろう。その為にも早めに帰りたいのだが、荷物で腕も疲れているので少しお茶でもして休憩を取る事とした。
ちょうど近くにあった店に入ると奥の席に見覚えのある顔がちらほら。霞と華雄、そして人和だ。
「珍しい組み合わせだな。霞、華雄、休みか?」
「おぉ龍見。せやで。あんたは買い物中か?」
「そうだな。善意の荷物があまりに重いものだから休憩に来たんだ。ここ、座るぜ」
「構わん。いい機会だからお前も人和の悩みを聞いていけ」
「悩み? どうしたんだ人和。頼りない義兄かもしれんが、オレでいいなら相談に乗るぞ」
「義兄さんが頼りないなんて事はないです! ただ、その……いえ、いずれは伝えなくてはいけない事でしょうし今伝えます。私、好きな人が出来ました」
「一刀君か?」
「ど、どうして分かるんですか!?」
「直感かな」
実のところは直感などではない。人和はファンはファンで愛しているが、それはあくまでもアイドルとしての人和としての話。ファンである以上人和個人の好きな人とはなり得ない。となると身近な男性は龍見、華佗、一刀、兵士達だ。
龍見は人和が自分に恋愛感情を向けていないのは知っているので除外。華佗はよく三姉妹の体調管理や栄養管理をしてくれるので一番身近かもしれないが、あの暑苦しさは人和の趣味ではない。兵士達は立場の違いからか常に一歩引いているので接触して恋に発展する可能性は極めて低いが、あり得なくはない。しかし一番可能性があるのは一刀だ。魏周辺でのライブではいつも付き添ってくれて三姉妹の世話もしてくれている。立場も対等であり友人に近い存在だ。何かの拍子に友人から恋人になってもおかしくはない距離感にある。
「ははぁん、前回の魏での公演で踊りを失敗して落ち込んだところを励まされたのが切っ掛けか。そこからお礼で食事に行ったりなんやかんやで距離が縮まって」
「読心術を使ってまで探らないで!! 魔力で分かるんだからね!!」
「おうおう、乙女の心を丸裸にするとは何事や」
「首でも落として黙らせてやろうか? 一度だけなら無事だろう?」
「すまん、オレが悪かった。得物は仕舞ってくれ。しかし一刀君ならオレも大賛成だ。彼も奥さんは多いが、余所から来たからってお前を蔑ろにしたりはしない筈だ」
「うちらもそれは同意件よ。せやけれどもどうしても人和のあいどるっちゅうもんが邪魔になるんよ」
「あいどるをやりながらの恋愛はお前と地和という前例がある。だがお前と地和のように成り立つとは限らん。拠点が違い、北郷にはお前のように離れていてもすぐに連絡するような手段はない」
「そうだな。人和もテレパスを少しは使えるが、効果範囲は狭いし、何より片方が使えるだけじゃ会話にはならないしな」
「やはり、私は恋愛をするべきではないのでしょうか」
ただの遠距離恋愛というような形なら問題はなかっただろう。しかしながら一刀には既に華琳という妻がいる。他にも春蘭や秋蘭を始めとした魏の主要な人物とも婚約している。たまにしか会えないというのは不利となる。勿論一刀はそんな事は気にせず平等に接してくれるだろう。しかし人和が気にするのだ。
「そんな事あらへん! 恋なんて自由なもんや! こいつ見てみ、そこらじゅうで女作っとるで!」
「おい」
「私はまだろくに恋愛というものをした事がない。あいどるでもない。だから無責任な事を言わせてもらうかもしれないが、本当にどちらかを切り捨てないといけやいものなのか? 地和のようになんとか両立する道を探してからでも諦めるのは遅くないだろう」
「霞さん、華雄さん……」
「良かったな、こんだけ応援してもらえて。でもほどほどにしないと覚悟が揺らぐぞ」
「? どういう意味や?」
「人和、最初から一刀に告白するつもりでいたんだろ? ただ同意が欲しかった。違うか?」
「……その通り。義兄さんには敵わないわ」
「いずれ伝えなくてはいけないって最初に言ったのはもう告白するつもりだったから。でも人ってのは他人に肯定してもらったり、不安を否定してもらうと安心するものだ」
霞も華雄も確かにそういう経験はあった。もう解決しているのならばやるべき事は相談ではない。
「他の女に負けるんやないで! 人和はええ嫁になれるっちゅうんを北郷に教えたり!」
「不安な事があれば言うといい。炊事洗濯掃除裁縫、何でも教えてやる」
「次の魏での公演は来月だな。その時には一緒に行ってやるよ」
「み、みんな、ありがとう……」
「よっしゃ、オレはそろそろ帰るぜ。早めに帰って食材渡さないといけないからな」
「義兄さん、次の公演はよろしく」
「任せとけ」
重い荷物を持ち上げて帰路に着く。そんな龍見の頭の中にはどう一刀を人和に惚れさせ、華琳を納得させるかという考えが延々とループしていた。
この話、続きはまた暫く後になると思います。がんばりゅ