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声もなく泣きじゃくる二藍の頭を奈月は優しく撫でていた。二藍はよほど辛かったのか、ラスティと常磐がこの場から消えてしばらく経つのにまだ泣いている。
「誓約の守護者よ、此の者、二藍に関する誓約の情報を我に示したまえ」
静かな声で奈月は呪文を詠唱した。その直後、脳裏に誓約の情報が凄まじいスピードで行き過ぎる。奈月は息を潜めてしばし意識に直接写されたそれに集中した。
この宿に案内してくれるまでの間、二藍はとても嬉しそうにラスティのことを語っていた。そのなれそめなどを聞いた時、あけすけな二藍の言い回しに奈月はとても照れくさい思いをした。が、二藍はとても嬉しそうで本当に幸せそうだったのだ。
なのにこの宿で実際にラスティと会ってからの二藍はとても寂しそうな顔になってしまった。しかもラスティは以前とはまるで別人のような雰囲気を持っていた。酒に溺れていることは判ったが、それだけではない。ラスティは自暴自棄になっていた。それは見ただけで奈月にも理解は出来た。
そしてラスティと話をしている間にあの龍宝珠が語りかけてきたのだ。そこで初めて奈月は理解した。どうやらラスティとあの龍宝珠はとても親しかったらしい。だからラスティは奈月を見た時から態度が悪かったのだ。
誓約の内容を読んだ奈月は小さく息を吐いた。
「婚約は確かに有効です。わたしが知るラスティさんは、あんな酷いことを言う方ではありませんでした。何か事情があったんだと思います」
奈月は声もなく泣き続ける二藍の背を優しく撫でながら告げた。だが二藍が首を力なく横に振る。涙を袖で拭って顔を上げた二藍は涙声で応えた。
「いいの。アタシが勘違いしてたの。……だってラスティ様、本当に素敵で、自分が好かれたら幸せだなってずっと思ってて」
だからいいの。小さな声で言って二藍は寂しそうに笑ってみせた。奈月はラスティが二藍に向けた視線を思い出し、何も言えずに俯いた。あの時のラスティの目は人を見る目ではなかった。まるで虫けらでも見るかのような視線を二藍に向け、せせら笑っていたのだ。それを受けて望みがあると思える方がおかしいだろう。奈月は小さくため息をついた。
まあまあ、と二藍が空元気で笑う。
「ええっと、とりあえず食べない? 折角、お店の人が用意してくれたんだしさ」
そう言って二藍がテーブルに乗せられた料理を指差す。奈月はのろのろと顔を上げて頷いた。
「あっ、はい」
それからしばし、二人は黙って料理を食べた。冷めかけてはいたが、皿に盛られた料理はとても美味しかった。中でも特に腸詰肉の味付けには感心した。もしかしたらあの店主はこれを自分で作っているのだろうか。奈月はふと、そんなことを二藍に訊ねた。すると二藍が笑う。
「実はこの店には自分で育てた香草を入れてるんだ、アタシ。ラスティ様がよく来るって知ってたから」
そこまで言って二藍が沈んだ面持ちになる。奈月は焦って二藍に言葉をかけようとした。が、何と言っていいのか判らない。困って言葉をなくした奈月に二藍がごめんね、と笑う。
「あの、料理、お得意なんですか?」
奈月は慌ててそう言った。すると二藍が笑顔で頷く。まだその笑みはぎこちないが、少しは気分も落ち着いてきたらしい。二藍は嬉しそうに言葉を継いだ。
「一人暮らしだからねー。そういえばハカセのとこにも香草持ってってるんだ。その代わり、珍しい調味料とか貰ってるの」
にこにこと笑いながら二藍が言う。なるほど、どうやらこの世界の調味料は自分のいる世界のそれとは少々違うらしい。二藍の話から奈月はそう見当をつけた。
「そういえばね、ラスティ様って料理が苦手でねっ。いっつもアタシのトコに食べに来てて」
そこまで言ってまた二藍が黙り込む。あああ、と奈月は心の中で悲鳴を上げてわたわたと両手を振り回した。
「あの、その、えっと」
自分が水輝さんに同じ事を言われたらどうだろう。そう考えてしまってから奈月も二藍と同じように黙り込んだ。きっと辛いに違いない。想像するだけでこんなに胸が苦しいのだから、きっと実際に水輝に同じことを言われ、あんな目で見られたら、そのショックだけできっと機体が機能を停止してしまう。
奈月は手にしていたフォークを皿に置いた。思わず浮かんできた涙を指で拭う。
「でもやっぱり、好きなのは止められませんよね」
「うん。そうよね。そうなのよ」
二藍が涙ぐみながら奈月の言葉にうんうんと頷く。奈月も二藍に頷き返した。
奈月は黙してしばし考えを巡らせた。今の二藍の置かれている状況を思うと自分は随分と贅沢な環境にあるのかも知れない。出会った当時から水輝の奈月に対する態度はほぼ変わりない。今でも相変わらず奈月は自分のものだと断言している。だが自分はどうだろう。そう思ってから奈月ははっと目を見張った。
変わったのは自分だ。以前なら黙って水輝のすることに口を挟まずじっと見ているだけだったのに、今は違う。もしも例えば水輝が先のラスティのような目で自分を見てもそれはある意味では当り前なのではないか。何しろ自分は二藍のような人ではない。あくまでも自分は機械であり、水輝がいなければ生きられない存在なのだ。
じっと黙して考え込む奈月をどう思ったのか、二藍が慌てたように声をかける。
「あっ、あのさ! 奈月さんにも好きな人、いるんだね!」
一転して明るい声で二藍が訊ねる。奈月ははっと我に返って頷いた。
「あっ、はい!」
「ねぇ、その人、どんな人? 教えてよー」
にやにやと笑いながら二藍が奈月のわき腹をごくごく軽く小突く。
龍宝珠界の話はちょいちょい出てきます。