「とっても素敵な人です。わたしなんか想うことさえ許されないんじゃないかと思うくらい」
「やだ! それってアタシと一緒じゃん!」
嬉しそうに声をあげて二藍が奈月の手を取る。そうなのよねぇ、と困ったように笑いながら二藍は奈月の手を強く握った。
「アタシもさぁ。ラスティ様をとっても好きなんだけど、でもそれってまずいんじゃないかなあとか思うわけよ。だってラスティ様ってなんかよく判んないけど凄そうなんだよねー……」
二藍は泣くのも忘れて懸命に語り始めている。もしかしたら二藍はラスティがどんな立場にあるのかを知らないのかも知れない。タイラードの守護神たるべき存在である筈のラスティが、平然と他国を訪れ酒に溺れているのだ。もしかしたら知らないのは二藍だけではないのかも知れない。奈月は複雑な面持ちではあ、と二藍に合鎚を打った。
「ラスティさん。おかしいです。あんな風に酔うためにお酒に飲まれる方じゃありませんでした。絶対何かあったんです」
「そういえばそうね。ラスティ様ってうちでご飯食べる時もお酒飲むようなこと、なかった気がする」
勢い込んで告げた奈月の言葉に二藍が考え込むように告げる。どうしたのかな、とぽつりと呟いて二藍は目をしばたたかせた。
「いっつもたくさんご飯食べるんだよねー……ラスティ様って。最初はどのくらい用意すればいいのか判んなくて、あっという間に全部平らげたラスティ様に足りないって言われて」
呟くように二藍が言う。そういえば、と奈月も思い起こした。水輝も奈月の作った料理をかなりの量食べる。最初はやはり奈月も二藍と同じく、水輝の食べる量が判らなくて足りないと言われた。
ラスティさんって、ほんとに水輝さんに似てるかも。そんな奈月の胸の中の呟きを読んだようなタイミングで二藍が言葉を続ける。
「いつの間にかふらっといなくなったかと思ったら、全身ぼろぼろになって帰ってきたりとかすんの。びっくりしてどうしたのって訊いても何も教えてくれなくて」
でもそういう時はアタシの調合した薬が役に立つの。そう言って二藍が微かに笑う。それをぼんやりと見つめながら奈月は心の底で呟いた。
わたし、間違っていた、おかしくなっていたかも。わたしは水輝さんのものだけど、水輝さんはわたしのものじゃ無い。それなのに、勝手に自分の考えを水輝さんに押し付けようとしていた。
「でもさあ。いっちばんびっくりするのはやっぱり、唐突に目の前から消えられることだよねー。魔法士っていってもああやっていきなり消える人は初めて見たから、最初はびっくりしちゃった」
くすくすと二藍が笑う。確かに転移術を使える魔法士は少ないだろう。あれは翠の加護がなければ絶対に使えない魔法だ。
「……あれ? 奈月さん? どうしたの? 急に黙って」
しばし笑ってから二藍が奈月に声をかける。
「二藍さん、あの、あなた魔法の素質は?」
翠さんの力が二藍さんの中に染みとおってる。属性違うのに、どうして? 疑問に思いながら奈月は小さな声で訊ね返した。すると二藍が屈託なく笑う。
「アタシ? アタシは駄目だよー。ほら、魔法士って生まれた時からなれるかどうか決まってるって言うじゃない? アタシを取り上げてくれた産婆さんがたまたま魔法士でさ。そのおばあさんがアタシは魔法士には向かないって」
小さく舌を出して二藍が告げる。それではやはり、二藍は魔法士として翠の力を借りている訳ではないのだ。
「二藍さんも覚えれば転移術使えると思います。どうしてかはわかりませんけど、転移術に必用な力が二藍さんの中に満ちています」
「へ?」
二藍が目を丸くして間抜けな声をあげる。奈月はじっと二藍を見つめて頷いてみせた。すると慌てたように二藍が両手を振り回す。
「ムリムリ! ぜえったい無理! だって、魔法のマの字も知らないんだよ?」
そう言って二藍が声をあげて笑う。だけど、と奈月は困惑しながら呟いた。確かに二藍からは翠の力を感じるのだ。
いつの間にか夜が明けている。窓から白い光が差し込んで部屋の中を照らす。奈月はしばしその光に目を細めてから二藍に向き直った。二藍が困惑した面持ちで奈月を見る。
「あの、二藍さん。お体の具合、おかしくなったりすることはありません?」
「は?」
二藍が眉を寄せて奈月をじっと見つめ返す。それから二藍は自分の身体をあちこち触って首を傾げた。
「別に……特におかしいところはないと思うけど……」
そう言ってから二藍ははっと息を飲んだ。もしかして、と呟いて出来る限り潜めた声で続ける。
「あの、その……やりたくて溜まらなくなるのって具合悪いの?」
眉を寄せたまま、二藍がぼそぼそと告げる。
「その……ラスティさんとしないと収まらなくなったりします? 自分の指とかでは我慢できないとか?」
奈月は二藍につられて眉を寄せ、小声で告げた。すると二藍がうんうん、と頷く。
「でもそゆ時に限って、絶対ラスティ様が家にくるんだよー」
更に声を落として二藍が言う。
「もし、ラスティさんに抱いていただけなくなったら、どうなってしまうと思いますか?」
真剣な面持ちで奈月は小声で訊ねた。すると二藍がうーん、と唸って腕組みをする。それから嫌にあっけらかんと二藍は答えた。
「死んじゃうんじゃないかな」
きっぱりと二藍が言う。
「だめです!」
「へ?」
唐突に大声で言った奈月に驚いたのか、二藍が間の抜けた声を上げて目を見張る。それから二藍は何度か瞬きして困ったように頭をかいた。
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