「えーと、あの、奈月さん? どしたんだ?」
困惑するラスティの声が聞こえてくる。奈月はかたく目を閉じたまま嫌がるように首を横に振った。
「二藍さんに見せてあげてください! わたしには水輝さんがいらっしゃいますから!!」
必死の面持ちで叫ぶ奈月を見ていたラスティがぽん、と手を叩く。
「悪い悪い。ちょっとびっくりしてさ。こんなの出したの初めてだったし」
笑い混じりに言ってからラスティが片手を上げて部屋を出て行く。どうやらラスティは男としては初めて女性を抱いたらしい。奈月はぐったりとその場にうなだれて深々と息を吐いた。少しだけ、常磐の気分がわかった気がする。
しばしの後、今度はきっちりと服を着たラスティが奈月のいた部屋を訪ねてきた。どうやら二藍は疲れて熟睡しているらしい。
「悪かったな。あんたにも迷惑かけて」
そう言ってラスティが頭をかく。
「いいえ。ラスティさんも慣れない身体で大変でしょうし。こちらこそ悲鳴あげたりして申し訳ありませんでした」
そう言いつつも奈月は注意深くラスティを警戒していた。だがそんな奈月を見てラスティが声を上げて笑う。
「心配しなくても襲いやしねえよ。……そうだ。飯でも食うか? この時間なら店主も起きてるだろ」
促されて奈月は宿の一階に下りた。ラスティの言った通り、調理場には店主の姿がある。
「ダンナー。困るよ、あんな大金」
料理を作っていたらしい店主が屈めていた腰を上げてラスティに言う。ラスティはまあまあと笑って店主に料理を注文した。傍で聞いている奈月も驚くくらいの量を注文し、ラスティがさっさと調理場を出る。奈月はその後ろをついて歩いた。誰もいない店内のテーブルの一つにラスティがつく。
「二藍さんの身体、どうなってらっしゃるんですか?」
龍種というのは二藍さんの身体に満ちている翠さんの力に関係あるんですか? そう続けながら奈月は静かにラスティの正面の椅子に腰を下ろした。ああ、とラスティが苦笑する。
「ちょっと前にな。あいつ、風邪こじらせてやばかった時があってさ」
昨日見た荒れようが嘘のようにラスティは落ち着いている。奈月は黙って頷いた。
「そん時にとにかく治そうとしてさ。龍神が性交渉で相手を治したりとかすんじゃん? それ思い出して」
そこまで言ってラスティが困ったように視線を逸らす。その時の二藍の状態はとても酷く、治療術では間に合わなかったのだと言う。それを聞きながら奈月は微かに笑ってみせた。ラスティは口で言うほどには二藍を邪魔だとは思っていないらしい。
「ラスティさんがとっても照れ屋だってこと、忘れてました」
「うっ」
ラスティが言葉に詰まって嫌そうに奈月を見る。奈月はにこにこと笑いながら首を軽く傾げてみせた。ラスティが呻きながら額を押さえる。
「それでさ。結局、契約とか言ってたのってもういいのか?」
店主が運んできた料理を受け取りながらラスティが告げる。大皿に盛られた料理を眺めながら奈月は少し思案した。
「あっあの、ひとつ、頼みがあるんです」
断られたらどうしよう。そう思いながら奈月は真剣な顔でラスティを見た。ラスティがナイフとフォークを手に大皿に向かいながらなに、と訊ね返す。顎をしゃくられて奈月もカトラリーを手にしながら告げた。
「わたし、ここの世界には一方通行の扉から来たんです。だから、戻れなくなっちゃって」
泣きそうな顔で告げた奈月をラスティが呆気にとられたように見る。それからラスティは瞬きを何度かして答えた。
「あんた、転移術使えないのか?」
大きな肉を切り分けようとしていた奈月ははた、と気付いて手を止めた。
「あぅ」
情けない声を漏らした奈月をラスティが笑い飛ばす。奈月は真っ赤になってナイフとフォークを握る手を小刻みに震わせた。何で今まで気付かなかったのだろう。後悔の念が押し寄せてくる。
「わたし、やっぱりどじですよね」
半泣きで告げた奈月にラスティがそうだな、と頷く。うう、と呻いた奈月にラスティは先ほどとは違う、柔らかな笑みを向けた。
「だからちょうどいいんじゃねえの? 俺はあいつの気持ちなんざ知らんし、どうでもいいけど、それでもあいつがあんたを大事にしてるってことくらいは判るぜ?」
流れるように言いながらラスティが器用に肉を手早く一口大に切り分けていく。骨から削ぎ落とされた肉を小さな皿に盛り、ラスティはそれを奈月の方に押し出した。
「あ、ありがとうございます」
素直に礼を言って奈月は皿を受け取った。別に、と笑ってラスティが大皿に手を伸ばす。異様なスピードで料理を平らげながらラスティは告げた。
「ただ、俺と似た性格してるなら、あいつってけっこう我侭だと思うぞ。あんま、まとわりついてるとうっとうしがられるかもな」
ラスティがそう言いながら皿に乗っていた野菜を口に放り込む。
「そうですよね。わたし……」
奈月は小皿に手をつけないまま、しゅんとうなだれた。するとラスティが小さく笑って奈月の小皿に実を一つ乗せる。赤い実はラズベリーにとても良く似ている。
「あ、でもなあ……。俺に変化があったってことは、やつもそうだってことだし」
ラスティが何事かを口の中で呟く。せりふの切れ端を聞き取った奈月は慌てて顔を上げた。
「水輝さんに何か!?」
勢い込んで訊ねた奈月に圧されるように、ラスティが食事の手を止める。
「い、いや、何かって言うか」
言葉を濁して目を泳がせる。それを重大な意味と取った奈月は椅子を蹴倒して立ち上がった。
「本当にお世話になりました! 二藍さんにも伝えてください! わたし失礼いたします! また必ずご挨拶にお伺いします! それでは!」
慌ただしく告げて奈月はラスティに頭を下げた。その拍子にテーブルに頭をぶつけてしまう。が、奈月はそれに構わず転移術を展開した。
急に帰還しますw