凪の所属の話なのですが……。
「判ったわ。私の態度が悪いのね」
そう言いながら凪が少し俯く。
「僕の受け答えも悪かったと思いますが、あなたはがんじがらめに自分を縛ってしまった。ただたんに嫌味として言ったつもりの発言が、矛盾する偽りとしてカウントされてます」
優一郎は困った顔をしてそう言った。凪がため息をついて深く俯く。やがてゆっくりと頭を上げた凪の顔からは先ほどまでの険がきれいに消えていた。
「ごめんなさい。出来るだけ口は利かないことにするわ」
それだけ言って凪が口を引き結ぶ。それから凪はゆっくりと歩いてドアのところで止まった。
「とりあえず、不本意だとは思いますけど、使い魔の女性を僕に差し出すために紹介すると、誓約してください。それで扉は開くはずです」
優一郎は疲れた息を吐いてソファに戻りながら告げた。だが凪が返事をしない。優一郎は訝りに眉を寄せて凪を見た。凪が唇を引き結んだまま、首を横に振る。
「今で無くても構わないんです。栄子さんの下に戻ったのちに、相談してください」
あの方なら、逆にこの状況を面白がりそうな気がするし。なんとなるでしょう。優一郎は凪を伺いながらそう付け足した。だが凪はやはり首を横に振る。ドアの手前に静かに佇み、凪は真っ直ぐに優一郎を見つめている。その目からは確かに険は消えている。だがこれでは平行線だ。
「わかりました。栄子さんに相談できないなら、水輝さんに相談しましょう」
「駄目」
今度は凪が即答する。優一郎は軽い驚きに目を見張り、凪を見つめた。凪はしばし考えるように眉を寄せてからゆっくりと歩き出した。優一郎の向かいにあるソファの後ろで凪が足を止める。
「僕の使い魔ではありませんが、多輝が水輝さんから譲り受けた蒼という者が居ます。彼にお願いすれば繋ぎはとれます」
緊急事態だから協力してくれるだろうし。優一郎は注意深く凪の様子を伺いながら静かに告げた。すると凪が唇を噛み、しばし黙る。やがて凪は苦しむように顔を歪めて小さな声で言った。
「ごめんなさい。水輝に報せるのはやめて」
そう言って凪が優一郎に頭を下げる。
「水輝さんにも頼れないと?」
確かめるように優一郎は告げた。すると凪が慌てたように顔を上げる。その目には涙が浮かんでいた。
「知られたくないの。お願い」
一体、どういうことだろう。優一郎は凪の反応を見てしばし考えた。凪の言っていることはちぐはぐで整合性がないような気がする。実際、凪は優一郎の問いに明確には答えていないのだ。
「少なくとも、あなたが水輝さんの依頼を受けてここにいらっしゃるのは確かなことです。そうでなければ結界を抜けることさえできなかった筈ですから」
優一郎の言葉に凪が小さく頷く。それを見て取って優一郎は首を傾げた。
「最初、あなたは栄子さんとの主従関係を盾にとって、立城さんの治療の主導権を握ろうとしましたよね? それだけ強固な主従関係があるなら、なぜ、栄子さんの下に戻れないのですか?」
凪が唇を噛む。やがて凪は諦めたようにため息をついて目の前のソファを指差した。
「座ってもいい?」
小声で凪が訊ねる。優一郎は黙って頷いた。凪がありがとう、と礼を言って優一郎の正面に座る。
「私は今は風龍神の使い魔だけれど、その関係がこれからも続くという保証はないの。いいえ、多分、立城さんが無事に回復したら、私は風龍神の手を離れるわ」
ひと言ずつ、確かめるように凪が言う。
「これで、ひとつ疑問が解けました。続けてください」
ぬるくなった紅茶を啜って優一郎は凪を促した。
「続けてって言われても……」
凪が困惑した面持ちで呟く。一体、何を話せばいいのか分からないといった表情だ。優一郎は少し考えてから言った。
「使い魔は主無しでは存在できません。主を移ることはありますが。栄子さんの下を離れるということは、違う誰かの使い魔となるはずです」
「そうね」
凪が頷く。それから凪はため息をついて言った。
「私は物事を停滞させる役割も担っているの。必要な誰かのところに配される、としか答えようがないわ」
もしかしたら凪自身、これから自分がどうなるのか判っていないのかも知れない。声は揺れているが嘘を言っている雰囲気はない。優一郎は凪の言葉を胸のうちで繰り返してみた。
「凪と言う名のままならそうでしょうね。ただ、これは仮定の話ですが、名前が変るということも有り得るのではないでしょうか?」
凪から転じるなら渚とか。そう優一郎が続けた時、凪は辛そうに顔をしかめて目を閉じた。
「……その可能性も、なくはないわね」
苦しそうな声で凪が呟く。
「仮に水輝さんの下に付くとするなら、凪でも意味的には許容範囲内な筈ですけど、あの方は流れ続ける方ですから、ほぼ確実に名は転じるでしょうね」
「……どうしてもその話をしなければならない?」
俯き加減になって凪が問う。目を伏せているため、凪の表情は今ひとつよく判らない。
「いえ。その必用はありません。たった今、解決策を思いつきました」
にっこりと笑って優一郎は言った。凪が恐る恐るの態で顔を上げる。
「ここは僕の部屋です。あなたはここに閉じ込められてしまいましたけれども、僕がここに出入りするのは自由です」
もちろん立城さんもね。笑顔のままで優一郎は告げた。凪が怪訝そうに眉を寄せる。
「立城さんをこの部屋に僕が連れてくればいいんです。そうすれば、あなたは役目を果たすことができます。立城さんが回復すればなんらかの変化があなたにあるはずです」
無くても回復した立城さんに使い魔を作ってもらえばいいし。笑顔で告げて優一郎は立ち上がった。ドアに向かって歩き出す。すると凪が慌てたように優一郎に駆けより、その腕を後ろから引いた。
「駄目! 今、あの人を動かしては駄目!」
凪が優一郎の腕を両手に抱えて必死の面持ちで言う。優一郎は肩越しに凪を見返った。
「急がなければならないと教えてくれたのはあなたですよ。立城さんも順調に回復しています。それでは、お待ちください」
そう告げて優一郎は歩き出そうとした。が、凪が優一郎の腕を捕まえて離さない。訝りに眉を寄せて振り返った優一郎に凪が叫ぶようにして言った。
「お願い、待って! あの人の身体で童貞を切ったから、本当にぎりぎりなのよ! あの結界からあの人を連れ出すのはやめて!」
泣きそうな声で言いながら凪が優一郎の腕に抱きつく。
「ピンク色の宝石を使われたんですね? 処女膜を自ら破り膣内に埋め、その宝石の力でペニスを形成した」
びくん、と凪が震える。涙に濡れた目を上げて凪は唇を噛んだ。一度、緩んだ防御壁を崩すのは容易い。優一郎は目を細めて凪を見つめた。
「大丈夫です。童貞は失われてませんよ」
処女は失われていますけど。苦笑して優一郎はそう続けた。凪がぐらりとよろけてその場にへたり込む。だが凪は優一郎の白衣の袖をしっかりとつかんでいた。
凪はアレコレ事情持ちなのです。