この章で「魂の座 暁の姉妹」は終わりです。
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莢花と明音の2人旅のはじまり 1
明音と名乗った少女に伴われて莢花は大きな屋敷を出た。玄関を出て振り返ると自分のいた場所がとんでもないところだったことが判る。少なくとも絶句して息を飲み、目を見開いて口を開けっ放しにしてしまうほどには莢花は驚いた。屋敷を見上げて呆然と佇む莢花の手を小さな手がつつく。
「ほら、何してるの。行こうよ」
水輝を探しているのだ、と明音は言っていた。だから莢花は明音についていくことにしたのだ。莢花は慌てて頷いて明音のあとに続いた。
「お兄ちゃん、どこにいるの?」
「来れば判るってば」
そう言って明音が振り返って苦笑する。不安を覚えつつも莢花は大人しく明音について歩いた。
莢花は明音に勧められるままに空色のワンピースに身を包んでいた。耳には水輝のピアスがついている。薄いストッキングをガーターベルトで吊り下げる時は、身につけ方が判らなくて明音に教えてもらった。明音はその容姿の幼さとは裏腹に難しい言葉を幾つも喋るし、色んなことをよく知っているようだ。周囲をおどおどと観察しながら莢花は屋敷の庭を出た。
誘われるままに莢花はバスに乗り込んだ。明音がにこにこと笑って莢花の横に腰掛ける。バス賃は持ち合わせていなかったので明音に払ってもらった。こんなことならあの部屋を出る時にお金くらい探しておけばよかった。
「わー。けっこう渋滞してるねえ」
窓の外を眺めながら明音が笑顔で言う。そうね、と答えつつ莢花は気が気ではなかった。バスの形が自分の知っているものと違う。それに道を走っているのは知らない車種ばかりだ。バスの中のアナウンスはいつの間にか録音されたものになっているし、しかも英語の案内までくっついている。道行く人々の格好もかなり違う。何で女の人たちはあんな風に短いスカートばかりはいているのだろう。少なくとも莢花が学校にいた頃は下着の見えそうなあんなスカートをはいている女性は殆どいなかった。
「あかねちゃん、現実だとか言ってたわけよね? 今、何年なの?」
莢花は周囲の他の客に聞こえないよう、明音の耳元に口を寄せて訊ねた。するとうーん、と明音がしばし唸ってから答える。なるほど、どうやら自分の生きていた時代よりずっと未来らしい。もし莢花が生きていたとしたら八十は越えている。へえ、と呟いて莢花は窓の外をじっと見た。
「あ、乗り換えなきゃ」
バスに乗って三十分も経った頃だろうか。そう言って明音が座席を降りた。停留所に停まったバスから明音が降りる。莢花もそれに続いて外に出た。
目の前にはやたらと人の多い駅がある。明音は迷わずそちらに向かって歩き出した。
「清陵センターって、ここ清陵町なの!?」
「うん、そうだよ」
何食わぬ顔で明音が肯定する。莢花はその場にへたり込みそうになった。慌てて思い直して足に力をこめて何とか踏ん張る。
「開発が進んだのはちょっと前かな。吉良瀬グループがこの辺り一帯を開発してね。今ではこんなに賑やかだよ」
くすくすと笑いながら明音が駅をバックに両手を広げてみせる。莢花はぐらぐらする頭を押さえて呻いた。あの頃に見た清陵の地は本当に何もなかった。水輝とあの双子が激闘を繰り広げた地がここなのだ。
「吉良瀬グループって何? 吉良瀬くんたちと関係あるの?」
驚きに目を見張ったまま莢花は訊ねた。動揺のあまり、自然と声が震える。だが明音はそんな莢花とは対照的にあっけらかんと笑っている。
「吉良瀬グループってのは吉良瀬財閥が運営する企業体の俗称だよ。吉良瀬財閥の当主は……莢花サンも知ってるんじゃないの? ほら、双子の兄貴の方」
そう言って明音が笑顔のまま細い指を振ってみせる。莢花は愕然と目を見張ったまま、目の前に建つ大きな建物を見上げた。
「立城さんだっけ? まだ生きてるの?」
恐る恐る莢花は訊ねた。すると明音があっさり頷く。
「生きてるよん。なに? 死んでた方が良かった?」
くすくすと笑いながら明音が歩き出す。人通りの多い横断歩道を行く明音の後を莢花は慌てて追いかけた。人の流れを避けながら何とか明音についていく。こんなところではぐれたら二度と明音を見つけられない。何しろ明音は小さく、人の影にすぐに隠れてしまうのだ。
「お兄ちゃんも生きてるの? 結局、お兄ちゃんと立城さんの戦いはどうなったの?」
明音がある程度、こちらの情報を得ていることは判っている。莢花は懸命に明音の後を歩きながら訊ねた。えーとねー、と明音が間延びした声で言いながら足を止める。明音はポケットから財布を取り出して券売機に手を伸ばした。が、どうも届かないらしい。莢花はそれを悟って明音の代わりに紙幣を券売機に入れようとした。
そこで動きを止める。見覚えのない紙幣だが大丈夫なのだろうか。そんな不安を覚えた莢花のスカートを明音が引っ張る。慌てて振り返った莢花は自分の後ろに列が出来始めていることに気付き、急いで紙幣を券売機に入れた。
莢花はかなり前に一度、亡くなっているので現実と時間がずれてます。