「あたしのならまだともかく、借り物なんでしょ? 本来の持ち主に悪いじゃないの!」
「へえ。莢花サンなら見せてくれたんだ?」
そう言って笑いながら明音が唇から煙草を剥がす。明音はそのまま短くなった煙草を小さな手の中に握り潰した。すると手の中で何かがはぜる音がする。開いた明音の手の中で吸殻は一瞬で消し炭になっていた。それを手を叩いて払い落として明音がどうなんだよ、と莢花に声をかける。
「あたしのなんか見たって楽しくないわよ……」
急に寂しくなって莢花は小声で告げた。おりょ、と明音が目を見張る。莢花は明音の視線を避けるように余所を向いた。
「どったの? 莢花サン。もしかしてコンプレックスでもあんの?」
莢花の態度をどう取ったのか、明音が心配そうな面持ちで訊ねる。
「悪かったわね! どうせあたしはお兄ちゃんやお姉ちゃんに比べればみそっかすよ!」
「へ? ああ、何だ。そんなことか」
莢花の勢いに圧されたのか息を飲んでいた明音がため息を吐きながら告げる。明音は莢花の手をぽんぽんと軽く手で叩いた。何よ、としかめ面で言った莢花の手を明音が小さな手で握る。
「水輝ちゃんは入れ物なんて気にしないと思うよ? 莢花サンは莢花サンっしょ? いいじゃん、自信持てば」
明音が下から莢花の顔を覗き込んで言う。
「お兄ちゃん、実はけっこうな面食いなの。知ってるもん」
消え入りそうな声で莢花は告げた。ふうーむ、と明音が微妙な返答をする。水輝が渚を好いていたことは知っている。それにあの頃、水輝の審美眼に叶う女性は少なかった。告白された女性に対する評価を莢花は直接に水輝から何度も聞かされているのだ。
「この身体なら、お兄ちゃんの好みでしょうけどね。あっ!」
途中で声を上げて莢花は明音を睨んだ。明音が不思議そうに首を傾げる。
「まさかとは思うけど、あたしにお兄ちゃんを誘惑させようとか思ってないわよね?」
でも無駄だから。そう続けて莢花は唇を引き結んだ。すると明音が眉をいっぱいに寄せて頭をかく。どうやら答えに困っているらしい。どんなに慰めても無駄よ。莢花は内心でそう呟いた。
「あのさあ。もしかしてと思うけどさー」
頭をかきながら明音が言いにくそうに告げる。莢花は何よ、と促した。
「莢花サンってひょっとして元の身体って割とウエストがない?」
それを聞いた莢花は硬直した。
「どうせドラム缶よ! わるかったわね!!」
硬直が解けた直後、莢花はそう明音に怒鳴りつけた。すると明音がもの凄く嫌な顔をして耳を押さえる。遠慮なく張り上げた莢花の声はビルの狭間で大きく響いた。
「それでバストがなかったんだ?」
それでも容赦なく明音が言葉を継ぐ。殴ってやろうかと思いながら莢花は歯軋りした。
「そうよ! 顔立ちも平々凡々。もらいっこじゃないのかって良く言われたわ……」
出来るだけボリュームを絞った声で莢花は答えた。だが憤りに震える莢花とは対照的に明音はふんふんと一人で頷いている。
「それで? 莢花サンって初潮が来たのはいつ?」
言われた瞬間、莢花は迷いなく明音の頭をぶん殴った。いてえ! と喚いて明音がその場にしゃがみ込む。
「十一の時よ! 何か文句ある?」
「答える前に殴らないでよ、もう」
泣きそうな顔で明音が言う。莢花が張った部分を撫でさすりながら明音が立ち上がる。不思議と明音はそれでも莢花の手を離さなかった。
「あのね。これはオレの予測だけどさ」
そう言いながら明音が真っ直ぐに莢花を見上げる。正面から見つめられた莢花は急に居心地が悪くなって視線を逸らした。
「莢花サンってさ。亡くなった時にまだ第二次性徴期を終えてなかったんじゃないの?」
言われて莢花は絶句した。だが莢花の驚きに気付かないのか、明音が言う。
「ヒトってさ。割と成長の速度ってまばらじゃない? だからきっとまだ莢花サンの身体はしっかりとオトナになってなかったんだよ」
「慰めてくれなくてもいいから。あたし判ってるから」
そう言って莢花は唇を尖らせた。やれやれと明音が肩を竦める。そして明音は告げた。
「あのねぇ。そもそもあの二人と比べるのが間違いだよー。アレは特別。十七で覚醒するために龍神はその年齢直前に一気に成長するもんなの。もちろん身体だって急にオトナになる」
だから気にすることはないよ。そう続けて明音がにっこりと笑う。言われたことに引っ掛かりを覚えて莢花は眉を寄せた。
「やっぱり、お姉ちゃんも特別だったんだ?」
「カノジョは水輝ちゃんに引きずられてたってのが正しいかなー。……ほら、そろそろ行こう。のんびりしてるとまた水輝ちゃんどっか行っちゃうから」
そう言いながら明音が歩き出す。釈然としないものを感じつつも莢花は明音の後に続いてビルの狭間を抜けた。
莢花はとにかく水輝らぶなので、他は眼中になかったりします。