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目を上げた優一郎は息を飲んだ。汀をベッドに押さえつけている立城は無防備に光の粒の弾丸に晒されているのだ。立城の身体のあちこちを光の粒が貫いて過ぎる。だがそれでも立城は汀から決して手を離さなかった。
ベッドに横たわり口を開けて汀が不気味な低い声を放つ。だがその声ははっきりとした言葉になってはいない。
「母上、失礼!」
そう言って優一郎は立城のスカートをめくり上げた。白い下着を問答無用で鎌の刃で刻む。手にしていた鍵を優一郎は露になった立城の膣口に差し込んだ。
「紫の錠前よ! 開け!」
びくんと身体を震わせた立城が声にならない声で叫ぶ。立城の身体から一気に紫色の光が放たれ、汀の身体に吸い込まれていく。それと共に汀が狂ったように暴れ始める。
汀を押さえていた立城が悲鳴を上げて仰け反る。その直後、立城の身体はかかる圧力を無視して宙に浮いた。鍵をねじ込んだ膣から零れた赤い液体が立城の足を伝って床に滴る。
「我が名は紫の錠。鍵を開きし者よ。汝の願い、受け入れよう」
宙に浮かんだまま立城が感情のない声で言う。ベッドで暴れる汀を必死で押さえながら優一郎は立城を仰ぎ見た。
「紫の錠よ、我が僕、汀より、いまの世を動かす理を、古き誓約を保証する力を、全て奪え」
ゆらりと立城が手を天に差し伸べる。その瞬間、汀の動きがぴたりと止まった。それまで部屋の中をでたらめに駆けていた光の粒が一気に立城の手の上に集められる。それと同時に汀の身体から透明な陽炎のようなものが立ち昇った。
「悲しき運命の娘よ。空の標、宵の煌きよ。我が名は紫の錠。誓約に従い、いにしえの力、古き記憶を解き放て」
感情のない声で立城が紡いだ瞬間、汀の身体から立ち上っていた透明な揺らぎが立城の手の中に集められた光の粒に混ざった。掲げられた立城の手の中で光と揺らぎが渦を巻く。そしてそれはまるで水晶のように透明な珠になった。
逃げて。
不意に優一郎の頭の中に立城の声が響く。はっとして優一郎は目を見張った。が、立城はまだ宙に浮かんだままだ。
「了解しました。母上。ご武運を」
そう言って優一郎は汀を抱えてその場から転移しようとした。
唐突に激しい衝撃に襲われる。優一郎は声もなく吹き飛ばされた。腕に抱いていた汀が床に力なく落ちる。優一郎は壁に強かに打ちつけた頭を押さえて顔を上げた。
宙に浮かんだ立城が無表情のまま、片腕を優一郎に向かって伸ばしている。
「永久の誓約、空の主よ。汝に問う」
優一郎は愕然とした面持ちで立城を見上げた。立城からはどんな感情も読み取れない。さっき、頭の中に声を飛ばしてきた立城と、目の前にいる立城とは別人なのではないか。
「空の主とは我のことか?」
「然様」
短く答えて立城が頷く。優一郎は少しだけ目を細めた。ちらりと床に視線を飛ばす。汀は脱力して床に倒れたままだ。
「地を這う人型、その命の紡ぎ手よ。汝、刻の楔足り得るか否か」
答えちゃ駄目。
感情の失せた問いかけの直後、再び優一郎の頭に立城の声が響く。
「汝に問う。解答の期限は?」
「即刻答えよ」
静かな声で立城が言う。だがその反面、優一郎の意識を立城の嘆きが叩いた。今、優一郎に語りかけているのは立城自身ではないようだ。だが完全に立城と別人とも言えない。
「異議あり! 汝に問う。汝の名を述べよ」
力ある言葉を紡ぎながら優一郎は鎌を握り締めた。立城が静かに優一郎を見つめる。その目にはどんな感情も浮かんでいない。
「我が名は紫の錠。翠の混沌。青の鍵。汝、問いに答えよ」
感情のない声で立城が言う。優一郎は息を飲んで床に横たわる汀を見た。だが汀はぴくりとも動かない。その息があるのかないのかも確かめようがない。
結界を解くよ。ごめんね、あんまり役に立てなくて。
優一郎の頭に立城の悲しげな声が届く。
「我返答の必要を認めず。汝の定めし刻限は汝が問いを発した瞬間に過ぎ去りし故。返答不能」
口早に言いながら優一郎は立ち上がった。真正面から立城を睨み据える。頭に響いた言葉通り、立城の張り巡らせた結界はゆっくりと解けていった。床に描かれていた紋様が消えていく。それと同時に優一郎の意識に外の様子が飛び込んできた。
空が暗くなる。急に太陽が隠れ、戸惑う人々が空を一斉に見上げている。
「……永久の誓約よ……。汝の願いに従い、我はかの誓約を受け取ろう」
静かにそう告げて立城が右手を天に差し伸べる。ゆっくりと持ち上げられた手に乗っていた透明な珠が一気に空に向かって弾き飛ばされる。優一郎の研究施設に張り巡らされた結界を易々と破り、それは暗い空へと吸い込まれていった。
不意に立城の身体が揺れる。直後、立城は完全に脱力して床に落ちた。
「母上!」
そう叫んで優一郎は立城に駆け寄った。光の粒に貫かれた立城の身体はずたずたにされている。だが辛うじて息はあるようだ。そのことを確かめてから優一郎は汀に近付いた。まず機体の状態を確かめてからベッドに寄る。散らばっていたサファイアを取り上げて優一郎は呟くように言った。
「汀さん。身体に戻るのは、修理が終わった後でかまいませんね?」
優一郎の手の中で僅かにサファイアが輝きを帯びる。だがすぐにその光は消えた。優一郎は大事に白衣のポケットにサファイアを納めた。
低い咆哮が地面と空気を揺らす。優一郎は目を細めて天井を仰いだ。意識を伸ばして外の様子を見る。暗い空、雲の狭間に青い巨大な龍体が見え隠れしている。それを運悪く見止めた人々が悲鳴を上げる。天に昇った透明な珠をつかみ取った後、青い龍神は雲に紛れて消えてしまった。
「見事なものですね。あなたのす、おっとっと……誓約の管理者たる我の僕、汀よ、汝、道化として我に仕えん」
そう言って優一郎は白衣のポケットに目を落とした。優一郎の声に応えるようにポケットの中でサファイアが一度強く輝いた。
龍神本体が出てきたのは、ハーメルンでは初めてでしょうか。
ホントのサイズはデカすぎて一部しか見えないのですが、あんまりデカすぎると目立つのでこれでも小さくなってますw