「本当の事を言って。お兄ちゃんが好きなのは、お姉ちゃんよね?」
「おれが好きなのは莢花だ」
震える声で水輝が呟いた瞬間、雨脚が強くなった。激しい音を立てて雨が降り注ぐ。莢花は水輝に抱きしめられながら天を仰いで深呼吸した。
「で、どうする気なの?」
冷ややかな声で莢花は告げた。すると水輝がのろのろと顔を上げる。
「……莢花はおれが好きなんだよな?」
ぼそりと水輝が呟く。不思議とこれだけ雨が降っているのに水輝と莢花の身体は少しも濡れていない。
「あたしのことが好きなら、刀を抜いて。蒼い刀を」
即座に莢花は言葉を返した。
「何で!」
水輝が目を見張って叫ぶ。莢花はくすくすと笑いながら告げた。
「やっぱり、嫌いなんだ?」
莢花の言葉に水輝が顔をしかめる。疲れたようにため息を吐いて水輝は力なく首を振った。
「何でそんな、試すようなことを言う? おれの言ったことが信用できないのか?」
確かにおれはいいかげんかも知れないけど。消え入りそうな声で水輝が続ける。莢花は更に言い返そうと息を吸った。
そこで硬直する。水輝の肩の向こうに小さな黄色いものが揺れている。それはゆっくりと二人に近づいている。ある程度まで近付くとそれが傘だということが判った。言葉をなくして黄色の傘を見つめる莢花を訝ったのか、水輝が遠慮がちに声をかける。
「莢花?」
「あかねちゃん?」
莢花は何度か瞬きをしてそう呟いた。すると水輝が顔をしかめて肩越しに振り返る。その時にはもう、明音は傍まで二人に近づいていた。
「……誰だ」
「自己紹介は面倒だから省くねー」
のんびりと言いながら明音が唇に挟んでいた煙草の先で水輝を指す。
「莢花サン。水輝ちゃん、壊れてるわ、かなり。どうする?」
傘をくるりと回しながら明音がにっこりと笑う。莢花は傘をさしている明音と水輝とを見比べた。
「あかねちゃんは、どうしてお兄ちゃんが壊れたのか知ってる?」
「ちょっと待て! 何だ、お前は! 人のこと壊れてるだの何だの」
莢花の質問を遮って喚いた水輝が明音につかみかかろうとする。その瞬間、明音が水輝にゆらりと手をかざした。瞬く間に大きな黒い鎌が現れる。それを見た水輝が息を飲んだ。近付こうとしていた水輝を鎌の刃で牽制しながら明音が困ったように笑う。
「ちょっと寝かせた方がいいかな?」
そう言うなり、明音の姿がその場からかき消えた。息を飲んだ水輝の背後に唐突に明音が姿を現す。
「感謝してよん。矛、使わないだけ、マシっしょ?」
笑顔で言って明音は右手に握った鎌を揮った。大きな刃が背中から水輝の腹に食い込む。莢花は反射的に悲鳴を上げた。鎌の刃に貫かれた水輝がその場に崩れ落ちる。
「何するの! やめてっ!」
莢花は慌てて明音と水輝との間に割って入った。だが明音は攻撃する意欲はもうないらしい。あーあ、と情けない声で言いながら右手を振る。すると大きな鎌はあっという間に消え失せた。
「もー、濡れちゃったじゃんー。風邪でもひいたらどーすんのさー」
ぶつぶつと文句を言いながら明音が落ちていた傘を拾い上げる。黄色い傘を再びさしてから明音は水輝を指差した。
「だいじょぶよん。寝てるだけだから」
莢花は慌てて倒れた水輝の傍にしゃがみこんだ。確かに水輝は穏やかな寝息を立てている。しかも鎌の刃に貫かれたというのに水輝の服には傷一つついてない。
「……心臓に悪いこと、しないでよ」
ほっと胸をなで下ろしながら莢花は顔を上げた。明音が唇の端に煙草を咥えたままにやにやと笑う。
「ちょっとはびっくりしたっしょ? ホラースキだってゆってたじゃん」
そう言ってから明音は無造作に水輝の手を引っ張った。うつ伏せで倒れた水輝をずるずると引きずり始める。莢花は慌てて明音に並んで歩き出した。
「ちょっと、そんなことしたらお兄ちゃん怪我しちゃう!」
「だいじょぶってばー。死にゃしないから」
からからと笑いながら明音は水輝をひきずって歩く。もう、と頬を膨らませて莢花は水輝の身体を両腕に抱えた。不思議なことに楽々と水輝を抱え上げてしまう。
「あかねちゃん。お兄ちゃんは、あたしなんかに構ってる状況じゃないんだね」
促されて再び家に入りながら莢花はぽつりと漏らした。すると明音が苦笑して振り返る。
「それでも水輝ちゃんは精一杯、キミに誠意を尽してる筈だよー。記憶まで巻き戻しちゃって」
言いながら明音がくすくすと笑う。それから明音は誰もいないリビングに入った。ちょっと待っててね、と言われ莢花は大人しくリビングの入り口で足を止めた。荒れた部屋に入った明音がてきぱきと片付けていく。散らかっていた家具等を片付けた後、明音はリビングの窓を開けて埃を外に掃き出した。
もういいよ。そう言われて莢花は腕に抱えていた水輝をソファにそっと下ろした。
「誠意なんかじゃないわ。どうでもいいから、そんなことができるのよ。どうでもいいなら、どうでもいいって言ってくれたほうが何千倍もマシなのに」
水輝の寝顔を見下ろしながら莢花は力ない声で告げた。空いたソファに腰を下ろした明音があー、と困ったような声を上げる。
明音が割り込んできましたw