明音に教えられたことを頭の中で反芻しながら莢花は眉を寄せた。自然と顔が熱くなってくる。
とにかくその気になってもらうのが先決だから、間違っても嫌がったりとかしちゃ駄目だよ。男なんて些細なことですーぐに萎えるんだから。
しかもその上、水輝は人の心に敏感で、下手をすると考えていることがばれてしまうという。幸い、明音にはある程度は水輝に対する防御壁を築けるらしく、莢花もその術とやらを施してはもらった。が、あまりに強く水輝を拒絶するようなことを考えると術は破れてしまうらしい。
莢花は明音に促されるままに水輝を部屋に連れて上がった。眠る水輝を抱き上げ、運ぶだけで緊張に倒れてしまいそうだった。明音がどこから引っ張り出したのか、水輝の部屋の畳の上に布団を敷き、そして莢花は敷布団の上に水輝を横たえた。
じゃあ、邪魔者は消えとくねー。その後、呑気に明音は言って莢花の前から姿を消した。そこで莢花は動けなくなってしまったのだ。布団の上では水輝が穏やかな寝息を立てている。莢花はがちがちに緊張したまま、眠る水輝の横に正座していた。
水輝の精神はいま、壊れているのだと明音は言った。たくさんの人に手をかけ、血を啜って力を集め、水輝は自らを破壊してしまったらしい。言えば、水輝は自殺を図ったのだという。
精神と呼べるもの、その肉体、あらゆるものを龍神は力で構成する。それ故に龍神の精神と形作る器はとても密接な関係にある。本来であれば精神が壊れた時点で肉体も滅びる筈が、水輝の場合は誓約によって生き続けなければならないという絶対の条件のためにそれが出来なかった。誓約は水輝の精神を過去へと引きずり込み、自殺を図る直接の原因となった者を全て忘れさせてしまったのだ。
水輝を生かすための誓約を交わしたのは二人。一人は紫翠と呼ばれる古い龍神だ。そしてもう一人は。
「おにいちゃん、わがまま、ばかり言ってごめんね」
吸い込んだ歪みの大きさと自殺を図ったという事実、使命の放棄、それらの事象が重なって水輝には断罪の光が近付いている。一気に訪れないのは水輝にはまだ選択肢が残されているからだ。莢花はそっと水輝の手を取って両手に包み込んだ。
あの頃と水輝の指は細くきれいだ。莢花はこの手で頭を撫でてもらうのがとても好きだった。だが水輝の手は血に汚れている。身体についた汚れは明音が弾き飛ばしてはくれたが、目に見えない水輝の本質とも呼べる精神体の手はずっと血で濡れ続けているのだ。
莢花は覚悟を決めて水輝の手を布団に戻した。
「お兄ちゃんの言葉、信じるから」
ほんの少しでもあたしのことを好いてくれているって。そう続けて莢花はワンピースのファスナーに手を伸ばした。背中の長いファスナーを静かに下ろす。その場に立ち上がって莢花はワンピースを脱いだ。続いて白いブラウスのボタンを外す。絹のブラウスを脱いでワンピースの上に落とす。
莢花が間借りしているこの身体の持ち主には特殊な性質があるという。水輝と交わることによってその特性を引き出すことが出来るかも知れない。それが明音の提案だった。莢花はそっと息を吐いて下着を取った。畳に乗せた服の上にそっと下着を置く。
「綺麗な、身体……」
改めて自分を見下ろして莢花は呟いた。作り物ということは判っているが、それにしてもこの身体は綺麗だ。しかも見た感じや感触は人のそれとそう変わりない。莢花はしばし自分の身体を見下ろしてから静かに水輝の傍に膝をついた。
「あたしって、やな女の子だよね。嫉妬深くて、我儘で」
愛人さん、ごめんね。莢花はそう呟いた。だが身体の持ち主は返答をしてくれない。どういった経緯でこの身体の持ち主が不在なのかは判らないが、莢花はそのことを少し残念に思った。もし、持ち主がいれば怒りをぶつけることも謝ることも出来る。だが今の莢花にはそれすら出来ないのだ。
震える手を伸ばして水輝のベルトを外す。莢花は緊張感に自然と息を詰めていた。かたいジーンズの生地を指先で引っ張ってボタンを外す。ファスナーを開いたところで莢花は一度、深い息をついた。水輝はまだ穏やかな寝息を立てている。莢花が何をしようとしているのかにもまるで気付いた様子はない。
「お兄ちゃん。あたしの最期の我儘に付き合って。あたし、お兄ちゃんとエッチしたい」
誓約に基づくなら夜叉との交わりは水輝にとって厳禁だ。紫翠の残した誓約は、夜叉が二度と龍神と交わることのないよう、守るという内容も含んでいた。だが莢花の夜叉としての力は既にない。このまま交わったとしても水輝は誓約を破ったことにはならない。それは明音に確かめてある。
問題は水輝だ。水輝が誓約のその部分を忘れていればいい。が、もしも覚えていたら水輝はきっと拒絶するだろう。明音はそうも説明してくれた。
だから水輝ちゃんがその気になって我慢出来なくなるようにしちゃえばいいんだよ。呑気に笑っていた明音のことを思い出して莢花は小さな息をついた。そんな真似が容易に出来れば苦労はない。莢花は間違いなく処女なのだ。男を篭絡する手管など知らない。性行為については学校で習った程度しか知らないのだ。
説明入りなので前振りが長くてすみません。