エロシーンはありません。
汀を部屋に戻した後、優一郎は自分の部屋に注意深く結界を張った。だがさすがに一度見た限りでは簡単に真似ることは出来なかった。優一郎が苦心して結界を張り終えた時には既に昼を大幅に回っていた。
固められた歪みを結界内に放つ。意識すると歪みは優一郎の目にもはっきりと捉えることが出来た。黒い、あの冥界の怨嗟と立城が言い表したものによく似ている。黒い影のようなものが優一郎の部屋の中を揺らぎながら行き来する。
あの時、立城がしていたように優一郎は黒く漂うものに手のひらを向けた。立城はあの後、力を放ち歪みを縮めていったのだ。そのことを思い出しながら優一郎は黒いものに力を放った。だが放たれた力が空しく黒い揺らぎに吸収されてしまう。
「立城さんとは性質が違うから、僕は僕なりのやり方を見つけるしかないということか」
そう言いながら優一郎は自分の手のひらを見下ろした。あの時の立城は実に容易く歪みを畳んで固めたように見えた。だが、恐らく立城の性質そのものが闇に近いからそれが出来たのだろう。逆に言えば光に近いところに居る優一郎には同じ方法は使えないということだ。
部屋の中をゆっくりと闇色のものが揺らぐ。それはまるで水の中を泳ぐ魚のようだ。重力を無視して黒い揺らぎが上に下にと一定のスピードで泳いでいる。
「そうか、追い込めばいいのか」
そう呟いて優一郎は手の中に明るい金色の力を導いた。金宝珠から引き出した力は淡く小さい。優一郎はそれを慎重に薄く、平たく伸ばしていった。麺棒で伸ばされた生地のように金色の力が伸びていく。だが優一郎は途中で床にへたり込んでしまった。掲げていた手が下りるのに合わせて力が弾けて消える。余りにも体力の消耗が激しすぎる。全身で息をしながら優一郎は何とか立ち上がった。
ゆらりと揺れた黒い影が静かに宙を進む。身構えることも出来なかった優一郎の胸を影が突き抜けていく。器を影が通過する不気味な感覚に優一郎は思わず呻いた。黒い揺らぎは優一郎の身体を通った後も何事もなかったかのように宙を泳いでいる。だがそのサイズは先ほどより若干、小さくなっている。どうやら通過した際、優一郎の器に歪みを移して行ったらしい。
「そうか、根本的に間違っていたのかもしれない。水輝さんの歪みは収束したかたちで存在するはずだ。こんなふうに浮遊はしていないんだ」
考えながら優一郎は天井を仰いだ。部屋の内側を覆う形で結界は展開されている。これを歪みを包む形で小さく畳んでしまえばいいのだ。そう結論を出して優一郎は結界を力で畳もうとした。が、強固な結界は力で押した程度ではびくともしない。
「やっぱり、十二柱最弱は伊達じゃないなあ」
乾いた声で笑ってから優一郎はがっくりと肩を落とした。俯いた優一郎の目に床に描かれた紋様が映る。結界を定着させる意味もこめられているらしいこの紋様を優一郎は見よう見まねで描いた。正直なところ、この紋様にこめられた正確な意味は優一郎には判らない。立城に訊こうにも、今は傷ついて眠っているのだ。機体を修復すれば目覚めることも可能かも知れないが、そんな暇はない。こうしている間にも水輝には断罪の光が迫っているのだ。
「真似しようとしたことから間違ってたんだから、この場を収めるのも僕自身のやり方でやらないといけないのか」
紋様をじっと見下ろしながら優一郎は口の中で呟いた。万が一、歪みを余所に放り出してしまうことがないように張った結界だ。その強さはあの時に汀から溢れたものが一切、外に漏れなかったところを見ても明らかだ。それなら通常の方法で畳もうとしても無理なのではないか。そう結論を出してから優一郎はしばし思案した。
緩やかな動きで黒い揺らぎが部屋の中を行く。
「我が父上よ。この場に来たりて使命を果たさん」
優一郎は歪みに向かってそう言葉を紡いだ。その瞬間、部屋全体が揺れ始めた。地震か、と慌てた優一郎は床に座り込みながら周囲を見て目を見張った。確かに揺れている筈なのに天井からぶら下がった蛍光灯は少しも揺れていない。結界で覆われた空間自体が揺れているのだ。
車酔いしそうな揺れを味わいながら優一郎は黒い影に目を向けた。不意に部屋の中をものすごい勢いで光が横切る。淡い紫の光は部屋の中を泳いでいた黒い影を貫いたところで急カーブを切った。そのまま優一郎の胸に飛び込んでくる。
手間かけさせんな。
優一郎の身体を光が勢いよく通過する。その時にもたらされた思惟には何となく皮肉がこもっている気がした。光は優一郎の器を通り抜けて結界の外に消えていく。それと同時に部屋の揺れはぴたりと収まった。
「すいません。時間的余裕が無かったので力を借りました。ありがとうございます」
床に座り込んだままで優一郎はそう呟いた。だが答えはない。部屋の中を泳いでいた黒いものは光に貫かれて一瞬で消滅してしまった。優一郎の器に移された歪みも綺麗に消えている。
僕は僕のやり方でやればいい。そう思いながら優一郎は結界を解いて汀の部屋に向かった。扉をノックして開ける。汀は優一郎の言いつけ通り、ベッドに座って自慰をしていた。
「汀さん、急いでいるので失礼します。女性器ユニットの使用方法は体得できましたか?」
マニュアルを読みながら股間を弄っていた汀がぼんやりと優一郎に目を向ける。
「大体は」
そう言って汀がめくれていたスカートを戻す。
「通常のヒューマノイドはそこまで高度な制御方法を知ることはありません。汀さんに担ってもらう役目に必用だったため、覚えていただきました」
不快に思われたなら申し訳ありません。そう言いながら優一郎は頭を下げた。だが汀はぼんやりとした目でちらりと優一郎を見ただけで特に不快感を露にもしない。そう、と答えて立ち上がる。
途中から父上は関係ない話になるのですが、何となくこのエピタイにしました。