由梨佳を連れてデート的な何か 1
年明け特有のものなのか、街は奇妙に浮かれていた。どんなアレンジなんだ、と言いたくなるほど原型を留めていない春の海がスピーカーから流れている。賑やかな音楽が流れる街を多輝はぼんやりと歩いていた。
咥えた煙草から紫煙が流れる。多輝は横目に由梨佳を見て無造作に手を伸ばした。歩いていた人と肩をぶつけてよろけた由梨佳の腕をつかむ。
「気をつけろ」
何かを言おうと由梨佳が口を開きかけたところで多輝はぶっきらぼうに告げた。困惑したように口を閉ざした由梨佳の腕を放し、多輝はまた前を向いた。
あれから数日が過ぎた。騒動はひとまず落ち着いたから、と優一郎たちと共に多輝も研究室に戻った。蒼が姿を消し、要が家で正月を迎えたいからと帰ってしまうと地下の研究室には多輝と優一郎の二人きりになった。
改装をするからしばらく多輝も出ていてくれないかな。そう言われた多輝はやむなく由梨佳を連れて以前、立城に用意してもらっていたマンションに行った。幸い、部屋はまだ借りっ放しになっており、由梨佳と一緒に寝起きする程度のことは出来た。その部屋に辿り着いた後、多輝の身体は女から男へと変質したのだ。
未だなお、どういう原理で性別が変わっているのか判らない。だが多輝にとって男性に変質したのは都合が良かった。女の身体でいるとどういう訳か判らないが、由梨佳に酷く申し訳ないという気分になってしまうのだ。
多輝は由梨佳に詫びた時の自分の心境を思い出してうんざりした。どうして自分が詫びなければならないのだ。そもそも由梨佳は自分から多輝のものになると言ったのだ。持ち主であるところの自分が詫びる必要はない。
……その筈、なんだけどな。舌打ちをして多輝は煙草を唇から引き剥がして立ち止まった。デパートの前に並ぶベンチに無言で寄る。灰皿が傍に置かれたベンチに腰を下ろし、多輝はしばし黙ったまま煙草を吸った。
「座んないのか?」
ため息と共に多輝は由梨佳に声をかけた。由梨佳は所在なげに多輝の傍に佇んでいる。
「指示いただけましたら」
にっこりと微笑んでみせる由梨佳に多輝は仏頂面で座れ、と自分の横を指差した。由梨佳がはい、と返事して静かにベンチに腰を下ろす。
由梨佳には黒いワンピースを着せている。袖やスカートにはたっぷりと布地を使ってあり、柔らかな曲線を描いている。白い襟、白い袖口のカラー、そしてスカートの裾には全て白いレースがあしらわれている。頭に巻いたヘアバンドも同じように白いレースがあしらってある。膝下までの丈のスカートの下には黒いタイツに包まれた足がすらりと伸び、靴もドレスと同じ黒いエナメルだ。由梨佳がそんな格好をするとまるで人形そのもののようにも見えるのか、道ゆく人々は珍しそうに由梨佳を振り返る。
「おい。そこの自販機で茶を買ってきてくれ」
そう言いながら多輝はズボンのポケットを探った。ばらばらに入っている小銭をつかんで手を出す。開いた多輝の手のひらには幾つかの小銭が乗っていた。必要な分の硬貨を指につまんで由梨佳の手に落とす。
「はい。多輝さま」
笑顔で頷いて由梨佳が腰をあげかける。多輝は由梨佳の浮きかけた腰を右腕で捕まえた。小さな悲鳴を上げて由梨佳がベンチに舞い戻る。
「さまは止めろ、さまは。気持ちわりーんだよ」
不機嫌に言って多輝は由梨佳が硬貨を握っていた手を左手につかんだ。閉じていた指を開かせて右手の中に握っていた硬貨を数枚足す。余った硬貨をポケットに戻しながら多輝は呆れて呟いた。
「ったく……普通に喋れよ、普通に。街中でそんな呼び方したら目立つだろが」
「どうお呼びするべきでしょうか?」
命じてください、と由梨佳が続ける。あー、と低い声で唸ってから多輝は由梨佳の腰に手を回した。硬貨の乗った由梨佳の手を片手に包む。細い指をなぞりながら多輝はため息をついた。
「くんでもさんでも好きにしろ。それに敬語も止めろ。気色悪い」
うんざりしながら告げて多輝はさりげなく由梨佳の尻を撫でた。冬用の厚目の布地の上から由梨佳の尻を強めに何度も撫でる。
「あっ……。ごめんなさい。今の私は、多輝……くんに仕えるようにプログラムされているから……」
「融通の利かない奴め。切り替えろって何度言えばわかんだよ」
呆れて言いつつも多輝は執拗に由梨佳の尻を撫で回した。二階に張り出した歩道の端にベンチが設えられているため、背後には誰もいない。
あの日、由梨佳は多輝のものになった。そして由梨佳は多輝の命令に従って壊れた果穂を新しいヒューマノイドにした。果穂は見た目だけは本人の望んだ通り、大人の女性の身体になっている。だがこれまで多輝は女性でいたために殆ど果穂や由梨佳と顔を合わせていなかった。