由梨佳は何も言わなくても数歩離れて追ってくる。多輝は目でそれを確認しつつ先を急いだ。
「いきなり三人でなんて雨宮くんも好きねー」
くすくすと笑いながら咲子が嬉しそうに告げる。どうやら由梨佳が多輝の恋人ではないと納得したらしい。だが咲子に笑顔で応えつつも多輝は面白くない気分だった。どうして由梨佳は間近にあんなところを見ても平然としているのだろう。
まあいいか。目的の場所が近付くにつれて多輝の中から苛立ちは消えた。人通りはいつの間にか減っている。目星をつけておいたブティックホテルに入る。多輝はカウンターで先に会計を済ませて割り振られた部屋に向かった。少し割高だがこのホテルは追加料金さえ払えば時間の延長が楽に利くのだ。
昼間のホテル街は静かだ。多輝は狭いエレベーターに三人で乗り込み、目的の階層に上がる間にも咲子に口づけした。由梨佳に見られていることで昂奮するのか、咲子は以前より熱心にキスに応じてくる。多輝は横目に由梨佳の様子を伺いながら咲子を抱きしめた。
やはり由梨佳は何の反応もしない。静かに笑みを浮かべているだけだ。もしかして何も感じないんじゃないだろうな。そう多輝が疑いを持った頃、エレベーターは目的の階層に到着した。
八階の指定された部屋に三人で入る。ピンク色のじゅうたんの張られた部屋の内装は少々悪趣味な気がするが仕方がない。不潔感がなく、しかも融通の利くホテルというのはなかなかないのだ。多輝は広々としたベッドに咲子を促し、早速服を脱ごうとした。するとそれを咲子が制止する。
「待った。シャワーくらい浴びようよ。どうせ汗かくけど」
ふふふ、と意味深に笑いながら咲子が言う。ああ、と苦笑して多輝は由梨佳を見た。由梨佳は控えるように部屋の入り口に立っている。
「おい。咲子を洗ってやれ」
「咲子様がよろしければ、よろこんでお手伝いいたします」
そう言って由梨佳が頭を下げる。咲子は無邪気に歓声を上げて自分から由梨佳の手を引っ張って浴室に向かった。やる気満々だな。そんな多輝の声に咲子が含み笑いで応える。
多輝は一人残された部屋で煙草を取り出した。のんびりと吸っている間に壁越しに水音がし始める。シャワーの音を聞きながら多輝は部屋の中を見回した。大きなベッドが一つ、部屋の中央に据えられている。壁際には冷蔵庫、テレビ、自動販売機、それにテーブルと椅子が並んでいる。反対側の壁にはティセットと電気ポットが置かれている。色や配置、自動販売機に入っている商品を除けば一般のホテルとそう大差のない部屋だ。ちなみに浴室は広々としており、三人で入っても十分な余裕がある。多輝は煙草を吸い終わってからおもむろに腰を上げた。浴室からは咲子の楽しそうな笑い声が響いている。
部屋を横切って脱衣室に入る。多輝は黙々と服を脱いで設えられたかごの中に放り込んだ。全裸になってから無言で硝子の引き戸を開ける。湯気がこもる浴室を見た多輝は予想通りの展開に笑い声を上げた。咲子を洗っているはずの由梨佳が床に崩れ、咲子はそんな由梨佳の身体に嬉々として泡だらけの手を這わしているのだ。
「おい、由梨佳は感度がいいんだからあんまりからかってやるなよ」
そう告げて多輝は放り出されていたシャワーヘッドを取り上げた。咲子も由梨佳も身体は泡だらけだ。多輝はまだ足りないと言うように由梨佳に手を伸ばしていた咲子の腰を片腕に抱いた。つるん、と腕が滑って咲子の胸に当たる。
「あんっ。もう! 折角いいところだったのに!」
そう言いつつも咲子が身をくねらせる。多輝は苦笑を浮かべて咲子の身体を抱えなおし、口づけした。次いで、手にしていたシャワーで咲子の身体を洗い流す。湯の張られた浴槽に咲子を入れてから多輝は由梨佳に向き直った。相当に咲子に弄られたのだろう。由梨佳は目を潤ませてタイルに手をついている。
「おい、大丈夫か?」
由梨佳の手をとって引き起こす。
「はい。問題ありません」
にっこりと笑って由梨佳が立ち上がる。多輝はやれやれと肩を竦めて由梨佳の身体にもシャワーの湯をかけた。白い泡が消えると由梨佳の身体が露になる。今は傍目には由梨佳の身体は人のそれと変わりなく見える。多輝はしばし由梨佳を見つめてからシャワーヘッドを差し出した。
「咲子は身体はもう洗ったんだろ?」
そう言いながら多輝は手近のバススツールに腰を下ろした。シャワーヘッドを受け取った由梨佳に頭を洗うように命じる。
「うん。あ、そっちの人も洗ったよー」
「だろうな」
多輝は頭を前に倒して由梨佳に髪を洗ってもらった。いつものように由梨佳は指で丁寧に多輝の髪を梳きながら洗っていく。
「そういえばさー。雨宮くんって今までどうしてたの? 後輩に聞いたけど、ガッコにも来てなかったみたいじゃん」
湯にのんびりと浸かりながら咲子が告げる。多輝は小さく笑って内緒、と答えた。すると咲子が唇を尖らせて不服の声を上げる。
「それにさあ。なんかあの例の……なんだっけ。ええと、科学部? だっけ? 変な女いたじゃん。あれと付き合ってるとか何とかって話も聞いたよお」
それを耳にした多輝はぴくりと眉を上げた。だが顔を伏せているために多輝の表情の変化は見えなかったのだろう。咲子が名前なんてったっけか、と呟いている。
両手に花というか……。
多輝は頑張って由梨佳にアピールしてるつもりなんですよ、これでもw