※この作品はR-18です。

魂の座 三部 暁の姉妹   作:伊駒辰葉

34 / 175
このエピソードで二章は終わりです。
エロシーンはありません。


真冬に冷たいお茶を出される悲しみ 1

「終わったー!」

 

 全ての該当メールを送り終えた水輝は両手を上げて叫び声を上げた。まだ階下では電話は鳴り続けている。時折、ベルの音が減るのは奈月が必死で応対を続けているからだ。水輝は急いで執務室から駆け出して階下に向かった。電話が幾つも置いてある部屋に飛び込んで電話線を全て引っこ抜く。ついでに電話の並んだテーブルの隅にある幾つかの携帯電話の電源を落とす。戸惑う奈月の手を引いて水輝は部屋に戻った。

 

 先に寝るようにと奈月に言い置いて執務室に戻る。水輝は大きな執務机に戻ってため息をついた。

 

 立城が屋敷から姿を消した後、電話は鳴り始めた。最初はまだ良かった。戸惑いながら奈月が詫びると相手ももう少し待つと言ってくれたのだ。が、段々と鳴る電話の本数が増えていく。二人で手分けして電話に出ても間に合わない。結局、訳も判らないままで水輝と奈月は電話の相手にただひたすら謝る羽目になった。

 

 あー、と力なく呻いて水輝は胸ポケットから煙草を取り出した。火を点けて深く息を吸う。ゆったりとした作りの椅子に背を預け、水輝は天井を仰いだ。唇にぶら下げた煙草の先に灯った火がじりじりと小さな音を立てる。

 

 優一郎の許に居るのならとりあえずは大丈夫だろう。あそこには例え力を用いても簡単には入れない。いや、逆に力で突破しようとすれば入れない仕組みになっているのだ。優一郎が力ある者による不法侵入を警戒し、無理やり入ろうとする者を拒絶する結界に近いものを築いているからだ。

 

 ありゃ、研究所っつーより、城砦だな。そう呟いて水輝は苦笑した。煙草の先から立ち上る紫煙を何気なく目で追いかける。

 

 紫、ねえ。呟いてから水輝は唇から煙草を引き剥がした。机の引き出しを開けて奥にしまいこまれていた灰皿を取り上げる。伸びた灰を落としてから水輝はまた唇に煙草を挟んで天井を向いた。

 

 誓約が成立する条件というものがある。二名以上のものが交わした約束であること。そして誓約とする際の代償を支払うこと。大きく分ければ条件はこの二つだ。つまり、代償が大きければ大きいほど誓約の持つ力は強くなり、効果時間も長くなる。

 

 命を賭けた誓約はそれ故にほぼ永久的な効果を持つことになる。そして内容も時と共に移り変わることはない。

 

 水輝はぼんやりと天井を見上げて息をついた。あの日を境に眠る度に同じ夢を見る。紫翠が残した術のせいだ、と判ってはいるが誓約に沿ったものであるため、幾ら水輝と言えど夢そのものを消すことが出来ないのだ。

 

「あー……」

 

 力なく呻いて肩から力を抜く。だがすぐに思い直して水輝は背もたれに寄りかからせていた身体を起こした。油断するとどうも眠気が襲ってくる。

 

「いまのくそがきみたいに四六時中さかってればなあ……眠気もないんだろうけど」

 

 そう言いながら水輝は顔をしかめた。舌打ちをして頭をかく。

 

「人が必死で頭下げてる間に女をつまみ食いとは、いい度胸だ。今度会ったらしめてやろ」

 

 苛立ちをこめて呟いてから水輝はモニタ画面を見た。立城宛のメールは全て優一郎に宛てて転送した。今ごろ立城は地下のどこかでメール処理をしているだろう。

 

 水輝は不機嫌な顔で肘杖をついた。かつて水輝は鍵としての役割を果たした後、記憶をなくした。街をうろつく水輝を拾ったのが女性の姿をした立城だった。立城は紫と名乗り、水輝の身元引受人となった。

 

 龍神のことも、共に戦った仲間のことも、自分の名前以外の何もかもを忘れていた水輝に立城は仕事を斡旋すると言ってきた。水輝は割のいいバイトだと気軽にその話を受けた。そんな中、水輝は当時の仕事仲間から最悪と評された女癖の悪さを発揮した。水輝は何も知らないまま、立城にちょっかいをかけたのだ。

 

 絶対におちないだろうと踏んでいた立城はあっさりと水輝の申し出を了承した。下手に他の女性に手を出されるよりはましだ。立城は水輝からの誘いに頷いた時にそうも言っていた。つまり、あの頃の水輝は全てを忘れていたために何の加減もなく人の女性を抱いていたのだ。

 

 最初の女は確か狂ったっけか。水輝は顔をしかめて煙を吐き出した。水輝の加減のない力を膣内に受けた女性は性欲に溺れ、獣のように快楽だけを求めるようになった。その女性の記憶を処理し、正常に戻したのは立城だ。だが今考えてみると立城は記憶を消すだけではなく、女性に注ぎ込まれた水輝の力をさりげなく殺ぎ落としたのだろう。そうでなければ女性は正気に戻ることはなかった筈だ。

 

 ホテルに立城を連れ込み、欲望の赴くままに抱いた。そして水輝は無意識に言葉に力を乗せてしまったのだ。

 

「あー」

 

 しかめっ面で呻きながら水輝は頭をかいた。いま思い出しても自分の所業に呆れる。幾ら何も覚えてないっつったって、あんな魔法使うおれもおかしいだろ。つい、そう呟いてしまってから水輝は慌てて口を押さえた。注意深く周囲を伺う。危険な気配がないことを確認してから水輝はほっと息をついた。

 

 魔法士は用いる言葉に特別な力を乗せることが出来る。そして文字の組み合わせにより、その力の影響力の大小を決めることが可能だ。つまり、魔法士は誓約の絶対条件である二者以上の約束という条件を、ある意味でぶっちぎってしまうことが可能なのだ。

 

 水輝が立城に言ったことは酷く単純だ。水輝は立城を抱きながら自分の女になれ、と当り前の顔で言った。その時の立城の顔は今でも忘れない。立城は行為の最中であるにも関わらず、驚愕に息を飲み、次いで勢いよく水輝の頬を張り飛ばしたのだ。

 

 信じられないね、君は!

 

 叩きつけられた言葉もよく覚えている。水輝はあの時に殴られた左の頬を手で押さえた。それまで立城の怒った顔を見たことがなかった当時の水輝は、驚くのが精一杯だった。

 

 かくして誓約は強引に、水輝からの一方的な命令という形で成立した。優一郎が言うにはその誓約は今でも有効らしい。深いため息をついて水輝は椅子に身を沈めた。頬を手で撫でてみる。だがそこにはあの時感じた痛みはない。

 

「まあ、優一郎に頼めば解除は出来るだろうけど」

 

 ぼそりと呟いて水輝は目を細めた。誓約の解除には関わった者の同意が必要だ。立城が嫌だというなら別に解消しても構わない。水輝は考えながらずるずると椅子に沈みんだ。目を半分ほど閉じてしまったところで慌てて身体を引き上げる。

 

「いかん。寝てしまう」

 

 水輝は頭を振って立ち上がった。灰皿に煙草を押し付けてやれやれと肩を竦める。

 

「あのな。ばればれだから」

 

 そう言ってから水輝は部屋の奥に目を向けた。ゆらりと空気が揺れてその場に淡い光が現れる。立て続けにこれかよ、と水輝はうんざりした顔を光に向けた。

 

「いいかげんにしろよ。別に見張っていなくてもいいだろうが」

 

 呆れた気分で言いながら水輝は光に向かって歩き出した。淡い光が静かに収縮し、人の形を取る。

 

「気分を害したか?」

 

 表情をぴくりとも変えずに告げた翠を水輝は睨んだ。

 

「阿呆。お前に訪ねられて機嫌のいいやついたら連れて来い」

 

 毒づいて水輝はソファに腰を下ろした。当り前の顔をして翠がテーブルを挟んで水輝の正面に腰を下ろす。




翠は神出鬼没ではあるんですけどねー……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。