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鹿威しの響く音とじじい登場 1
澄んだ空気の中にこーん、という音が響く。庭に設えられた獅子おどしの音が響く中、要は緊張にぴんと背を伸ばし正座をしていた。
とある山のほとりに建てられたこの別荘の持ち主は如月泰蔵。要の母方の祖父だ。広々とした客室には要の他に四人が座っている。要はちらりと横に並ぶ彼らの顔を見やった。
右端に座る要のちょうど反対側、左端に落ち着きなく座っているのは女の姿をした多輝だ。多輝は正座が苦手なのか先ほどからもじもじと足の指を組み替えている。きっと触ったら楽しいのに。そう思いながら要は多輝の隣に座る斎姫を見た。斎姫は静かな表情で難なく正座をしている。この部屋に通されて十分。まだまだ勝負はこれからですわ、と要は心の底で斎姫に宣戦布告した。が、斎姫にはまるで届いていないらしく、要が闘志を燃やしても静かな面持ちをしているだけだ。
その隣に座っているのは優一郎だ。要は正月休みと昨日まで如月の屋敷に戻っていた。のんびりと正月休みを過ごしていた要の元に優一郎からの電話があったのが昨日の夜だ。優一郎の話をきいた要は慌ただしく支度を済ませ、清陵高校の地下施設に戻った。
そして。要は内心で呟いて隣に座る少年を見た。少年は正座をして俯き加減に視線を落としている。優一郎の説明ではこの要の隣に座る少年が吉良瀬の当主だという。実際に情報をインプットされている要も未だに信じられない。
少年の姿をした立城は視線を感じたのか、顔を上げて要を見た。大きな丸い瞳がじっと要を見上げる。要はしばし立城に見とれた。
今の立城にはかつてのような精彩はない。一見、穏やかな表情をしているがよくよく見ればその顔にはどことなく怯えが浮かんでいるようにも見える。しかも前は感じなかった龍神の力が如実に要のセンサーを反応させているのだ。これで気にならない筈がない。
「ところであなた」
唐突に要はそう切り出した。話し掛けられるとは思わなかったのだろう。立城が驚いたように目を見張る。
「あなたは多輝の母親なの? それとも父親?」
かねてからの疑問を要は直に本人にぶつけてみた。一列に並んでいた五人の左端で多輝ががくん、と身体を傾ける。
「おっ、お前なあ! こんな時に聞くようなことじゃ」
呆れたように多輝が潜めた声で要に突っ込みを入れる。だが多輝とは違い、質問された当の立城は困ったように視線を泳がせた。
「ええと……水輝の性の方向は男性だから……」
戸惑ったように立城が小声で答える。ふむ、と要は頷いた。つまり母親はこの立城の方らしい。なるほど、と頷いた要に多輝が苛立った声を飛ばす。
「だからどっちも嫌だっつってるだろっ」
「多輝と僕は異父姉弟ということになりますね」
多輝の声を遮る格好で優一郎がにこやかに告げる。そうね、と頷く要の横で立城が素直にうん、と頷く。多輝は相当に足が痺れていたのか、畳に手をついてうなだれている。修行が足りないわね、と要は多輝に冷ややかな声をなげた。
「姉上、行儀が悪いですよ」
さらりと言って優一郎がにっこりと笑う。するとがっくりとうなだれたままで多輝が情けない声を上げた。それを聞いたのだろう。要の隣に座っていた立城が慌てたように言う。
「あの、でも、生まれたのは優一郎くんが先だから……」
立城の声は頼りなく揺れ、尻すぼみになって消える。そう言ってから立城は正座した膝の上にこぶしを押し当てて俯いてしまった。要は疑問に思ってどういうことかと立城を問い質した。年は確か多輝の方が優一郎より上のはずだ。
「優一郎くんは……培養液に浸かる必要がなくて……」
だから先に空気を吸ったのは優一郎なのだと立城は小声で告げた。要はそれを聞いて眉を寄せた。どうやらまだ自分が知らないことは思っていた以上に多いらしい。
「じゃあ、妹ですね」
「止めろ……平然と妹だの姉だの」
呻くように多輝が言う。要は不思議に思って首を傾げた。
「何故ですの? もしかして優一郎さまと血縁者というのが嫌なんですの?」
それは確かに大問題ですものね、と要は顔をしかめた。多輝が慌てたように顔を上げて真っ赤になる。うろたえる多輝を横目に見ながら要はおほほ、と笑った。
「そうですわよねっ! 兄や弟とは結婚は出来ませんものね!」
胸を張って要はそう言った。天井を仰いで高らかに笑う要の袖を誰かが引く。要は怪訝に思って視線を落とした。隣に座る立城が上目遣いに要を見ながら袖を引っ張っているのだ。
「あら、なんですの?」
「あの……多輝と優一郎くんは……戸籍上では血の繋がりは……」
消え入りそうな声で告げてから立城は要から手を離した。再び俯く。それを見た要はなるほど、と手を叩いた。確かに優一郎と多輝は別姓を持つ、戸籍上では赤の他人だ。
「でも駄目ですわっ。近親相姦の果てに生まれた子供は大変なことが多いと聞きますもの」
要は胸を張って立城に答えた。すると今度は何故か優一郎が深々とため息をつく。あら、と要は目を見張って自分以外の四人を見た。どの顔も何故か冴えない。しかも立城に至っては俯いている始末だ。
「僕の実の父上は立城さんの弟さんなんです。インプットしましたよね?」
優一郎がにっこりと笑う。要ははっ、と声を上げてしばし黙した。それから天井にこぶしを突き上げる。
「何事にも例外はありますわ! つまり、優一郎さまはおっけーなんですわ、きっと!」
「お前、よーするに優一郎が良ければ何でもいいんだろ……」
疲れたように多輝がぼやく。当り前ですわ、と即答して要はふん、と鼻で笑った。かこーん、と獅子おどしの音が響く。要はしばし胸を張ってから正座をし直した。
「それにしても遅いですわね、おじい様。なにをしていらっしゃるのかしら」
少し待ってください、と言われて要たちは先にこの部屋に通された。出された茶はとても美味しかったし、茶菓子も美味しかった。なのにそれらを平らげてもまだ泰蔵は姿を現さない。
多輝は相変わらずからかわれまくりです。