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不意に要の隣で立城が顔を上げる。その直後、五人の背後の襖がいきなり開いた。羽織り袴を身につけた小柄な老人が軽い足取りで寄ってくる。
「ほっほっほ。待たせたのう」
そう言いながら近付いた老人こそが泰蔵だ。要はほっと息をついて泰蔵に挨拶しようとした。だがそれより早く泰蔵がすすす、と優一郎に寄る。優一郎が何かを言いかけるのを泰蔵は手を上げて制した。
「いや、この如月泰蔵、言われんでもよぉく判っております」
重々しく首を横に振り、泰蔵が言う。五人はそれぞれが顔を見合わせた。どうやら泰蔵はその情報収集力で事態を先に知り得ていたらしい。要はそれなら話は早いですわ、と口にしかけた。
泰蔵が頷いて優一郎の手を取る。
「吉良瀬殿、ここはこの老兵に一つお任せを」
「違いますわ! おじい様!」
要は泰蔵に駆け寄って反射的にその頭をひっぱたいた。壁まで吹っ飛んだ泰蔵が掛け声をかけて軽々と身を起こす。
「なんじゃ、要ちゃん。痛いのう」
「相変わらず天然ボケですわね、おじい様! 吉良瀬当主は」
そう言いながら要は立城の頭をばんばんと叩いた。
「こっちですわ!」
「おお……なんとまあ」
泰蔵が驚きに目を見張って立城の正面に回る。相変わらず身のこなしだけは無駄がない。泰蔵が歩く足音は一切せず、まるで畳の上を滑っているかのようだ。
「随分と若返られましたのう」
「若返りってレベルじゃねえだろ……」
感心したように告げた泰蔵に多輝がぼそりと呟く。だが泰蔵の耳には多輝の声は届かなかったらしい。嬉しそうに笑って立城の手を取っている。立城は戸惑ったように泰蔵と優一郎とを見比べている。
要は元の場所に戻り、正座し直した。嬉しそうに立城の手を握って頷く泰蔵の額をぺし、と軽く叩く。すると泰蔵は唇を尖らせつつも机の向こうに回った。
「それで、わしにお話とは何でしょうかな?」
「端的に状況を説明します」
そう切り出して優一郎はこれまでに起こったことを要領よくまとめて話し始めた。その隣では立城が緊張に身を強張らせている。泰蔵は皺だらけの手で頷きながら顎を撫でた。
「とりあえず、木村当主との暗闘は、痛み分けというかたちでケリがついたのですが……」
「ふむ。なるほど」
それまで黙って優一郎の話を聞いていた泰蔵がちらりと立城に目をやる。視線を外すのは失礼と思ったのか、立城は唇を引き結んでじっと泰蔵を見つめ返している。だが膝の上で握った立城のこぶしは小刻みに震えていた。
「冷たいことを言うようですが、立城さん自身が負ったダメージは、吉良瀬グループという組織からみれば軽微だと言っていいでしょう。問題は……」
「確かに各方面の処理が停滞しておるようですのう」
そう言いながら泰蔵が天井を仰ぐ。泰蔵はまるで気配を揺らさず、そのまま右腕を天井に向けて揮った。羽織りの袖から現れた苦無が天井に次々と突き刺さる。それと共に天井裏からは低い呻き声が聞こえてきた。
「しばし待っていただけますかの」
にこやかに言って泰蔵が静かに立ち上がる。泰蔵はそのまま部屋を出て行き、数十秒ほど後に部屋に戻ってきた。別荘内を忙しく人々が走る。
「やれ、お待たせしました」
そう言って微笑んで泰蔵が座布団に座りなおす。
「何者だ、じじい……」
呆気に取られた顔で多輝が呟く。そんな多輝を泰蔵がしばし見つめる。そして泰蔵はにこやかな笑みを浮かべて言った。
「嬢ちゃん、めんこいのぅ。どうじゃ、わしとエンコー」
「お、じ、い、さ、ま! 今はそれどころじゃないでしょう!」
要は泰蔵のせりふの先を読んで声を大にしてそれを遮った。
「お話を戻してよろしいでしょうか?」
にっこりと笑って優一郎が告げる。泰蔵はほっほっほ、と笑って頷いた。
「一番の問題は立城さんの手足となって働き、情報の伝達と分析を担っていた方々が全て散ってしまったことです。早急に代替を用意する必要があります」
「そうさのう……。吉良瀬殿はご自身で用意は出来そうにないのう……」
そう言って泰蔵がしばし黙る。目を閉じて顎を撫でる泰蔵を見ていた要は瞼を半分閉じた。
「……おじい様の愛人の方々を貸すというのはなしですわよ」
泰蔵が何かを言う前に要は釘を刺した。何しろこの祖父は面白いと思うことになら何でも首を突っ込む性癖をしているのだ。しかもべらぼうな女好きで、侍らせている女性の正確な数は要にも判らない。中には十代の女性もいるというから驚きだ。案の定、要の言葉に泰蔵は悔しそうに舌打ちをした。
「いや。その案は悪くないかも」
ぽつりと優一郎が呟く。要は驚きに目を見張って優一郎を見た。だが優一郎は誰に聞かせるつもりもなかったらしい。視線を感じたのか要を見て困ったように笑う。
「いえ、お一人、如月さんと僕たちを仲立ちする女性を、用立ててもらえれば助かります。ただし」
ほう、と泰蔵が目を細める。
「如月さんに忠誠を誓い、如月さんのためにならどのような状況でも耐えられる女性が必要ですが」
そう言って優一郎がにっこりと笑う。泰蔵はしばし天井を仰いでから微笑みを浮かべて顔を戻した。泰蔵がおもむろに袂から電話を取り出す。五人が黙って見守る中、泰蔵は電話のボタンを楽しそうに押した。
ちなみに泰蔵は女好きですw