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「おお、わしじゃわしじゃ。あれを呼んでくれ」
それだけ言って泰蔵が電話を切る。見た目にも楽しそうに泰蔵は笑っている。要は嫌な予感を覚えて優一郎に目配せをした。この老人がこんな顔をする時は決まってろくなことがないのだ。
やがて乱暴な足音が聞こえてくる。どうやら廊下を全力で走っているらしい。要はその足音に眉を寄せた。嫌に正確に左右の足が同じ間隔で出ている。床を踏む足の力の強さが左右同じでなければありえない足音だ。
廊下に面した襖がけたたましい音を立てて開く。
「やい、じじい! まだ何かあるのか!」
現れたのは割烹着に三角巾をつけた一人の少年だった。要は息を飲んでその少年を見つめた。少年は要にとっては全く見ず知らずの相手だ。が、造作が恐ろしい程に整っている。すらりと伸びた長い手にははたきが握られている。
「おお、来たか小僧。まあ、隣に座れ」
そう言って泰蔵が少年に手招きをする。少年は険しい顔をして机の前に並ぶ五人をじろりと睨んだ。が、文句は口にせず大人しく泰蔵の隣に座る。
「優一郎殿と申されましたかな? 訳あってこの小僧はばっくり記憶をなくしておりますが、事足りますかな?」
泰蔵は笑顔で隣に座る少年の背をばんばんと叩いた。見た目、少年は要たちと同い年程度に見える。要はしばし少年を観察してから何気なく隣を見た。そこで眉を寄せる。要の隣に座る立城が蒼白になって顔を強張らせているのだ。
「小僧小僧言うな!」
少年がむきになって喚く。すると泰蔵が笑いながら少年の頭を後ろから叩いた。叩かれた少年が机に突っ伏す。
「この方は女性なのですか?」
優一郎が静かに問い掛ける。すると泰蔵はにやりと笑って小僧、と呼びかけた。すると少年がもの凄く嫌な顔をする。
「なっ、何で……だってこいつら」
少年がぼそぼそと言って前に座る五人を見る。多輝から順繰りに要まで眺めた少年が眉を寄せて目を戻す。少年はしばしじっと立城を見つめた。少年の視線を受けた立城が落ち着きなく視線を彷徨わせる。
「いいからさっさと言うことを聞け。それとも何か? 小僧、わしの言うことが聞けんのか?」
そう言いながら泰蔵がゆらりと立ち上がる。ぎくりと肩を竦めた少年が慌てたように両手を振り回した。
「わっ、判った、判ったってば!」
慌てて喚いて少年が恨みがましい目で泰蔵を睨む。泰蔵はそうかそうかと笑って再び座布団に腰を下ろした。
「いっ、いいか! 絶対、人に言うなよ!」
顔を真っ赤にした少年が並ぶ五人に指を突きつける。すると泰蔵がべしん、と少年の後頭部をひっぱたいた。
「ええからはようせんかい、失恋大王」
容赦なく言った泰蔵を要は驚きの目で見た。どこかで聞いたフレーズだ。多輝が要と同様に息を飲む。
「あーっ、もう判ったよ! そんなに人の頭、叩くなよ!」
やけくそ気味に言って少年が額に指を当てる。それまで何ともなかった少年の身体が淡い銀色に光り始める。やがて光が強くなり、硝子の砕けるような音がして少年の身体が一気に強い銀色に光り輝いた。要はその光の強さに思わず目元を覆った。
静かに光が消える。再び要が目を開けるとそこには美しい長い髪を持つ少女が座っていた。
「うー……」
赤い顔で少女が呻く。身につけているのは割烹着と三角巾だ。手にははたきもある。つまり、先ほどの少年が少女に変わってしまったのだ。
「これで宜しいですかな? 優一郎殿」
にっこりと泰蔵が笑う。
「この方はこちらでお預かりしてよろしいのですね?」
少女を見つめ、優一郎が静かに問う。泰蔵は笑顔のままで頷いた。その横で少女が悲鳴を上げて身体を竦める。どうやら泰蔵に尻を撫でられたらしい。
「この方は大切にお預かりします。ただ、できましたらあともう一方、ご紹介願えないでしょうか? そちらの方は処置が済みましたらすぐにお返しします」
言いにくそうに優一郎が告げる。ほう、と泰蔵は目を細めて優一郎を見た。少女が慌てたように泰蔵と優一郎とを見比べる。
「この小僧ではお気に召さんかったかのぅ。吉良優一郎殿」
そう言って泰蔵がにやりと嗤う。要は頭痛を覚えて額を押さえた。泰蔵は優一郎を試しているのだ。おじい様、と要は泰蔵に制止の声をかけようとした。だが隣に座る立城が無言で要の袖を引く。
「いえ、是非お預かりさせてください。ただ、この方をメッセンジャーに用いるのは損失だと思います」
「ほほう。役立たずに落ちた小僧に別の使い道があると?」
目を細めて泰蔵が告げる。要は困惑して隣に座る立城を見た。立城は顔色を蒼白にしたまま、何かを堪えるように唇を噛んでいる。
「はい。僕は全ては終わったと誤解していました。しかし、始まりにすぎなかったと、今、思い知りました」
泰蔵が無言で口許に浮かべていた笑みを消す。そして泰蔵はおもむろに少女に目をやった。
「小僧。ちと外せ」
「えっ」
戸惑いの表情で少女が声を上げる。泰蔵は少女を鋭い目で睨みつけた。それまでなりを潜めていた泰蔵の威圧感に圧されたのか、しばしの後、少女は無言で部屋を出て行った。
小僧なのに小娘w