エロシーンはありません。
「ま、待て待て。いまはそっちには行かない方が」
「何故ですか」
早くしたいのに。この格好では恐らく駄目だが、女性なら人と交わることは出来るかも知れない。立城は情欲に潤んだ目でぼんやりと白銀を見つめた。
柔らかそうな髪は短く刈り込まれている。目鼻立ちは整っているし、見目は相当にいい方だ。なのに何故かこの白銀は告白すると女性に悉く振られるという性質を持つ。それ故、水輝などからは失恋大王などと呼ばれている始末だ。
「いっ、いや、あのなぜとか言われてもだな」
面白いくらいに白銀は動揺している。立城は眉を寄せて首を傾げてみせた。だが白銀は理由を明白にしない。立城はしばし待ってから肩を竦めて言った。
「すみません。僕も急ぎの用があるので」
それでは、と断って立城はまた歩き出した。熱っぽい身体を抱えるようにして立城はゆっくりと廊下を奥に進んだ。するとまた肩を後ろから捕まれる。立城はさすがに辟易しながら振り返った。
「あの、何かあるなら言ってください」
苛立った感情がつい声に出てしまう。尖った声で告げた立城を見下ろし、白銀はまた言葉に詰まった。立城はそれを見て深々とため息をついて白銀を軽く睨んだ。
「言えないんですね? それでは僕は行きます」
「う、あ、だからちょっと待てって」
立城が歩き出すとまた慌てたように白銀が追う。それを何度か繰り返した所で立城は目を吊り上げて白銀を睨みつけた。
「いいかげんにしてください。何をそんなに気にしているんですか」
「う」
耳まで真っ赤になった白銀があからさまにそっぽを向く。立城はそれを見てしばし黙した。すると極々小さな声が耳に届く。それを聞いた立城はゆっくりと振り返って優一郎の部屋を見た。いま、この施設の地下二階には要の部屋、斎姫の部屋、多輝の部屋と並んだ奥に優一郎の私室がある。優一郎の私室は研究用の部屋が一つ、もう一つは広々とした寝室になっている。声はその優一郎の私室から聞こえてくるのだ。
立城は目を細めて耳を澄ました。微かに細い女の声が聞こえる。多輝かな。立城はそう胸中で呟いてため息をついた。
「……いいなあ」
つい、ぽろりと本音が零れてしまう。立城は落胆の息をついて肩を落とした。その隣で白銀がぎょっとしたように目を見張る。
「い、いいなって……お前……」
「だって多輝は慰めて貰えるけど、僕は無理だもの」
立城は情欲に囚われた目で正直に答えてから踵を返した。いま、優一郎の邪魔をしてはいけないだろう。優一郎も立城と同様の理由で欲情している筈だ。それを解消している最中なら尚更邪魔はできない。立城は諦めの息をつきながらゆっくりと廊下を戻り始めた。
「なっ、慰めるって、子供がんなこと言うなよっ」
後から追ってきた白銀が喚く。立城は疲れたため息をついて白銀を肩越しに見返った。
「ごめんなさい。子供で」
それだけ言ってまた歩き出す。そんな立城を白銀はしつこく追ってくる。立城は壁伝いに歩きながら時折、足をもつれさせた。情欲は深まる一方で少しもおさまらない。苛立ち紛れに立城は愚痴っぽく呟いた。
「……僕だって……女性になれば」
「え?」
白銀が素っ頓狂な声を上げて足を止める。
「女性って、なれるのか? お前」
「僕には吉良瀬立城って名前が」
そこまで言って立城はぴたりと足を止めた。静かに振り返る。白銀は相当驚いたのか少し後ろで立ち止まったままだ。立城は白銀の頭からつま先までを見回した。それから白銀の目をじっと見つめる。
今の白銀からは龍神特有の気配は殆ど感じない。立城の力が幾ら削がれていると言っても、ここまで感じない筈はない。何しろ白銀は八大の一人なのだ。感じられないのは、何がしかの理由があって白銀の力が相当落ちているか、若しくはどこかに切り分けられているということだ。
白銀は元々、立城たちの前に姿を現したことが殆ど無い。が、数回程度は見かけたことがある。会った時の白銀は力を隠すようなことは一切していなかった。劇的に何かが変化したにしても、ここまで器用に隠せるようになったとは考えにくい。
「なっ、何だよ」
立城の視線が気になるのか、白銀が居心地悪そうに言う。立城はしばし考えてから白銀に声をかけた。
「少し、手伝っていただけませんか」
そう言って立城はゆっくりと白銀に歩み寄った。モップを持っていない方の手を両手で握る。立城は白銀の手をつかんで頭を下げた。
「お願いします」
「い、いや、あの。手伝うって……あ! 俺が女になったこと言ってるなら筋違いだぞ! 俺は人の身体なんて変えられないからなっ」
慌てたように白銀が早口で告げる。そんなことは判っています、と立城は即答した。すると白銀が顔をしかめる。言い方を間違ってしまったかな。そう思いつつも立城は続けた。
悶々としてるのに出来ない件。