あと少し。立城は心の中で呟いて唇の輪を軽く締めた。根元から先端に向かって一気に扱き上げようとした瞬間、背後に気配を感じて立城は振り返った。
「何をしているんですか!」
少女の声が飛んでくる。立城は白銀を押し、その身体を倒してからベッドを蹴った。少女が構えた小太刀を手のひらでかわす。
「邪魔をするな!」
気合の声を発して立城は少女の揮った小太刀の峰を今度は肘で打った。少女が慌てた声を上げてその場によろける。立城は短く息を吐いて身体を反転させ、足を振った。容赦のない蹴りがまともに少女の胸に入る。そこまでの立城の動きはほぼ一瞬だった。少女が壁に激突する。
「ゆ、紫さん?」
白銀が驚きの声を上げて身体を起こそうとする。立城はベッドを振り返ってにっこりと笑った。
「もう少し待ってください。片付けます」
そう言って立城は少女に向き直った。壁に身体をぶつけて床に倒れていた少女がよろけながら身を起こす。立城は軽く床を蹴って一気に少女との間を詰めた。立城に向けられた小太刀の切っ先は頼りなく震えている。声を上げて斬りかかってきた少女の小太刀をかわし、立城はその場に身を屈めた。打ち上げた肘が少女の鳩尾にきまる。再び壁に吹っ飛んだ少女はそのまま昏倒したのか、ぴくりとも動かなくなった。
息をついて身を起こす。乱れた髪を手櫛で梳き、立城はベッドに戻ろうとした。
「そこまで、堕ちましたか」
優一郎はそう言った後、深々と息をついた。いつの間にかドアの横に優一郎が立っている。立城は絶句して目を見張った。一人、訳がわからないのだろう。ベッドの上に座った白銀が困惑した視線で立城と優一郎を見比べる。
「白銀さん。部屋に戻っていただけますか?」
穏やかな声で優一郎が白銀に告げる。優しいがその声には有無を言わせない響きもこもっていた。白銀は何かを言いたそうにしていたが、結局は優一郎の言う通りに部屋を出て行った。
ドアが閉まる。立城は無言で優一郎を見つめた。
「僕も攻撃するつもりですか?」
壁にもたれて腕組みしながら優一郎が嗤う。立城はため息をついて首を横に振った。部屋に設えられたクローゼットに歩み寄る。
「恩人にそんな真似はしないよ」
そう言いながら立城はクローゼットを開いた。クローゼットの中には少年の器の時用のものと、今の女性の器の時用の服が納まっている。下着を取り上げようとしてから立城は手を止めた。ベッドに引き返して枕元のティッシュを抜いて濡れた股間を拭う。
「深い罪を負った魂は、ばらばらに砕かれ分割されたうえで、転生の輪に戻されます。しかし」
どれだけ拭っても後から後から愛液は零れてくる。立城は何度か股間を拭ってから諦めのため息をついた。
「その転生は現在、未来とは限らない」
力なく言ってから立城は汚れたティッシュをくずかごに投げた。コントロールを誤ったために丸めたティッシュがくずかごの縁に当たって床に落ちる。
「ええ。もっとも最近に魂を砕かれた死を司る灰色の龍神は、過去へと流されました」
それを聞いた立城は目を細めて優一郎を見た。優一郎は変わらず嗤いを浮かべている。
「それで? 僕に我慢しろと?」
少女をちらりと見る。少女は床に倒れてはいるが、胸は上下している。
「あまりにも、あまりにも罪を負いすぎた魂は、転生の輪に戻ることさえ適いません。砕かれたまま、世界のあちこちに打ち捨てられます」
淡々と優一郎は語っている。その声に感情は感じられない。立城はため息をついてベッドに腰を下ろした。横目に優一郎を見てから小さく笑う。
「その原因を作っているのが僕であることは明白だよね。それで?」
世界に捨てられた魂は全くの別の物として蘇る。どこまで行っても結局のところは罪穢を祓うという役目からは逃れられない。立城は疲れた息をついて額を覆って俯いた。
「そのとおりです。判ってやってらっしゃるなら別にかまいません。父上は罪穢を祓う役目を負い罪を償っていました。しかし、新たな罪が重ねられたら誓約によって罰を受けねばならないのです。僕がなぜここに来れたか、わかりますか?」
そこまで告げて優一郎は深く息を吸った。目を見開いて立城を見据える。
「父上の魂が、さらに砕かれた音を聞いたからです! あなたには、聞こえなかったのですか?!」
立城は目を細めて歯を食いしばった。身体が震え、情欲が深くなる。こんな時にでさえ、何故、性欲だけが強くなるのだろう。立城は必死で震えを堪えて顔を上げた。優一郎の鋭い視線を見つめ、口許に薄い笑みを浮かべる。
「どうして僕に聞こえると思うの」
そう告げて立城は立ち上がった。優一郎の目の前を過ぎてクローゼットに寄る。優一郎に背を向けたまま、立城は小声で告げた。
「僕はね。生まれながらにして真也と対を為すものだ。だから」
ハンガーにかかった黒いワンピースをつかみ、立城は小さく笑った。
「地上の罪穢を祓う役目がありながら、僕にはそれを成すことが出来ない。地上の王と謳われても、そんな呼び名はただの形骸に過ぎない。僕に与えられている力は罪穢を祓うためじゃない。罪穢を作るためにあるんだよ」
だから殺してくれと言ったのに。立城はワンピースをハンガーから取り上げて身につけた。長い髪を胸に垂らして背中のファスナーを上げる。
「地上の王の役割は罪穢を祓うことでも、作ることでもありません! 地上の王としての務めを果たした結果、罪を為す必要があるかもしれません。それを祓うために父上が居ます。しかし、私欲のために為された罪まで祓うことはできないんです!」
「私欲……?」
長い髪を編もうとしていた立城はぴたりと手を止めた。私欲、ね。そう呟いて小さく笑う。編みかけていた髪を再び解き、立城は踵を返した。
「僕が白銀を食うのが私欲?」
そう呟いて立城はくすくすと笑い出した。そうか、と呟く。左の腕で自分を抱き、右手を口許にあてがって笑う立城の白い足には愛液の雫が伝っていた。気が狂いそうなほどにまで情欲は深くなっている。
この時期の立城はかなり無茶苦茶しています。