※この作品はR-18です。

魂の座 三部 暁の姉妹   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。


登場、和装オカマ美人 1

「百!」

「八十五」

「うー、じゃあ、九十五!」

 

 苛々しながら水輝はそう叫んで机を叩いた。間に置かれていた赤い宝石が衝撃に跳ねる。それを感慨ない目で見つめるのは一人の女性だ。水輝の正面に座る女性が疲れたように肩を揉み、呆れた声で言う。

 

「あのね。これでも水輝君の置かれた立場を考えて、出来るだけ高値で買おうとしてあげてるのね」

「九十三!」

 

 疲れたように言った女性に水輝は声を張り上げた。正月ということなのか、それとも別の理由からなのか、水輝の使える質屋は悉く閉まっていた。

 

「ヤバイ、曰くありげなものをね。これでもアタシは親切に引き取ってあげようとしてるわけ。Have you understood?」

「じゃあ、九十!」

 

 最後には流暢な英語まで使ってみせた女性に水輝はそう叫んで机を叩いた。テーブルが物の見事に割れる。衝撃に浮いた宝石をさらったのは女性の方だった。細い指で宝石をもてあそぶ。

 

「相変わらず困った子ねぇ。ボクチャン、ナンサイデチュカー?」

 

 そう言いながら女性が細い指で水輝の鼻をつつく。水輝は肩を怒らせて立ち上がった。女性が椅子の上で足を組み替えて楽しそうに笑いながら水輝を見上げる。

 

「仕方ない! じゃあ、九十七で勘弁してやる!」

「ちょっとぉ! 何でそこで値段が釣りあがるのよ!」

 

 奇声を発して女性が立ち上がる。水輝はくくく、と笑って女性を指差した。

 

「ばかめ! おれは最初から百以下で売る気はない!」

 

 そう言って水輝は女性の手から宝石をさらった。あー! と声を上げて女性が手を伸ばす。リーチの差を活かして女性の頭を押さえつけながら水輝は倒れていた椅子を器用に足で戻した。

 

 二人のいる部屋は広々とした執務室だ。オフィスの最上階にあるこの部屋の主の名は笹原学。一見、女性にしか見えない学は実は元々は男性だ。が、今は男性としての機能も失い、人工的に乳房や膣まで作っている。黙って性交渉すればまず間違いなく相手の男は学が実は男性ということに気付かない。

 

 深いため息をついて学が手を下ろす。水輝は椅子に腰掛けながら手の中の宝石を放り投げた。片手に受け止めながら皮肉な笑みを浮かべる。

 

「大体、五十にさしかかろうかって男が数万ぽっちけちってんじゃねえよ」

 

 言った途端、水輝は激しい衝撃に襲われて前のめりになった。学が水輝の後頭部をどついたのだ。

 

「女の年を口にするなんてさいてぇよぉぉぉ! それに数万けちってるのは、水輝君の方じゃないのぉぉぉぉぉ!!」

 

 そう叫んで学がよよ、と泣きながら床に崩れる。アタシの気も知らないで、と喚きながら学がどこからともなく取り出したハンカチを噛む。水輝は機嫌悪く瞼を半分閉じ、学の頭を蹴った。その途端、学の握っていたハンカチの間から目薬が転がり落ちる。あらあら、と言いながら学が呑気に目薬を拾う。水輝はそれを見て深々とため息をついた。

 

 水輝は記憶をなくしている間、紫と名乗っていた立城に雇われて裏稼業を営んでいた。学はその折に水輝が所属していた組織のメンバーの一人だ。あれから随分と時間が経つが、学の外見はその当時より僅かに年を取っただけに見える。さすがは気合を入れて容姿を維持しているだけのことはある。水輝は目薬を大事そうに拾ってまたハンカチの間に仕込む学を見ながらそんなことを思った。

 

 長い髪は結い上げられており、身につけているのはシックな色使いの着物だ。オフィスにいる面々は和装するボスのことをどう考えているのだろう。

 

「大体ねぇ。水輝君も判ってないのよ」

 

 そう言いながら学が壊れたテーブルを退けて椅子に腰掛けなおす。ハンカチを胸元に納めながら学はため息をついた。

 

「そりゃあね。それだけのピンクサファイアだもの。相当の値がつくわよ。二百や三百は越えるわね、間違いなく」

「えっ」

 

 水輝は放り投げて遊んでいた宝石を取り損ねて落っことした。床に落ちた宝石を今度は学が拾い上げる。

 

「ルビーのつもりだったのに」

「違うわよ。これはサファイアよ」

 

 即答して学が明かりに宝石をかざす。最初は顔の利く質屋がないかを訊ねただけだったのだが、学自身が宝石を引き取ってくれると申し出てくれた時は水輝も素直に喜んだ。だがよくよく考えればどうして学は宝石などに詳しいのだろう。水輝は腕組みをしながら首を傾げた。

 

「非加熱でこれだけ純度の高いピンクサファイアも珍しいわ。しかもすっごく見事なカッティング」

 

 そう言いながら学が意味深に笑って水輝をちらりと見る。水輝はあー、と呻いて咳払いした。

 

「それは置いといて」

 

 足を組んで背もたれに寄りかかる。豪奢な布張りの椅子は難なく水輝の体重を受け止め、優しく背中を包んだ。座り心地の抜群なこの椅子は特別に海外から取り寄せたのだという。学が腰掛けている椅子もそうだし、先ほど水輝が割ったテーブルもそうだ。ちなみに執務室内にある調度品の殆どは学が自ら選び、取り寄せているのだと言う。

 

「何でそれだけの値がつくものを、んな百以下とかで買い叩かれなきゃならないんだ」

 

 仏頂面で水輝が告げると学が美しいカーブを描いた眉を寄せた。こめかみを指で押さえて大仰にため息をつく。

 

「あのねぇ。こういう、曰くのありそうなものを捌くのに、一体どれだけの金がかかると思う?」

 

 学が手の中に宝石を大事に包んで掲げていた腕を下ろす。水輝は腕組みをして首を捻った。だが考えてもそんなもの、見当もつかない。学は水輝が考えをめぐらせている間に袂からシルバーのシガレットケースを取り出し、細身の煙草を咥えて火を点けた。メンソールの香りのする煙を水輝の顔に吹きかける。水輝は顔をしかめてため息をついてから胸ポケットから自分の煙草を取り出した。

 

「おれが金勘定できると思うのか」

「相変わらずオツム弱いわねー」

 

 容赦なく言ってから学が小さく笑う。悪かったな、と憮然とした面持ちで言い返しながら水輝は咥えた煙草に火を点けた。二人でしばらく黙って煙草を吸う。壊れたテーブルに乗っていた灰皿を学が拾い、二人の間に置く。床に置かれたそれに水輝は長く伸びた灰を落とした。

 

「三百で売れるとして、水輝君の取り分が八十五ってのは、アタシの取り分ほぼゼロなのよ。それっくらい裏でこの手のモノを捌くにはお金がかかるの」

「えーっ!?」

 

 水輝は素直に心の底からの驚きの声を上げた。学がこれだから、と額を押さえる。水輝は学が手に握る宝石をじっと見つめた。

 

「何でそんな愉快なことに」

「いやもう、何と言うか、そこまで行くとある種徹底してるなと思うけど」

 

 何で紫はその手の知識を水輝君に入れないのかしら。そうぼやいて学が唇の端に煙草をぶら下げる。知るか、と仏頂面で答えて水輝はそっぽを向いた。そんな水輝を見て学が呆れたようにため息をつく。




この笹原学ってキャラはあちこちに出てるんです……。
なくした原稿にも……。
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