あ、エロシーンはありません。
「で? 奈月が着てた振袖ってお前のか?」
くすくすと笑いながら水輝は立城に問い掛けた。歯ブラシを箱に納めた立城を静かに下ろす。立城はそっぽを向いてそうだけど、と答えた。
「それがなに?」
言い返す立城の声には険がこもっている。どうも笑われたことが相当不服のようだ。腕組みをして壁に寄りかかりながら立城が水輝を睨む。水輝は悪い悪いと詫びながら歯磨きを始めた。
「どうせならお前も女になって振袖にしたらどうだ?」
歯磨きの後、うがいをしてから水輝は改めて立城に言った。すると立城がふん、と横を向く。それを見た水輝は訝りに眉を寄せた。立城が無言で洗面所を出る。後に続きながら水輝は小さな背中に声を投げた。
「別に女になったからって突然襲い掛かったりはしないぞ」
「デリカシーのない男は嫌われるよ」
即座に言い返して立城が肩越しに振り返って水輝を睨む。やれやれと苦笑して水輝は少し歩く速度を上げて立城を追い越した。立城が手を伸ばすより早く、執務室のドアノブを握る。
「これは失礼しました」
恭しく一礼してから水輝は執務室の扉を開けた。とてつもなく嫌そうに顔を歪めて立城が水輝を睨み据える。
「そうやってご機嫌とっても何も出ないから」
「そんなつもりはないんだがな。これは単にからかってるだけだ」
素直に答えて水輝は笑ってみせた。ふん、とそっぽを向いて立城が執務室に入る。ドアを内側から押さえ、立城は機嫌悪そうな顔のままで告げた。
「僕、まだ仕事があるから。勝手に入ってこないでね」
言うが早いか、立城が勢いよくドアを閉めてしまう。おーお、と笑って水輝は部屋に戻った。お待たせと言いながら部屋に入る。するとテーブルの脇に立っていた奈月が真っ赤な顔で振り向いた。だがすぐに水輝に背を向けてしまう。不思議に思いながら水輝はテーブルについた。
「なにしてるんだ?」
水輝の目から隠れるようにして奈月は何やらごそごそと動いている。水輝は不思議に思いつつも箸を手に取った。寝る前に奈月を散々に抱いたからなのか、腹はとても減っているのだ。
「……奈月?」
食っていいのか。そう訊ねようと水輝は首を伸ばして奈月を見やった。すると奈月の足元で振袖の裾が動いているのが見えた。水輝は箸を置いてそっと奈月に近付いた。気配を殺して真後ろに立ち、奈月を覗き込む。
「あー。なるほど、了解」
そう水輝が声をかけた途端、奈月がびくんと肩を竦める。慌てて振り返った奈月の手にはタオルが握られていた。着物の合わせ目からこっそりと手を入れて奈月は懸命に股間を拭っていたのだ。
「そっか。下着つけてなかったのか」
下着のラインが出るから、と和服の時にはあえて身につけない女性もいるらしい。そのことを思い出しながら水輝は小さく笑った。奈月が何かを言いかけては口を閉じる。顔は真っ赤なままだ。
「とにかく何とかしなきゃな。ちょっと待ってろ」
そう言い置いて水輝は再び部屋から出た。奈月は振袖を汚してはいけないと思っているのだろう。だが下着を着けろと言っても聞きそうにない。水輝は頭をかきながら廊下を進み、無造作に立城の執務室のドアを開けた。
「あー、仕事中悪いんだけどさー」
「勝手に入らないでって言ったでしょ」
剣呑な声がいきなり飛んでくる。水輝は眉を寄せて立城を見ながら堂々と執務室に入った。執務机についていた立城がぴたりと手を止める。正面に回ると端末に立城が隠れてしまうので、水輝はわざと机の斜め前に回った。
キーボードを打ちながら立城がため息をつく。
「それで? なに?」
水輝が部屋に入ったことは諦めたのか、立城は嫌そうにしつつもそう言った。どうもこれは当分は機嫌を直してもらえそうにない。水輝は肩を竦めて机に腰を乗せた。立城がそんな水輝を横目に見て手を止める。だがすぐに立城はキーボードを打ち始めた。
「実はな。奈月が下着をつけてなくてさ」
今度こそ立城の手が止まる。水輝はそれを横目に見てから立城の顔をうかがった。いつの間にか立城の顔からは怒りの表情は消えている。感情の読み取れない顔で立城が瞼を半分ほど閉じる。
「……それで?」
手を止めたまま立城は平坦な声で告げた。あー、と呻いてから水輝は頭をかいた。
「生理用ナプキンとか着けられないしさ。だから、タンポン持ってないか?」
さらりと告げた水輝を立城が横目に見る。立城は無言で執務机の前を離れた。椅子を飛び降りてドアのところまで歩いて行く。そこで足を止めて立城は水輝に顎をしゃくった。どうやら来いという意味らしい。水輝は頷いて立城の後を追った。
立城が向かったのはトイレだった。普段は全く使うことのないその場所を、水輝は物珍しさから興味津々の顔で覗き込んだ。意外に広い。立城はトイレのドアを開け放したまま、中にある棚を探っている。
「何でそういう無駄な知識ばかりあるんだろう……」
しかめ面で立城がぼやく。水輝は訝りをこめて立城を見た。が、立城は肩越しにちらりと水輝を見ただけでまたあっちを向いてしまう。
「生理用品のことか? んなもん、女と付き合ってれば見たり聞いたりくらいはするだろ。生理中にまさかやる趣味ないし」
呆れながら水輝が言った瞬間、立城が振り返る。身構える間もなく水輝の顔に何かが飛んでくる。慌てて顔を庇った水輝の腕に当たって落ちたのはタンポンの入った箱だった。
「信じられないね、君は!」
「……は?」
投げるなよ、と文句を言いながら箱を拾い上げようとしていた水輝は動きを止めて目を上げた。
立城の思惟は完全に遮断されている。とても読める状態ではない。いま、立城は器を維持することと、己の思考を他者に漏らさないための障壁を作ることのみに力を注いでいるのだ。
「何がそんなに気に入らないんだ」
呆れ果てた気分で水輝はのろのろとタンポンを拾い上げた。まだ封を切っていない箱を両手の中でもてあそぶ。そうしながら水輝はちらりと立城を見た。立城は肩を怒らせて身体を震わせている。激しく怒っていることは見た目にも良く判る。が、水輝はついついいつもの癖で立城の頭を撫でようと手を伸ばした。
鋭い目をした立城が頭に届く前に水輝の手を払う。
「触らないでくれる?」
冷ややかにそう言ってから立城は呆然とする水輝の横を通り過ぎた。しばしその場に佇んでから水輝ははっと息を飲んだ。慌てて立城の後を追う。だが立城は既に執務室に閉じこもっていた。声をかけてもノックしても扉は開かない。内側から鍵をかけられてしまっている。
仕方ないな、と呟いて水輝は執務室に直に転移しようとした。するとそれをまるで呼んでいたかのようなタイミングで部屋の中から声が聞こえてくる。
「跳んで入ったら許さないから」
水輝は閉じかけていた目を開いてドアに向かって声を張り上げた。
「いいかげんにしろよ!」
何がそんなに気に入らない、と水輝は声を荒らげた。だが執務室からは返答はない。水輝は舌打ちをして部屋に戻った。とにかく奈月に早くこれを渡した方がいい。
奈月が機械仕掛けというのがまだ書けてないんです……。
すみません。