一歩手前って感じです。
疲れきって眠る立城の身体をベッドに横たえ、優一郎は腰を上げた。先ほどまでの様子がまるで嘘のように立城は穏やかな顔で眠っている。優一郎はしばし黙って立城を見下ろし、頬にかかる長い紫の髪を静かに指で払いのけた。
立城の頬は殴られたためにほんのりと赤く染まったままだ。優一郎は立城の頬を見つめてから自分の手を見下ろした。だが立城の頬が僅かに腫れているのに対し、優一郎の手は何ともない。加減して打ったせいもあって痛みもなにも残ってはいない。
あの時、遠いところで魂が更に砕ける音がした。その音に驚いて駆けつけた時にはもう、真也の魂は更に細かく砕けてしまった後だった。そのことを優一郎は迷いもなく立城に突きつけた。
ほんの一瞬、僅かの間、立城が目を見張ったような気がする。これまで立城は真也の魂が砕けるのを承知でいると思っていた。が、実際は立城には魂の砕ける音は聞こえないのではないだろうか。そう考えながら優一郎はそっと立城の赤くなった頬を指先で撫でた。
静かに部屋を出る。優一郎は真っ直ぐに多輝の部屋を目指した。客室の一室では白銀が酷く落ち込んでいるようだが、今は放っておくのが無難だろう。どのみち、白銀を立城に食わせるつもりはない。
多輝の部屋に入り、優一郎は静かにベッドに近づいた。床に散乱していた多輝の服は片付けられている。部屋の片隅に設えられたソファに横たわっているのは由梨佳だ。由梨佳は多輝が必要であると判断した時以外は、こうして電源を落としてここに飾られている。優一郎は感慨のない目で由梨佳を見てからベッドに向き直った。
穏やかな寝息を立てて鈴が横たわっている。唐紅のリボンがその首には結わえられている。ショートカットの髪は癖はなく、細い毛質で手触りも柔らかそうだ。若々しい極め細やかな肌に赤い小さな唇が映えている。優一郎はしばらくじっと鈴を見つめてからおもむろに布団をはがした。
さすがに今の多輝の部屋に鈴を置いておくのは危険すぎる。優一郎は鈴を静かに抱き上げて多輝の部屋を出た。小柄な鈴は驚くほど軽い。両腕に軽々と鈴を抱えたまま、優一郎は自分の寝室に向かった。
寝室に入り大きなベッドに静かに鈴を横たえる。優一郎の腕からベッドに身体を移しても鈴は熟睡したままだ。もしかしたら多輝が鈴を治療する際に穏やかに眠れるように術を施したのかも知れない。優一郎は屈めていた腰を伸ばし、横たわる鈴の身体を注意深く観察した。
鈴の背は高くない。百五十と少しくらいだろう。全体的にほっそりとした印象があるが、鈴の身体には無駄な肉がついていないだけで不健康なイメージはない。手足はすらりと伸びている。きっと外の任に就くこともあるからだろう。斎姫や多輝に比べると若干、肌は焼けているだろうか。
如月という名に優一郎は聞き覚えがあった。立城と交わった時に流れてきた記憶の中に垣間見えたのだ。どうやら如月家と吉良瀬家は古くから密接な関係にあったらしい。文字通り、吉良瀬の影で手足となって働いていたのが如月の一族なのだ。
時代が時代なら恐らく隠密と呼ばれていたのではないだろうか。それ故、未だ如月には密偵としての役目を果たすための技術が多く伝えられている。あの泰蔵が見せた技もそんな中の一つだ。隠し持った武器を用いて素早く対象を殺傷する。立城が身動き出来なくなったあの技もそうだ。気を使い、相手を射竦める。そんな技術が未だ如月にはしっかりと受け継がれているのだ。
そして。静かに呟いて優一郎は鈴を見つめた。見たところ、鈴は泰蔵の傍に長く仕えていたようだ。現に優一郎の命に従うように、という命令にもしっかりと従っている。そうでなければ白銀の見張り役を引き受けなかっただろう。きっと鈴はあらゆる技能を既に叩き込まれているに違いない。それを思いながら優一郎は微かに笑みを浮かべた。
房中術という技術がある。性を用いて相手を操る技術がそれだ。鈴はきっとその技術も叩き込まれているだろう。折角の技術なのだ。それを特技として活かす方向で機体を製作した方がいい。
僕の好みから遠くなるのは残念だけど。そう呟きながら優一郎は脳裏に機械的な女性器を思い浮かべた。一見してはっきりと作り物と判る女性器のことを思うだけでぞくりとするものがこみ上げる。優一郎は目を上げてぼんやりと宙を見つめた。
カバーのつけられたクリトリスにランプが灯る。人の尿道口の位置に設えられた小さなパネルは、感情を表す信号になっている。小さなランプが幾つか配されたそのパネルの下にあるのが人工の陰唇だ。だが人のそれとはかけ離れた陰唇は花びらのようで、一見して人の肌とは異なる材質で出来ていると判るほどにつるんとしている。膣内部はあくまでもバイブレーターとして機能し、覗き込むと一定間隔で動いているのが目視確認できる。
玩具のような女性器をしばし思い浮かべてから優一郎はため息をついた。
「もっと機械的でもいいよね」
新たに製作中の斎姫の女性器をどうしようか、と考えていた優一郎ははっとして目を落とした。いつの間にかベッドに横たわった鈴が目を開けている。
「いつからお目覚めになっていたんですか?」
にっこりと笑いかけ、優一郎は静かに鈴に問うた。鈴が何度か瞬きをして瞼をこする。どうやら身体の方は完全に回復したらしい。手を口許にあてがって欠伸をする鈴を見ながら優一郎はほっと息をついた。
「つい先ほどです。……すみません。熟睡していたようです」
そう言って鈴が身を起こし、優一郎に頭を下げる。次いで鈴はきちんとベッドに正座し、指をついて優一郎に深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。不甲斐ないところをお見せしました」
詫びる鈴を見つめていた優一郎は苦笑を浮かべた。あの状況で立城を止めるのは難しかっただろう。
鈴は後からもちょいちょい出てきます。