※この作品はR-18です。

魂の座 三部 暁の姉妹   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。


罪穢を祓う者

 携帯電話を閉じてポケットに突っ込む。水輝は暗い夜道をひたすら走っていた。犬の遠吠えが辺りに響く。学の情報はやはり的確だ。道を折れ、うっそうと茂る木々に向かって走る。誰もいない筈の森の中、不気味に群がる者たちに向かい、水輝は高速で駆けた。

 

 手にした宝珠が煌きを帯びる。水輝は一気に群れとの間を詰め、逆手に握った刀を繰り出した。木々に囲まれた場所には月明かりすら入ってこない。暗がりの中で何かが潰れる音と弾ける音が同時に響く。

 

 闇に濁った黄色い眼の光が無数に浮かんでいる。揺れる光に囲まれた水輝は鋭く息を吐いた。一際大きく揺らいだ一対の黄色く丸い光が急速に水輝に近付く。水輝は地面を強く蹴って身体を沈め、低い位置から刀を揮った。

 

 凝った気配が辺りに立ち込める。胸の悪くなるその匂いに水輝は機嫌悪く顔をしかめた。

 

「失せろ。ここは貴様らの訪れていい場所ではない」

 

 刀を握り直し、正眼に構えて水輝は声を放った。だが蠢く光は消えない。水輝は舌打ちをして刀を右手に握り、一閃した。飛び掛ってきた一体の影が水輝の刀に引き裂かれる。その瞬間、また凝った気配が滲んでいく。

 

 やばいな。水輝は胸の内でそう呟いた。先の立城との戦闘で力が大幅に削れているのだ。まだ全快にはとても至っていない。

 

 低い唸り声が響く。群れの中の一体が低く啼くと、一体、また一体と啼く声が重なっていく。水輝は舌打ちをして声に揺れる群れの中に突っ込んだ。白い光を叩き込んで数体を蹴散らしてから群れの中心、影のない場所まで飛び離れる。

 

 仕方ないな。水輝は呟いて手にしていた白い刀を消した。白宝珠を胸に納め、変わりに黒い宝珠を取り出す。

 

「欲望の海よ」

 

 水輝が呪を口にすると黒い宝珠は一気に巨大な鎌へと姿を変えた。その途端、触れている水輝の力をぐんぐんと鎌が吸い上げ始める。水輝はゆらりと身体を揺らし、両手に鎌の柄を強く握りしめた。

 

 冥界の門が確実に開きつつある。そうでなければ急にこれだけの量のモノが湧く筈がない。水輝は歯を食いしばって鎌を揮った。黒い雷が影に向かって放たれる。それを機に、影の群れは一斉に水輝に襲い掛かった。水輝の器の中を無数の影が突き抜けて過ぎる。水輝はだが、それに構わず鎌を揮い続けた。

 

 結界を展開し、森全体を囲む。水輝は怒号を上げ、鎌を一閃した。鎌から放たれた闇色の雷が結界内をでたらめに走る。撃ち出された雷が影を切り裂きながら結界にぶち当たり、反射して再び影の中に突っ込む。

 

 影の一体一体はそれぞれが大きな獅子を思わせる形をしている。それらが巨大な牙を剥き出しにし、水輝に襲い掛かる。頭から突っ込んだ影が鎌を振り上げた水輝の器を侵しながら突き抜ける。器に注がれた澱みが痛みとなって内側から水輝を切り裂こうとする。水輝は歯を食いしばって影を直に鎌で切り裂いた。

 

 不意に見知った気配が動く。水輝は目を見張ってそちらを向いた。

 

「水輝様!?」

 

 悲鳴にも似た声で千佳が叫ぶ。水輝は舌打ちをして視界の隅に現れた千佳の元に駆けた。硬直している千佳の身体を左腕一本でさらい、走る。

 

「逃げろっつったろ!」

「だって、でも!」

 

 水輝に抱えられた千佳が涙声で叫ぶ。水輝は千佳に詫びて左腕を目いっぱい空に向かって振った。悲鳴を上げた千佳の身体が天に向かって飛んでいく。千佳は羽根を持っている。結界の外に出てしまえば影は襲っては来ない。

 

 水輝はぎらりとした目で背後を振り返った。だがその瞬間、水輝を追ってきた無数の影が器を目掛けて跳躍する。影は空中で一まとまりになり、一気に水輝の器に飛び込んだ。襲ってきた衝撃に水輝は目を見張り、声にならない声を上げた。

 

 手にしていた鎌が滑り落ちる。水輝はがっくりとその場に膝をつき、震える手で鎌の柄を握った。水輝の背後で巨大な黒い獅子が何かを咀嚼する。水輝は穴の開いた腹に手をあてがい、よろけながら立ち上がった。

 

 闇色の獅子が咆哮をあげる。水輝は獅子を鋭く睨み、鎌を両手に支えて持ち上げた。唇の端から血が伝い落ちる。

 

「仕方ないな」

 

 そう呟いて水輝は手の中の鎌を消した。器に黒宝珠を戻しながら走ってきた獅子をかわす。水輝は注意深く結界を強化した。青い結界の内部に淡い紅の結界が出来上がる。

 

 獅子の身体がぼやけ、再び小さなたくさんの影に分裂する。

 

「あんま使いたくねんだけどなー……」

 

 そう言いながら水輝は自分の額に指をあてがった。紅の結界の内側に三枚目の結界が展開される。続いて四枚目、五枚目と結界が増え、あっという間に結界は八枚に増えた。

 

 影が水輝を取り囲んで唸りを上げる。水輝の身体の周囲に陽炎のように青白い炎が生まれる。水輝は額に人差し指と中指をあてがったまま、にやりと口許を歪めた。

 

「悪く思うなよ」

 

 そう呟いて息を吸う。一斉に向かってきた影は水輝の炎に遮られ、次々に地面に撥ね飛ばされる。その間に水輝は呪文を詠唱した。

 

「我、青の鍵、汝との誓約によりこの世を浄化せしめんとする者」

 

 結界内の空気が鳴る。水輝は言いようのない圧力に耐えながら言葉を継いだ。

 

「冥界の門より出でし……」

 

 そこまで刻んで水輝は激しく咳き込んだ。大量の鮮血が地面に散る。やはり思った通り、呪文に導かれつつある力のあまりの強大さに弱った器が衝撃を受けている。だが水輝は鋭い目で蠢く影を睨みながら俯けていた顔を上げた。

 

「この、者を」

 

 危険を察知したのだろう。影の動きが止まる。水輝は構わず続けた。

 

「混沌の縁へと帰し、罪穢を」

 

 水輝は目を閉じてごめんな、と心の底で詫びた。器に叩き込まれた凝りが一斉に外に向かって暴れ始める。それは細かい刃となって水輝の肌を内側から切り裂いた。

 

「焼き祓わん」

 

 結界の天頂に黒い大きな口が開く。無数の影が咆哮を上げながらその口に吸い込まれていく。それと同時に結界内には青白い炎が一気に燃え上がった。

 

 額から指が外れ、掲げていた腕から力が抜ける。地面が、森が燃え上がる。自分の生み出した炎にその身を焼かれながら水輝は静かに天を見上げた。開いていた黒い口が音もなく閉じていく。どこからともなく吹いてきた風が水輝の身体を撫でる。水輝は微かに笑ってゆっくりと目を閉じた。




場面転換したらいきなりバトルで水輝がヤバい、という状況です。
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