※この作品はR-18です。

魂の座 三部 暁の姉妹   作:伊駒辰葉

57 / 175
エロシーンはありません。
このエピソードで三章は終わりです。


呼ばれて飛び出て~からの、奈月の里帰り

「水輝さん!?」

 

 奈月は目を見張って椅子から立ち上がった。遠いどこかで水輝の力が弾けていく。奈月は離れていても水輝の結界が砕け散るのを正確に読み取っていた。

 

 反射的に水輝の許に跳ぼうとする。が、奈月は目を見張ったまま、その場に力なく膝を砕けさせた。徐々に身体に力が入らなくなっていく。奈月は小さく呻いて机に手を伸ばし、何とか身体を起こした。

 

 水輝の受けたダメージが余りにも大きすぎるのだ。

 

「時空の王よ! とにかく、なんでもいいですから、水輝さんの元へ! お願いします」

 

 泣きながら奈月は必死でそう叫んだ。不意に間近の空気が揺れ、静かな気配が現れる。奈月は驚愕に目を見張って現れた者を見上げた。

 

「……随分と乱暴な呼び出しだな」

 

 翠色の美しい青年が静かに告げる。

 

「ごめん……なさい。でも、そばに……居ないと、だめ……なんです」

 

 奈月は涙声で途切れ途切れに言いながら俯いた。お願いします、と震える声で告げて頭を下げる。青年はしばし無言で奈月を見下ろした後、小さなため息をついた。

 

 奈月の呪文に応じたということは、この青年は翠だろう。奈月は初対面の翠の顔を真っ直ぐに見上げた。

 

「礎にするのはごめんだ、と青龍王は言わなかったか?」

 

 静かに翠が問う。その声には殆ど抑揚がない。奈月は大粒の涙を零しながら目を細めた。滲んだ視界の中に立つ翠はじっと奈月を見下ろしたままだ。

 

「わたしは……水輝さんの判断に……従います。でも、水輝さんがどんな道を……選んでも、傍にいないと……」

 

 だめ、なんです。そう続けて奈月は顔を覆った。翠がゆっくりとその場に屈み、奈月の頭をそっと撫でる。

 

「安心しろ。青龍王は潰えてはいない。風の主がその身柄を預かっている」

 

 それを聞いた奈月は慌てて手を下ろし、翠を見つめた。翠はいつの間にか奈月に合わせてその場に膝を落としている。

 

「風の龍神の……王? いえ……女王、なんですね」

 

 奈月は涙を拭きながら一人、納得して頷いた。落ち着くと水輝を介して相手のことが少しずつ読めてくる。確かに水輝はまだ潰えてはいない。その器を優しい風が取り巻いてゆっくりと運んでいる。

 

「今度の金色の娘は実に落ち着きがないな」

 

 小さく笑って翠が奈月の頭をゆっくりと撫でる。

 

「だって二度も、立て続けに……。どうして……」

 

 三度目は、すぐには来ないんですか? そう続けて奈月は真っ直ぐに翠を見た。翠が微かに眉を寄せてどうだろうな、と呟く。奈月は涙を拭いながら鼻を啜った。すると翠が無言でシャツのポケットからハンカチを取り出し、奈月に差し出す。奈月はありがたくそれを受け取って濡れた頬を拭いた。

 

「ありがとう……ございます」

 

 礼を言う奈月の声はまだ震えている。涙を堪えようと思うのにあとからあとから零れてくる。

 

 水輝は半ば禁忌とされる力を燃やして穢れを祓った。が、同時にその力は水輝をも焼いてしまったのだ。一点の曇りもない水輝と言えど、あれだけ強烈な浄化の炎に晒されたらただでは済まない。それにあの時の水輝の器には冥界の獣の澱みが凝っていた。もたらされた炎は水輝の器にこめられた凝りまでをも焼き尽くしたのだ。

 

 本来、水輝は浄化の術を使えない。それは金の扉のみに許される力だからだ。だが水輝の場合、とある条件が揃えば強引にその力を引き出すことが可能なのだ。

 

「三度目が……あったら、水輝さんは……」

 

 だから、わたし、行かないと。そう続けて奈月は翠を見つめた。翠が少しだけ目を細め、奈月の頭を撫でていた手の動きを止める。

 

「……やれやれ。今度の金色の娘は本当にじゃじゃ馬らしい」

 

 低い声で言って翠が立ち上がる。奈月は差し出された翠の手に素直につかまった。引き起こされて立ち上がる。

 

「では一つ、問いに答えて貰おう」

 

 静かに告げて翠は奈月の目を覗き込んだ。澄んだ翠色の目が真っ直ぐに奈月を見つめる。

 

「はい」

 

 ハンカチを握りしめ、奈月は真剣に頷いた。翠が奈月に頷き返し、告げる。

 

「あらゆるまやかしに溢れたこの世界をどう思うかね?」

 

 穏やかな声で問われる。奈月は真っ直ぐに翠を見つめ返し、答えた。

 

「大好きです」

 

 水輝さんが居る世界だから。水輝さんが護ろうとしている世界だから。それに水輝さんに関係なく、わたし自身も。

 

 声にしない答えを胸のうちでそっと呟きながら奈月は涙を拭った。

 

「まやかしは滅ぶべきと思わないのか?」

 

 微かに翠の声が揺れる。ほんの僅かに揺れたその声に何故か翠の感情がこめられている気がする。奈月はしばし考えてから口を開いた。

 

「あの……きっと今のわたしも、まやかしのひとつだと思うんですけど。正されるべきだと、あるいは滅ぶべきだと思ってらっしゃるのですか?」

 

 そう奈月が告げた途端、翠が目を見張った。息を飲んで言葉をなくしている。それを見た奈月は首を傾げた。どうして驚くのだろう。翠の手を握ったまま、奈月は考えを巡らせた。とんでもないことを口にした覚えはない。

 

 唐突に翠が笑い出す。声を上げて笑う翠を見て奈月はぎょっとした。

 

「よかろう。君をかの者の許へ送ろう。……ただし、直に送ることは出来ない。結界の手前で構わないかね?」

 

 そう言って翠は奈月に笑みかけた。

 

「はい。……あの」

 

 困惑しつつ奈月は視線を泳がせた。翠が微笑みをたたえて奈月を促す。

 

「あの……、お会いしたの、今日が初めて……ですよね?」

 

 混乱しながら奈月は訊ねた。翠と会うのは初めての筈だ。なのに何故、相手のことをもしかしたら知っているかも知れないと感じるのだろう。

 

 翠がまたくすくすと笑い出す。その直後、翠の姿が溶けて消えた。奈月の手を握る手が皺だらけのそれへと変わる。翠の居た場所に現れた者を見た奈月は目を見開いた。何故か逢坂がそこにいる。

 

「いかんのぅ。嬢ちゃん。そこでばらしちゃ」

「逢坂さん? えっ、あれ?」

 

 奈月は激しく混乱しながら頭を押さえた。いつの間にか涙も引っ込んでしまった。逢坂がほっほっほ、と笑って奈月の手を離す。奈月は両手で頭を抱え、考え込んだ。そんな奈月を逢坂が優しい目で見つめている。

 

「内緒にしといてくれんかのう」

 

 そう言って逢坂が笑う。

 

「はい。わかりました」

 

 そう答えながらも奈月はずっと考えを巡らせた。やがて一つの答えに辿り着く。

 

「あの! 時空の王だから、今日とか、明日とか、昨日とか、関係無いんですね?」

 

 最初から翠はこの逢坂なのだ。先ほどの青年の姿は恐らく借り物なのだろう。翠が告げたまやかし、というのは自分自身のことも含めてのことだったのだ。何で気付かなかったのだろう、と奈月は恥ずかしさに顔を赤くした。

 

「過去も現在も未来も、全てわたしにとっては同じ意味を持つな」

 

 先ほどの青年の姿をとっていた時の口調に戻って逢坂が告げる。それから逢坂は軽く右手を掲げた。その手のひらの上に鮮やかな銀色の光が現れる。その光の美しさに奈月はしばし見とれた。

 

 光が逢坂の手の上で踊る。やがて光は一枚の銀色の羽根となった。

 

「わたしからの餞別だ。使えば青龍王は回復する」

 

 尤も、別の者が既に力を使っているかも知れんがね。そう言って逢坂が笑う。奈月は差し出された銀色の羽根を大事に受け取った。触れただけで判る。銀色の薄い羽根には優しい癒しの力がこめられている。

 

「ありがとうございます」

 

 にっこりと笑って奈月は頭を下げた。逢坂がほっほっほ、と笑う。それから、と逢坂は指を一本立ててみせた。片目を閉じて笑う。

 

「嬢ちゃんの夢、叶うかも知れんのぅ」

 

 周囲に翠色の光が現れる。奈月は目を見張って逢坂を見つめた。翠色の光が奈月を包み込む。その直後、奈月の視界は弾け飛んだ。

 

 唐突に視界が開ける。奈月は瞬きを繰り返して周囲の様子を見た。白いドーム型の屋根のついた一軒の家が目の前にある。

 

「えっと……ここって」

 

 わたしが生まれたところのような。奈月はしばし、目の前にある家を見つめ呆然となっていた。




翠と奈月は仲が良いのですw
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。