チャイムを鳴らす。可愛らしいベルの音がインターホンのスピーカーからも聞こえてくる。門のところについたチャイムを鳴らした奈月はそわそわと手の中の羽根と目の前の家とを見比べた。
「あの、こんにちは。吉良瀬奈月と申します」
インターホンに向かって奈月は名乗った。だが返答がない。奈月は首を傾げて目の前の家を見上げた。見た目にはごく普通の住宅だ。プラネタリウムを思わせる丸い屋根が家の右手にあり、その上には大きなアンテナがついている。庭には色んな花が植えられているのだろう。冬だからだろう。花は開いてはいないが緑の茎がところどころに見える。芝は刈り揃えられており、丁寧に手入れもされているのが判る。
隣近所を見回して奈月は瞬きをした。どういう訳かこの家は他の住宅とは少し離れて建っている。だが奈月はこの不思議な光景に見覚えがあった。
『うむ。申し訳ないがここには誰も居ない。立ち去って貰えないだろうか?』
唐突に聞き覚えのある声がする。奈月は目をしばたたかせてインターホンを見つめた。それまで沈黙を守っていたインターホンから微かに物音が聞こえてくる。
「あの、録音とかでは無いですよね? 吉良博士、ですよね? わたしです! 奈月です!」
人の気配を感じ取って奈月は懸命に言った。インターホンからごほん、という咳払いの音が聞こえてくる。やはり録音ではなく、向こうに人がいるのだ。奈月は必死の面持ちでインターホンにすがりついた。
『うーむ。とにかく、ここには誰も居ないということになっているのだ。しかし、君が本当に奈月くんなら、セキュリティをパスして中に入ることが可能なはずだ。それを止めることはできないな』
それを聞いた奈月はぱっと顔を輝かせた。だが、ありがとうございます、と言おうとした奈月の脇に何かが凄い勢いで割り込んでくる。
「ちょっとアンタ! さっきはシカトしたくせに、どういうことなのよ!」
奈月を押し退けた少女がインターホンに向かって喚く。奈月は唖然として少女を見つめた。真っ赤なスーツを身につけた少女の年は奈月の外見年齢と同じくらいだろうか。指先には赤いマニュキアが塗られている。怒りに燃える顔をしてはいるが、造作は愛らしい。
『うむ。ここには誰も居ないのだ。答えようが無いだろう?』
「ばっちり答えてんじゃないのよぉ! 千佳、シカトが一番むかつくのよっ! いいから入れなさいよ! 水輝様、居るんでしょ!?」
インターホンから聞こえてきた声に少女が怒鳴り返す。それを聞いた奈月は目を見張った。どうやらこの少女は水輝の事を知っているらしい。
『さっきは忙しかったのだ。仕方ないだろう。とにかく、ここには誰も居ない。正当にセキュリティをパスして入る事を止めることは出来ないが』
あくまでも淡々と声が答える。相変わらずこの家の主である総一郎の声からは感情が読み取れない。それを聞いた少女が眉を寄せてぎらりと奈月を見る。
「セキュリティってなに?」
怒りに燃えた顔のまま、少女が問う。奈月は素直に知っていることを答えた。
「えっと、ここには許可されたものしか立ち入ることが出来ないと、そういう意味です」
「……それってアタシは入れる?」
眉をめいっぱい寄せて少女が呻くように続ける。奈月は困惑した面持ちで少女とインターホンを見比べた。奈月は総一郎に作製された折、セキュリティをパス出来るようにあらかじめ機体内部に専用のキーを埋め込まれている。が、少女が何者か判らない以上、それを少女が持っているかどうかは判断出来ない。
「無理だと思います。わたしはここで産まれたから、入れますけど」
「何でよぉ! 千佳はダメってこと!?」
そう叫んで少女が奈月をびしりと指差す。
「何でアンタは良くて千佳はダメなの!?」
千佳は水輝様に作ってもらったのに。少女が声を大にして喚く。どうやら少女の名が千佳ということは判ったが、奈月は混乱していた。水輝がこの千佳という少女を拵えたということだろうか。
「あの、千佳さんは水輝さんのお知りあいなんですか?」
混乱しつつ奈月はそう訊ねた。すると千佳が胸を張って腰に手を当てる。
「千佳は水輝様のオンナよ!」
胸を張って断言した千佳を奈月は瞬きをして見つめた。そんな奈月を千佳がびしりと指差す。
「そういうアンタは何なの?」
「えっと、あの、わたしは水輝さんの物というか、えっと」
果たして正直に言ってもいいものなのだろうか。もしかしたら水輝は奈月の存在を隠してこの千佳と付き合っているのかも知れない。その場合、本当のことを報せてもいいのだろうか。混乱しつつ奈月は告げた。
千佳が目を見張ってよろける。
「もっ、もしかして……アンタが……水輝様の……」
そう言いながら千佳が涙ぐむ。
「いえ、あの! わたしはその、水輝さんの道具というか、武器だったりもしますし」
混乱しつつ奈月は懸命に続けた。千佳が涙の浮かんだ目で奈月を眺め回す。頭の先からつま先まで遠慮のない視線に舐められ、奈月は無意識に緊張した。
「千佳の方が可愛いもん! 千佳の方がいいオンナだもん!」
ぼろぼろと涙を零しながら千佳が声を張り上げる。泣きじゃくる千佳をどうしていいか判らず、奈月は助けを求めるようにインターホンを見た。
『うむ。すまないが凪くん。侵入者がまもなくここを訪れる可能性がある。ちょっと外を偵察してきてくれないかね?』
総一郎の声が遠い。どうやら誰かに何かを言っているらしい。奈月は総一郎が助けてくれないと知り、焦って千佳に目を戻した。
漆黒の羽根が現れる。千佳の背に現れた翼を見た奈月は絶句した。それはかつて水輝が背中に生やしていた翼だ。千佳が泣きながら目の前に建つ家に向き直る。
「あの! だめです! ここにはバリヤーが!」
「千佳は絶対、水輝様に会うんだから!」
奈月の制止を振り切って千佳が空に舞い上がる。空を滑った千佳はそのまま家に向かって飛んだ。だが目に見えない壁が千佳の侵入を冷たく阻む。滑空した千佳は悲鳴を上げて壁伝いに落ちた。千佳の羽ばたきによって生まれた風が周囲を揺らす。奈月は頭を腕で庇って何とかその場に踏ん張った。
出たな、総一郎さんw
と、つい呟いてしまいました。
一段落が長いので、途中で切ってます。
次のエピソードも奈月視点で続きます。